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第39話:王子と子供(リオン王子視点)


「殿下、よろしいのですか?」


「あぁ構わん。どうせ行く所なんて、ないんだからな」


 後ろから声をかけてくる兵士を軽くあしらい、リオン王子は子供たちの後を追う。

 

 ――最初は後を追って来た筈の子供たちを鬱陶しく思っていたリオン王子だったが、言い合う内に先ほどの自身が言った発言を思い出し、異常な程冷静になっていたのだった。


 それでアゼルが、この街だった困っていると言うので、それを見せろとリオン王子が言ったに過ぎない。


「これで大した事のない問題だったら、ただでは済まさんからな」


「分かってるよっ!」


 むきになったアゼルが、一歩一歩確実に農園に向かって行く。

 その足取りは、軽快というよりは震えを必死に抑える様に意識して歩いている様だった。


「ねぇ、今からでも謝った方が……良いんじゃ」


 フィリアが隣から小声でアゼルに話しかける。


「無駄よ、アゼルだもの。言っても聞かないでしょ」


 リオン王子に聞こえていないと思っているのか、サリスは呆れた様に呟いていた。


「全く、巻き添えも良い所じゃない」


「いつもの事」


 そんな三人と歩きながら、カルナだけはいつもと変わらず歩いている。

 手にお菓子を持っていたら、今すぐにでも食べ始めそうな程の落ち着きだ。


「こいつら……僕が王子だって事、本当に分かってるのか……」


 王都ではありえない状況に、リオン王子もまた頭を悩ませる。


「王家の権威も、ここまで落ちていたとは……。バルタザール伯爵は、領民にどんな教育を施しているのだ」


 貴族を絶対とする王都の雰囲気や、他の領地と違い。

 スミス・バルタザール伯爵が維持するこの街は、とてものびのびとしていた。

 それが今の状況を作ったというよりは、アゼル率いる子供たちが少し変な事に変わりはない。



 **



「着いたぜ。此処が、この街唯一、一番大きい農園だ。そして俺ん家だ!」


 農園に着くなり、アゼルがリオン王子に対して威張る様に話す。

 それをリオン王子が見下す様に、静かに眺めていた。


 不敬だと言い返さないだけ、マシとも言える。


「それで、何が大変なんだ? 言ってみろ」


「これがそうだ」


 アゼルが用水路を指出す。

 しかしそれは、自らが解放した水源の水だ。


 ――以前の汚染された水とは違う。


「ほら、水が減ってるだろ? 元々使ってた水が汚染されて、別の水源から水を引いてるけど、このままじゃ、食べ物が作れなくなるんだ」


「だから何だ。王都なんて、殆どの飲み水が使えなくなっているんだぞ!」


「こっちにとっちゃ、この農園が全てなんだよ。食べ物がないと生きていけねぇじゃねぇか!」


「食べ物がなくても、何日かは生きられるだろ。こっちは水だぞ!」


「水だって、飲めてるんならまだ、平気じゃねぇか! それに水って何の話だよ! あんた偉いんなら、この街だって助けてくれよ!」


「子供風情がっ――」


 アゼルとリオン王子の言い合いが続く中で、農園の方から大きな声が聞こえてくる。


「アゼルッ! あんた、戻って来たなら手伝いなさいッ!」


 アゼルの母親、ベラだった。


「――母ちゃん」


 リオン王子と言い合っていた時よりも怯えた声で、振り向いたアゼルがベラと目を合わせる。


「何だい、あんたたち。手伝いに来たのかい?」


 いつもの豪華そうな服を着ているリオン王子だが、今朝湖に落ちた事で今は少し上質なシャツとズボンを着ているだけの青年だ。それは周りに居る護衛だって同じである。


 顔写真が出回っている訳でもないこの世界でそんなリオン王子を見て、一目見て王子と判断するには、無理な話だった。それに、今は他の子供たちも居る。


「あんたら良い体してるじゃない。子供たちと違って、力仕事も出来そうだね」


 二人の護衛を見てベラが呟き、その後にリオン王子を見た。


「あんたは子供たちと一緒に、収穫だよ」


「母ちゃん、この人は」


 リオン王子や護衛が口を開くよりも先に、アゼルが口を開いた。


「口答えするんじゃないよ! 今日採らないと王都に送る分が、全部駄目になるんだからね。そしたら、伯爵様にあんたのちっぽけな肉を焼いて渡すからね」


「なっ――」


 アゼルが絶句する中、リオン王子がベラに聞き返す。


「今言った事は本当か? 王都に送る分が無くなるとは、どういう事だ」


「この子から聞いたんじゃないのかい? 元々使ってた水が駄目になってね。大部分に水が行き届かないから収穫を急いでいるのさ」


「それはいつまでだ。次の時期も、同じ量を送れるのだろうな!?」


「伯爵様が調査してくれるまで、私にいつ水が治るかなんて分からないよ」


「そんな……水だけでなく、食料も危機に陥ると言うのか……」


 王都には、大規模な農園はない。

 地方の領地から税という形で、農作物を集めている。


 その一箇所からの供給が断たれたとしても直ぐに問題は起きないが、今の王都にとって食が溢れているという余裕すら消えるのは、長い目で見れば良い事ではなかった。


「手伝おう」


「よろしいのですか!?」


「やるしかないだろ。お前たちも、黙って指示に従え――これ以上の問題を王都は抱えていられる余裕はないんだからなっ」


「はい」

「……はい」


 二人の護衛が頷き、ベラが籠をリオン王子に押し付ける。

 それで白いシャツが汚れるのだが、リオン王子は一度見るだけで文句を言い返す事はなかった。


「アゼル、奥の水が届いてない部分だよ。分かるね?」


「あぁ、分かるけど」


 頷くアゼルが、本当に手伝うのかとリオン王子をちらちら見ている。


「けど、何だい! 分かるなら、細い兄ちゃんを連れてさっさと行きな。あんたら二人は、ちょっとこっちで土を運ぶのを手伝いな」


 その指示にリオン王子が頷いた事で、二人の護衛がベラに付いて行く。


「結局、またいつも通りの手伝いじゃない」


「仕方ねぇだろ、俺が悪いみたいに言うんじゃねぇ」


「アゼルが悪い」


「……うん」


 カルナとフィリアも同調し、全員の視線がアゼルに集まる。


「せっかく手伝ってやると言っているんだ、さっさと案内しろ」


「もぉお分かったって。こっちだ」


 リオン王子にまで急かされ、アゼルが四人を連れて歩きだすのだった。



 作者より

 私の代表作である『魔術師の団長ですが――』

 こちらの作品が本日の投稿で一章を終えました。


 二章は今現在執筆中となりますが、

 区切りの良い所まで(一章)は既に投稿されていますので、良ければお読みいただけますと幸いです。

 ※リンクを下記に記載させていただきます。


 https://ncode.syosetu.com/n9529ku/


 ブックマークや評価など皆様の応援や反応が、執筆の原動力になります!

 本作も含め、何卒よろしくお願いいたします。



 ――海月花夜――


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