第31話:ノコタ一号
意識を失って横たわるカルナちゃんの上に乗るシュペリム。
それを見ている私は、更にもう一歩前に出た。
その場で屈み、シュペリムに目線を近づける。
……デコピンでも倒せそう。
体を震わせ、じっと私を見ている。
「シュ、ペ……」
シュペリムが小さく口を動かした。
「何よ、何か言いたそうね?」
でも魔物だ。
倒すことに変わりはない。
私は手に魔力を集め、中指を親指に引っかける。
「シュッ、シュペ……」
戦う気を見せたシュペリムが更に気張った。
そんな相手に手を近づけデコピンを繰り出すも、戦おうとしていたシュペリムが意識を失って後ろに倒れ、力強く動いた中指が空を切った。
「避けれた……」
周囲に広がる風でカルナちゃんが意識を取り戻し、ハっと起き上がってすぐに、自身の真横で転げ落ちて意識を失っているシュペリムを目にする。
「あっ」
そのままカルナちゃんがシュペリムを両手で持ち上げ、上に掲げた。
「勝った」
「いや勝ってないから。負けたでしょ」
「じゃ、何で……」
そう言って下に下げたシュペリムをカルナちゃんが覗き込む。
「やっぱり、可愛い」
「魔物だからね」
「サリナお姉ちゃん」
「何……」
嫌な予感しかしない。
「持って帰る」
「魔物だよ?」
「知ってる」
「魔物って、危険なんだよ?」
「うん」
「誰かを襲ったら、どうするの?」
「ちゃんと見張る」
「どうやって?」
何かを探し始めたカルナちゃんが周囲を見渡し、木に手を伸ばしてツタを引っ張っていた。そして切れた長いツタが手に入り、それをシュペリムの傘と柄が繋がっている部分に巻き付け始める。
それを一周させ結び合わせると、カルナちゃんが力強く引く。
「シュペッェェ……!」
首を絞められたも同然のシュペリムが意識を取り戻し、苦しんでいる。
「あっ、ごめん……」
「そのまま倒しなさい」
謝るカルナちゃんが結んだツタを緩め、輪っかを作って首から下げた。
「これで大丈夫」
何が大丈夫なのか。
首飾りの様に下げられたシュペリムが必死に抵抗している。
「シュペペッ!」
僅かに回復した毒を出そうとシュペリムが動いた時だった。
「大人しくして。じゃないと、サリナお姉ちゃんに消されるよ」
「シュペッェエ!?」
真上を見上げていたシュペリムが近くに居た私を見る。
「私は親玉か……」
「シュペ~」
「良し、良い子」
何も良い子じゃないけど、カルナちゃんが触っても嬉しそうな態度をしていた。
「これで、大丈夫?」
だから何が大丈夫なのか、私には分からない。
また悪さするに決まっている。
「あんた。私の許可なく、毒撒いたら分かってるわよね?」
「シュペ!」
言葉が通じてるのか、何度も頷いていた。
もしかしたら、殺気に近い魔力に反応しているだけかもしれない。
「まぁ、スミスさんに任せるとしよっか」
どの道、私一人じゃ判断出来ない。
「お前の名前は、ノコタ一号だ」
「シュペ」
「まだ決まってないって……」
カルナちゃんと仲良さそうにするシュペリム。
じゃなかった、ノコタ一号。
一号?
「何で一号なの。二号とか要らないからね?」
カルナちゃんが答えず、私たちはとりあえず街に戻った。
ノコタ一号だけじゃなく、ゴーレムの事も伝えないと。
*
街の中に入り、私は何度目か分からない視線をノコタ一号に向ける。
本当に、大丈夫……だよね。
この大きさの魔物だから最悪一般人でも対応できるとは言え、街中に連れて来ているという罪悪感が残ってしまう。そんな私の心配をよそに、カルナちゃんはノコタ一号の頭を優しく叩いていた。
「人に危害を加えない、良いね? ノコタ一号」
「ノコっ」
あんたシュペっでしょ。
何でノコに返事が変わってるのよ……。
「やっぱり、良い子」
ダメだ。
良い子と思い込んでしまったカルナちゃんは、いつもより頼りない。
ノコタ一号を良い子だと信じきっている。
私は諦めて、街の中を進んだ。
建物と建物の間を通り、大通りに向かって行く。
――すると、いつもは立ち止まっている人が少ない大通りで人だかりが出来ていた。
「あの、何かあったんですか?」
「おや救世主様じゃないかい。今――」
言葉を発していた明るいご婦人が突然口を閉ざし、私を小道に押し戻した。
「あんた、出て来ちゃいけないよ。すぐに引き返して家に帰んな」
優しい声色なのに、私を絶対に出さないと肩を押す手に力が入っている。
「何かあったんですか?」
「良いから、カルナ。救世主様を連れて……あんたソレ、シュペリムじゃ……」
カルナちゃんが下げているノコタ一号を目にしたご婦人が固まった。
私はその隙に首を傾け、ご婦人の肩越しに大通りを目にする。
「てめぇッあぶねぇだろ!」
アゼルの声が聞こえて来る。
何をしてるんだ、と思った矢先。
ようやく、暗い小道から明るい大通りの景色を目にした。
道のど真ん中で立ち止まる大きな馬車と、言い合うアゼルと兵士。
馬車は見るからに豪華だと一目で分かり、大きく紋章が描かれている。
それは、見間違うはずもない、大嫌いな王家の紋章だった。