第8話:ギルド
看板のイメージとは違い、ギルド内からは落ち着く雰囲気を感じた。
木の床に、木で作られた椅子と机。
それに奥に見えるカウンターや柱に加え、二階に繋がる階段までも木材が使われていた。
そんな建物の中には大勢の人が居て、入って来たスミスさんに既に視線が集まっていたのか、その後から入って来た私の事をほとんど全員が見ている。
「えっと……」
賑わっていた筈の場所での沈黙。
それを破ったのはスミスさんだった。
「よーく聞け! 俺たちの街を救ってくれた救世主、サリナさんを連れて来たぞ!」
スミスさんが叫んだ。そして、数秒の間を置いて――静まり返っていたギルドで一斉に声が上がった。
「俺たちの救世主様かっ!」
「グール退治って事は、聖女様じゃねぇか!」
「おかげで、助かったよ嬢ちゃん」
「いやぁ、あの面倒な相手をしなくて良いってんだから、ほんとありがてぇ話だよ」
「はぁあ!? お前は酒が飲みてぇだけだろぉがッ――!」
「なにぃ!?」
どこかで酒盛りする音が聞こえ、視界の端では二人の男性が言い合っている。
何だろう……凄くカオスだ。
「えっ! 貴方があのグールを倒してくれたのね! 本当にありがとー!」
男性たちが距離を取る中で、軽装備の女性が私目掛けて抱きついて来る。
「うわぁあっ――」
勢いに負けて倒れかけた私の身体をスミスさんが支え、抱きついていた女性と二人してスミスさんを見上げるのだった。
「ありがとうございます、スミスさん」
「すみません、伯爵様……」
礼を言う私と、謝罪する飛び込んで来た女性。
「フェリシア、君がグール退治から解放されて、喜ぶのは分かるけど、彼女に迷惑をかけるんじゃない」
ゆっくりと体勢を起こされた後に、フェリシアと呼ばれた女性を自然と離していた。
「だって、あのグール退治ですよ!? 私、次があってもやりませんからね!?」
やはりグール退治は嫌われているらしい。
私は、目の前に居るフェリシアさんの様子を見て、そう確信するのだった。
「だから、本当にありがとうね!」
フェリシアさんに手を握られ、私は向かい合う。
「はい、私に出来る事でしたら、今後もお手伝いさせていただきます」
生活するためにも、仕事は必要だ。
「ほんと!? 伯爵様、やりましたね。これで、この街も安泰ですよ!」
「本人の前で、なんて事を言うんだ。失礼じゃないか」
「だって、グール退治出来る人なんて、有難いじゃないですか! 私、もう本当に二度と、グールの相手はしないって決めたんです」
手を離したフェリシアさんが、握りこぶしを作りながらスミスさんに熱い思いを伝えていた。
「街がピンチになった時くらいは頼むよ」
「その時は、その時に考えます」
なんか凄い勢いがあって、元気な人だな。
「まぁ、悪い子じゃないから。仲良くしてあげて」
スミスさんも少し押され、私の方に向けて来る。
「私の方こそ、サリナって言います。よろしくお願いしますね、フェリシアさん」
「うん、私の方こそよろしくね、サリナさん! あっ! カルナちゃん」
私の後ろに隠れていたカルナちゃんが、フェリシアさんに見つかり目を細めた。
「ん?」
「あれ……もしかして、覚えられてないかな……」
カルナちゃんが首を傾げた事で、フェリシアさんが少し落ち込んでしまう。そんなフェリシアさんを置いて、スミスさんが私を奥のカウンターの方に誘導する。
「入口に居ても邪魔になるから、向こうで登録しようか」
「はい」
私が歩き出すと、カルナちゃんも自然とついて来る。
そしてフェリシアさんは、最後まで顔をしかめてその場に立ち尽くすのだった。
――ギルドの奥にある横に長い大きなカウンター。
そこで受付をしている女性が三人も並び、スミスさんが真ん中に居る茶髪の人の前で立ち止まる。
「彼女のギルド登録を、してもらえるかな」
「かしこまりました」
カウンター越しに座っている女性が、丁寧にお辞儀をする。
「受付を担当させていただきます、サラと言います。この度は、街の問題である魔物の討伐。ギルドを代表して、感謝いたします」
「いえ、グール退治なら任せて下さい。いつでも引き受けます」
この街に来たばかりで、仕事がないんです! と叫びたい気持ちだった。
そして何故か、サラさんがスミスさんの方を向く。
二人が視線で何を語ったのか、本当に意思疎通がとれているのかは分からないまま、サラさんが口を開いた。
「分かりました。現れた際は、お願いさせていただきます」
「はい」
「では登録いたしますので、こちらへ手をかざして下さい」
水晶玉の様な物を三本の木が支えた装置。
その下には、薄い板状のプレートが置かれていた。
私が手をかざすと、そのプレートに文字が刻み込まれていく。
「写させていただきますね」
サラさんが出来上がったプレートを手に取って、そこに記載されている情報を紙に書き始める。そして書いている間に、スミスさんがサラさんに小声で何かを伝え、書き終わったサラさんが私にプレートを差し出す。
――ちょうど片手に収まる大きさのギルド登録証を受け取る。
これで私も、聖女から冒険者に……。
そう思っていた私は、職業欄で『聖女』と書かれた文字を見て天を仰ぎたい気持ちに襲われた。
「……そうですよね」
一人呟いていると、サラさんが私に声をかける。
「Eランクまである中で、今回はDランクからの登録となります。それで、ちょうどサリナさんに受けていただきたい仕事があるのですが、受けていただけますか?」
「受けます。受けさせて下さい!」
そうして私は、内容も聞かずに初めての依頼を受けるのだった。