表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/32

第32話:イルミナ


「子供とて、王家に(あだ)なすのであれば容赦しないぞ!」


 身構えたアゼルが一歩横に寄ると、その後ろには倒れ込んでいるアゼルよりも幼い二人の子供が居た。姉弟だろうか、姉が弟の手を握りながら座り込んでいる。


「おい止せって」


 隣に居た兵士が、アゼルに向かって剣を抜こうとした兵士を止めて、アゼルの前で屈みこんだ。


「悪いな少年。急いでるんだ、これで許してくれないか」


 そう言って銀貨を乗せた手の平をアゼルに差し出す。


「ふざけんじゃねぇ、子供ひきかけといて金かよ!」


 手を払いのけ、道に投げ飛ばされた硬貨が音を立てながら転がった。


「調子に乗るんじゃねぇぞ、ガキの一人ぐらい」


 辺りが騒然とし、周りの大人たちが暴徒と化す――直前だった。


「止めてっ」


 馬車の扉が開き、女性の声が辺りに広がる。

 私はその声に聞き覚えがなかった。


 豪華な衣装を身に纏った女性が姿を見せる。

 ラベンダーよりも明るい紫色の髪。それを後ろでいくつもねじり合わせて重ね、残りは柔らかく背に向かって流している。

 姿を見ても、誰だか分からなかった。

 誰だろう。


「イルミナ様、馬車にお戻りください」

「そうです。わざわざ、お出にならなくてもここは我らが――」


 その名前を聞いてようやく分かった。

 あの人が、私の代わりの人だと。


「いいえ、様子を見ていましたが、これ以上は必要ないでしょう」


 兵士二人が難色を示し、大きく一歩下がった。


「すみません。私が急がせたばかりに、貴方たちを危険な目に合わせてしまいました」


「何だよ……。今更、謝ろうってか!」


 心なしかアゼルの勢いも弱まり、兵士を睨みながらもイルミナを何度か見ていた。

 後で問い詰めよう。

 私の時は、あんな反応しなかったよね?


 この差は何だと言うのか。

 ……でも、イルミナって人は確かに綺麗だった。

 私よりも聖女っぽいというかお姫様っぽく、童顔な気がする。

 

 あの王子が好みそうだ。


「怪我など、痛む所があれば私に治させて下さい」


 近づいたイルミナがゆっくりと屈み、スカートの裾が地面に触れた。

 それを見ていた、後ろの兵士の方が慌て出している。


「あんた、治せるのかよ」


「恥ずかしながら、私も、聖女ですから」


 威張るでもなくアゼルに伝えていた。


「良いよ屈まなくて。別に怪我はしてねぇから」


 一度振り返ったアゼルが二人の子供と目を合わせ、頷くのを見てからイルミナに視線を戻す。


「それは良かったです」


 このまま終わると思っていた私の耳に、別の声が聞こえて来た。


「何をしているお前たち、急げ。イルミナも早く馬車に戻るんだ」


 リオン王子の声だ。

 私は咄嗟に身を低くして、隠れる。

 まさか居るとは思ってもいなかった。


 面倒だと言って、押しつけているものだと。

 でも、私が隠れないといけない理由はない気がしてきた。


 私は、あの王子に言われて王都を出たに過ぎない。

 それも一方的に、あのイルミナさんと婚約と言い出したのも王子だ。


 全部、悪いのはあっちで、こっちに非があるとは思えない。

 そう考えると、腹が立って来た。


「ノコ……」


「大丈夫、ノコタ一号は良い子だから」


 カルナちゃんがノコタ一号と一緒に壁際に寄る。

 落ち着け私。


 ここで魔力を出したら気づかれてしまう。

 そんな面倒はごめんだ。


「カルナちゃん、行こっか」


 これ以上声も聴きたくない私は、カルナちゃんを連れて来た道を戻って行く。

 こうなったらギルドの報告も明日以降だ。


 ゴーレムの事だけは、屋敷の前に居る人に頼んで今日の内に伝えてもらおう。

 ノコタ一号に関しては一旦屋敷内に限り、良しとしよう。


 うん、そうしよう。

 深く考え過ぎてもダメだ。

 今の私にそんな余裕はない。


 イルミナさんを目にしてあの王子の声を聞いただけであったが、思っていた以上に私の思考力はだいぶ割かれてしまっているらしい。


「カルナちゃん、帰ったらお昼寝でもしよっか」


「うん。疲れた」


 朝から動いてはいるものの、森に入ってシュペリムを探すだけでもかなり時間がかかってしまった。それだけ歩いたのだから、カルナちゃんも休みたかったのかもしれない。


 私の提案に乗ってからは、更に身体から力を抜いて歩いていた。


「屋敷まで、もうちょっとかかるからね。なんたって街の外だからね」


「街の人以外は知らない。秘密基地にするって、アゼルが……」

 

「それってもう、秘密基地じゃないじゃん」


 まぁ、子供たちが遊び場にするぐらいなら問題ない。

 問題があるとすれば、その道中の安全確保だ。

 それはスミスさんがどうにかしてくれると思うけど、私も無関心で任せっきりってのも良くないと思う。だから、何か良い方法がないか考えないとな。


 ――森の中に、毒きのこを集めたスープ罠を仕掛けるのなんてどうだろうか。

 これなら、街の人を脅してあの王子が近づいて来ても、罠にかかって毒入りスープに落下だ。

 そのままコトコト煮込めば、少しはマシな魔物の餌ぐらいになるでしょ。


「ノコタ一号。良いか? あの目は、サリナお姉ちゃんが変な事考えてる時だから」


「ちょ、何を教えてるのよ」


「困った顔。柔らかくて可愛い」


「こら、可愛いとか変なのを教え込まないで!」


「あれは、少し怒ってるツン。いずれデレが来ると古い本に書かれていた」


「何その本。そっちの方が気になるわよ、どこにあるの?」


[屋敷にも本棚はいっぱいあった]


 カルナちゃんのおかげで、屋敷の新しい発見を知る。

 これは早急に帰らないといけない。


「さぁカルナちゃん、ノコタ一号。家に帰るよ」


「うん」

「ノコ!」


 それから私たちは森をまた十分程歩き、いつもの屋敷を目にして、入る前に膝から崩れ落ちた。

 屋敷を目の前にして身体から力抜けて、起き上がれそうにない。


 ――屋敷の前に居た兵士が慌てて近づいて来る。


「サリナ様!? おい誰か、来てくれ! 人手が必要だ」


 もう一歩も動けそうにない私とカルナちゃんを兵士が支え、中からメイドが来るなり、二人のメイドさんにお姫様抱っこされながら、私とカルナちゃんは大きめな寝室に運ばれた。


「このまま少し寝ます。扉はしっかりと閉めて下さい」


「かしこまりました。念のためお水をお持ちしますね」


 そう言って扉を閉めた、メイドさんが音もなく遠ざかって行く。


「お願いします」


 ベッドの上で寝転がった私とカルナちゃん。そして、カルナちゃんのそばには吊るされた、ノコタ一号がふかふかとした布団の上で飛び跳ねている。


「お前は元気だな」


「ノコ!」


「サリナ様、失礼いたします」


 ノックされた扉から先ほどのメイドさんが戻り、何も言わないまま三つのコップを取り出し水を入れてくれる。


「ありがとうございます」


「いえ、仕事ですから……それで、その……」


 メイドさんの視線が、ノコタ一号に向かっている。

 まだ許可を得てないけど、たぶんこの屋敷で飼う事になると思う。


「かしこまりました。他の方にも伝えておきます。他に何かありますか?」


「それと。本日のシュペリムの討伐。そちらは行いました、ギルドへの報告はいけておりません。それとこれは至急報告する様にお願いがあります」


「それは?」


「森でゴーレムと遭遇しました。大人よりも大きいサイズです。スミスさんかギルドへの報告。面倒だと思いますが、お伝えお願いします」


「承知いたしました。それでは、私はこれで」


 そう言ってメイドさんが部屋から出て行くと、私とカルナちゃんは水を飲んだ。

 カルナちゃんはゆっくりと、ノコタ一号にも与えている。

 メイドの人も、三つ持って来たからだいたいは察しているのかもしれない。


 まぁ今はそんな事より、睡眠だ。


「カルナちゃん、寝ようか」


「うん、もう動けない」

「シュペェ……」


 完全に布団と同じ材質なのかと思う程に、布団とノコタが沈みながら合わさった。

 低反発と低反発のなせる業だ。


 寝転がっているカルナちゃんと横並びになり、ノコタ一号を真ん中に置いて――私たちは静かにお昼寝に入るのだった。



いつも読んでくださり、ありがとうございます。

次話:(リオン王子視点、入ります)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ