第37話:二人の聖女
朝から人が増えてしまっていた。
私とイルミナさんに加え、スミスさんとリオン王子。
そして、それぞれの護衛を加えた――合計八人が応接室に居る。
決して部屋が狭い訳でもない。
ただ単に、四人の護衛に四隅を取り囲まれている影響だろう。
私の隣にスミスさんが座り、向き合う形でイルミナさんが居る。
そしてそのイルミナさんの隣に、足を組んでふてぶてしく座るのがリオン王子だ。
「貴様ら、覚悟は出来てるんだろうな?」
またこの人は、何を言い出すのか。
一向に態度が変わる気配のない王子を見て、私は頭を抱えそうになる。
「覚悟? 何の事ですか」
乾いた衣類に着替え、心情まで元通りになったのだろか。
「そんなの決まっている。伯爵は、貴様の居場所を知っていながら教えず、貴様に至っては王族を湖に突き落とした罪だ。どちらも反逆罪に値する」
相も変わらず、自分勝手な言い分だった。
「つまり、私達は死刑だと?」
王族に対する反逆罪は、基本的に死刑だ。
それをわざわざ言って来るのだから、恩着せがましいにも程がある。
「本来であれば貴様らは死刑となる。しかし今回に限って言えば、減刑という形で貴様らに別の選択肢をくれてやる。有難く思え」
私が何だこいつはと思っている間に、スミスさんが表情一つ変えずに聞き返した。
「リオン王子、それは言ったいどの様な事でしょうか?」
「簡単な話だ。サリナ、貴様は王都での浄化作業を行え」
「期間は?」
「そんなの問題が全て、解決するまでに決まっている」
「お断りします」
「そうか、そうか……。は!? 貴様、この私が死刑から減刑し――」
「だいたい、今の貴方には、そんな権限ないでしょ」
私がハッキリそう言うと、口を開いたままリオン王子が静止する。
文字通り、雷にでも打たれたかの様だった。
「サリナ様っ」
イルミナさんが小声で話しかけていた。
隠したって、皆思っている事なのに変わりはない。
どうせ、王都での責任を負わされているに違いないのだから。
スミスさんも片手で顔を隠し、困っている様だった。
こんな状況でも、王子に気を遣う二人は本当に凄い。
私には無理な話だ。
「全て……」
呟く様にして、リオン王子から言葉が聞こえて来る。
「あれも、これも、全部……。貴様のせいではないかッ!」
声を出したかと思えば、リオン王子は叫んでいた。
謝罪ではなく私に責任をなすりつけようとする。
「私が、何したの」
「それは……。貴様があの湖の異常性を何度も言っておけば、こんな事にはなっていなかったではないか! そもそも、貴様の身分が低いからこんな事になったのだろう!」
責任転嫁とは、こういう事を言うのだろう。
呆れて、恐ろしいぐらい落ち着ている私がいる。
「身分に関しても、湖の浄化についても、陛下にはお伝えしてありました。そして私が浄化を送っている間に、貴方達王族が、イルミナさんとの結婚を選んだのではないですか」
「イルミナとの結婚は、家臣や父上も承諾してくれていた事だ!」
「でしたら、その承諾した人を含め、そちらでどうにかして下さい。私に何か関係ありますか? 一方的に婚約を破棄しといて、良くもまぁそんな事が言えますね。貴方がイルミナさんを選んだ。それに変わりはありませんよ」
「国の未来を考えれば、湖の水が浄化出来る平民と帝国の王女では、平民を選ぶ訳がないだろ! 湖の水がどれだけ安定していても、帝国と戦争になればどれだけの人が死ぬと思っているッ!」
大きな声で自らの考えを言い放ったリオン王子。
彼は、自分自身の言葉を思い出したかの様に、そっと隣に視線を下ろした。
俯くイルミナさんは膝の上で拳を握りしめ、目を合わせようとはしていない。
そんな状況で私の方を向いたリオン王子の顔は、血がのぼって真っ赤になっているかと思いきや、血の気が引いた様に青ざめている。
「俺はただ……」
話す唇は震え、もう後戻りは出来ないと言いたげだった。
「すまない二人とも。失礼する」
そんなリオン王子が、謝罪の言葉を口にして部屋から出て行く。
その後を、二人の兵士が遅れて追い、部屋の扉を閉める。
あの王子が謝った事なんてあっただろうか。
私もまた、少し驚いていた。
聴き間違いを疑いたくなる。
「イルミナさん、追わなくて良いんですか?」
「サリナ様こそ、よろしいのですか?」
「私? 私は良いですよ。また怒らせるのが目に見えてますから」
私がそう言うと、イルミナさんがやっと顔を上げてくれた。
気丈に振る舞っていても、辛いに違いない。
私と違って、彼女には生まれながらの帝国の王女という立場がある。
それを果たそうとしているのだから、私なんかよりよっぽど――。
「サリナ様! 大変です!」
閉まっていた入口の扉が開かれ、慌てた様子でメイドさんが立っていた。
「どうしたんですか?」
「子供達の姿が見えないと思ったら、飛び出して行ったリオン王子の後を追いかけて行ったみたいで」
「はい!? どうしてそんな事に」
混乱した思考の中で、私は直ぐに一つの予想を考える。
どうせ、アゼルが言い出して、他の皆が付いて行ったんだろう。
もうこんな大変な時に、なんて面倒な状況にしてくれてるのよ。
「困ったね」
「何でスミスさんは楽しそうなんですか! 急いで追いかけますよ。皆で!」
強制参加だ。
子供四人と王子を止めるのに、私一人でなんて無理。
「合わせて五人。此処には」
スミスさんと私、護衛の二人。
そしてイルミナさんで視線が止まる。
「イルミナさんも行きますよ。あのやんちゃ坊主、何するか分かったもんじゃないですからね」
「そうですね。私も、お手伝いさせていただきます」
イルミナさんが立ち上がり、私たちは王子と子供たちの後を追うのだった。
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次話、第38話の投稿予定日は『明日11/27(木)』になります。




