第30話:シュペリム
私はカルナちゃんと一緒に、街から東に進んだ森の中に居る。
……依頼は、無事に承諾されたのだった。
いや、されてしまったと言える。
『カルナちゃんを、連れてですか?』
そう聞かれた私がやんわり断ろうとしたのに、カルナちゃんが『伯爵様から一緒にって』と言った事で全てが変わった。確かに、一緒に行けと伝言をもらっていたが、それを伝えた記憶はない。
今朝の話、どこから聞いていたのだろうか……。
「カルナちゃん、シュペリムって魔物、見たことあるの?」
「それらしいの。一回だけ」
「凄く、あいまいなんだね……」
「あの時は、アゼルが突いて紫色の煙が出て来たから、みんなで逃げてた」
それは見たことない私でも分かる。
絶対に、毒じゃん。
「大きいの?」
「籠と同じぐらい? 色々って、後で知った」
「それなら、見たら分かりそうだね。受け付けの人も、きのこって言ってたし」
「うん。きのこ……!」
だから、どうしてそんなにきのこが好きなのよ。
もういっそのこと、その魔物捕まえてから、屋敷で飼った方が……。
いや良くない。
こんな考え、カルナちゃんに知られたら間違いなく、賛成されてしまう。
「サリナお姉ちゃん、どうかした?」
「ううん、何でもないよ。すぐに、見つかると――カルナちゃん待って」
前を歩いていたカルナちゃんの肩に手を置き、確実に止める。
「ん?」
「魔物」
私がそう言うと、振り返ったカルナちゃんが前を向きなおした。
木々が立ち並ぶ視界の奥で、動く岩。
無数に積み重なった岩が乱雑で大きな人型を作り、歩いていた。
「ゴーレム。初めて見た」
「何で、こんな所に居るのよ。鉱山とか、一部の山の中にしか居ない筈なんじゃ……」
覚えている知識で考えるも、分からない。
カルナちゃんが初めて見たって言うなら、頻繁には居ないんだと思う。
「倒すの?」
「いや、無理に戦ってもきりがないからね。避けて行くよ」
「分かった」
カルナちゃんを連れて迂回し、私たちは森の中を更に歩いた。
目的はきのこ型の魔物であって、その他の魔物とは極力関わりたくない。
「帰ったら、報告はしようか」
「うん。石ころが居たって」
あれは石ころなの?
せめて石じゃない!? てか岩だし。
「アゼルが居なくて良かった」
「でも、アゼルは殴らない」
「どうして?」
「だって。枝の方が絶対に折れると思うから」
「アゼルの武器は、枝なのね……」
私の中で、アゼルの戦闘スタイルが決まって行く。
何故だろうか、凄い違和感がない。
「前に武器を買おうとして、一週間は農園に閉じ込められてたから」
それなら、先に外に出る事も止めてよ。
と思ったものの、街よりは森に近い農園に居るのだから、その辺りは難しいのかもしれない。
「先に、私が倒せるようになるっ」
「カルナちゃん。やる気出してるとこ悪いけど、浄化じゃ、倒せないと思うよ……」
「そうなの?」
厳密には倒せる。
クルムドウルフ同様に、魔物一体を倒すのに消費する魔力量がとんでもない。
「魔物を浄化だけで倒すには、かなりの魔力量が必要だから、覚えてもすぐには難しいと思うよ」
それに、浄化を使い慣れていないと更に難易度が上がってしまう。
「でも、いつかできる?」
「カルナちゃんが諦めなければ、いつかね」
納得したのか前を向き、歩きながら何度か両手を握ったりしていた。
なんか、別の方法で倒し始めそうな気がしなくもないけど、気のせいだよね……。
「頑張る」
「うん。頑張って」
「そのためにも、きのこ」
「いや、きのこは必要ないからね。依頼だから探すだけだからね」
妙に張り切ったカルナちゃんと森を歩き、私たちはようやく目的の魔物を見つけた。
――シュペリム。
カルナちゃんよりも小さい魔物の上半分にはきのこの様に傘があり、残り半分の白い柄からは小さな手足が生えている。
遠目で見たら巨大化したきのこにしか見えない。
威圧感や凶悪な感じはせず、マシュマロの上に三角の形をしたクッションを被せたみたいだ。
「可愛い」
「魔物だからね? 討伐依頼出てるんだし」
シュペリムの毒は痺れが強い個体も居れば、血を吐き出すタイプの毒の他にも色々といるとのこと。
「帽子がちょっと、紫」
その見分け方は傘の模様や色で判別する。
って受け付けの人は言ってたけど、あれは絶対に良くない方だ。
毒に良いも悪いもないけど、血を吐く方だとすぐに分かる。
「依頼の証拠は、傘の一番上を切り取ってだから、下は飛ばして良いか」
「サリナお姉ちゃん。ようしゃない……」
「依頼だからね」
足元にあった石を手に持ち、身体に魔力を纏う。
「そいっ――!」
投げた石が物凄い速度でシュペリムに向かって飛来し、白い体の部分を吹き飛ばして奥の木々に深くめり込んだ。大きな衝突音が森に響き、すぐ後に木が割れる音が耳に入って来る。
「こっちに倒れる」
「カルナちゃん逃げるよ!」
カルナちゃんを抱え少し横にそれると、立っていた場所を木が覆い隠していた。
「怪我とか、してないよね」
「うん。ギリギリ」
「ギリギリって言わないで、怖いから」
本当に良かったと思いつつ倒したシュペリムに近づき、カルナちゃんを下ろした。
持って来たナイフで必要な部分を取り、残りに浄化魔法をかける。
「これで終わりかな」
「もう終わった」
「ほら帰るよ」
少し満足していなさそうなカルナちゃんの手を引いて、街に向かって歩いて行く。
来た道よりも最短で戻ろうと森の中を進み、暫くした時だった。
私とカルナちゃんの前に――小さなシュペリムが現れた。
本当に小さい。
先ほどの個体が嘘かと思えるほどだ。
人の手にも乗りそうな、シュペリムが行く手を阻み立ちはだかっている。
その傘には黄色の模様がいくつも浮かんでいた。
「沢山居るなんて聞いてなかったけど、増えてるなら仕方ない。倒さないと」
そう言って私が前に出ようとすると、カルナちゃんに止められてしまう。
「私がやる」
さっきのとは違って、押し潰される危険性もなさそうな体格さだ。
小柄なカルナちゃんの方が、踏んずけて勝ててしまいそうなほどに。
「治せるけど、十分気を付けてね」
「うん」
振り向くことなく、慎重に近づいて行くカルナちゃん。
そして、魔物の一歩手前で立ち止まった。
シュペリムから見たら、目の前に現れた巨人だと思う。
必死に立ち向かおうとカルナちゃんを見上げている。
「えいっ」
両者が目を合わせ、握りこぶしを作った手をカルナちゃんが腕を振り下ろした。
そこに魔力はこもっておらず、ただの素手。
そして小さなクッションを殴った手が上に跳ね返され、帽子がしぼんだシュペリムから少し黄色になった霧状の毒がカルナちゃんに放たれた。
「うわぁっ――」
目を瞑り上を向いたカルナちゃんが体を硬直させたまま、ゆっくりと後ろに倒れる。
「何やってんのよ……」
私は何を見せられているのか。
倒れたカルナちゃんの上にシュペリムが飛び乗り、更に霧を周囲に放って喜んでいた。
「あんたも……何してんの」
霧を放つたびに、丸みを帯びていた傘が凹んでいく。
自らの武器を減らす魔物。
もう訳が分からない。
けれど、相手は魔物だ。
やることは決まっている。
「そんな状態で、私に立ち向かおうって?」
喜んで飛び跳ねていたシュペリムが私に気づき動きを止め、すぐに体を震わせるのだった。