第26話:届け物
スミスさんの屋敷に、入ろうとするタイミングで扉が開かれた。
室内に立っていた兵士の人が、私にお辞儀してくる。
「どうぞ、お入りください」
「ありがとうございます」
「ただいま」
そこまで大きくない籠を両手で抱えたカルナちゃんが進み、一人取り残されても困る私はその後を追い、カルナちゃんと一緒に厨房に入って行く。
「帰って来た私」
扉を開けたカルナちゃんは静かに入るでもなく、言葉を発していた。
そんな感じなんだ。
っと思っていた私とカルナちゃんに、中に居た人達の視線が向けられる。
「カルナ!? 帰って来たのか」
「おかえり、カルナ」
驚く男性と、静かに微笑む女性。
「「おかえり」」
他の人達からも声をかけられるも、最初の二人がカルナちゃんのご両親だとすぐに分かった。
作業していた手を止め、その二人だけが近づいて来る。
女性の方はカルナちゃんと同じ白銀の髪を伸ばし綺麗な顔が見えるも、男性の方はその短い黒髪が少し目にかかっていた。その二人とも白いコック帽子を被っている。
なるほど。
綺麗な髪色と長さはお母さん似で、前髪で顔を隠すのだけはお父さんの真似をしてたのね。
私の中で、カルナちゃんの不思議が一つ解けた気がした。
「初めまして、サリナです」
「あら、貴方が救世主様ね。そう、サリナさん、って言うのね。分かったわ。私は、クロ―イって言います。よろしくね、サリナさん」
「自分はモートンと言います。娘がお世話になっております。この度は、わざわざこんな所まで来ていただいて、本当にありがとうございます」
「はい。よろしくお願いします」
「どうですか、うちのカルナは? 適性ありそうですか?」
モートンさんがカルナちゃんの両肩を優しく手を置きながら、私に聞いて来る。
そうとう心配していたのか、凄く優しそう。というより、何か私から守ろうとしてない!?
「そうですね。カルナちゃんは、適性あると思いますよ。まだ出来た訳ではありませんが、他の修道女や浄化魔法を取得しようとする人達と比べて、可能性が高い部類だと思っています」
「そうですか。それは良かった」
「あなた、少し心配し過ぎよ。それにカルナなんだから、大丈夫に決まってるわよ」
「カルナちゃん。私の家に泊まり込みになった事は、ちゃんと話し合った結果。許可されたんだよね?」
「浄化魔法覚えたいから、救世主様の家に泊まり込みしてくる。伯爵様も大賛成!」
籠を持ったままカルナちゃんが小さく親指を立て、私を見上げていた。
「って言ったら、二人とも、頷いた」
スミスさんの承諾なんて、親からしたら脅迫に近い後押しに違いない。
それを分かっててやってるとしたら、カルナちゃんは末恐ろしい子だ。
……あれ。
そんな子が、これから……。
私は、厨房に来た理由。
ではなく、そこに居るカルナちゃんのご両親と会う理由を思い出した。
――そんな末恐ろしい子が、今度は毒きのこを食べたいと言い始めた問題だ。
「それで、お母さん。お父さん。話が」
……始まってしまった。
「どうしたんだ。困った事あるなら、お父さんが何でも叶えてあげる」
「聞く前から、何言ってるんですか、あなたは」
カルナちゃんが私に視線を送ってくる。
おかしい。
私の身体は常に健康な筈なのに、胃が痛い気がしてきた。
「今日は、きのこを沢山採って来た」
「えらいじゃない。キャンベルさんの宿のお手伝いね」
「これでまた、暫くはこっちも大丈夫そうだね」
料理思考に切り替わった二人が互いに頷き、穏やかな雰囲気に包まれる。
「それで、他にも採って来た」
「どれだ、お父さんが――」
「これ」
カルナちゃんが籠から白いきのこを掴み、持ち上げた。
その瞬間、空気が凍り付いた。
毒きのこを目にした二人が動きを止め、苦い顔をし始めた。
「カルナ。私、毒きのこは大半教えたわよね?」
「うん覚えてる。これも毒」
「だったら、どうして持って来たんだいカルナ? お父さん、流石に毒きのこは、調理出来ないぞ」
「これ食べて良い?」
言葉を選ぶという事はなかった。
そして、今の話の流れで何故それを言えた。
カルナちゃんの後ろで親子の会話を聞いていた私も、頭に『?』が浮かんだ気分になる。
「駄目よ! 駄目に決まってるわ」
「良い訳ないじゃないか、それは毒きのこなんだよ。それに、一つ食べなくても死ぬかもしれない、猛毒の部類だ。今すぐ手を洗うんだ」
当たり前だ。
子供が毒きのこを食べたいと言い出したら、どの親でも驚くに違いない。
奥で作業していた他の人も、食材を手から滑らし動揺した顔でこちらの様子を伺い始めている。
「でも、食べて、治癒して、いずれは、食べれるかも」
カルナちゃんが言い終えると、二人の鋭い視線が私に向けられた。
「違いますよ。私は止めましたし、そんな不確定な検証を推奨すらしていません」
「でも、伯爵様と親が良いなら、良いって言ってた」
「それは……言ったわね」
事実は事実だ。
「それに、私が他のきのことかも食べれたら、毒か分かんないのが、更に分かる様になる」
「確かにそれは良いアイデアね」
えっ、カルナちゃんのお母さん!?
親というより、既に目が料理人だった。
「でも、カルナがそんな危険をおかすなんて……」
そうですよカルナちゃんのお父さん、止めて下さい。
「治癒や浄化に絶対はないんです。それに食糧危機に陥っていない今、焦って試すことも……」
私は言いながら思い出してしまった。
今、この街は食料危機に片足を入れている。
農園で採れる野菜が駄目になるという事はそういう事だ。
「う~ん。そうだな、このまま農園が使えなくなれば……」
「それはその時に考えるとして、カルナが成長する良い機会なのよ。このチャンスは」
二人がカルナちゃんの事で話し始める。
そして小さく息を吐いたカルナちゃんがテーブルに近づき、きのこ入りの籠を置いた。
「伯爵様に聞いてくる。お母さんとお父さんには、また後で聞くから」
そう言ってカルナちゃんが厨房から出る。
「えっ、カルナちゃん!? すみません、失礼します」
こんな場所に取り残されても質問攻めにされるのは分かっている。
だから私は、スミスさんに日頃のお礼を言いに後に続くのだった。
「スミスさんの所に行くんでしょ?」
「うん。伯爵様が良いって言えば、また良いって言ってもらえる」
やはりカルナちゃんは確信犯だった。
スミスさんという伯爵様の後押しの力を、親相手にも使っていたのだ。
――そして私とカルナちゃんが、二階の奥にある扉の前で立ち止まった。
「ここ」
扉を開けると中からは本や木の匂いがする。
壁の両側には本棚があり、真ん中にある応接セットの先には一つの机が置かれ、そこにスミスさんが座っていた。机の上には綺麗に置かれた書類の山が複数並んでいる。
「失礼します、スミスさん」
「やぁ二人とも。今日はどうしたんだい?」
「実は、お願いがあって来た」
私が何を言うよりも先に、カルナちゃんが話し始めた。
「何だい?」
優しそうに聞くスミスさんに、カルナちゃんが爆弾を投下する。
ポケットに手を入れ、いつの間に入れたのか分からない白い毒きのこを取り出した。
「これ、食べたい」
「……また。唐突だね。でも、それは知ってると思うけど、毒きのこで食べられないよ」
流石スミスさん、普通に止めてくれて一安心する。
「でも、何度も治癒しながら食べて、食べれる様になったら食料が一つ増える。それに、食べられるか分からないきのこも、毒味することが出来、良いこと色々」
「なるほど。確かにそれは興味深い」
「ちょスミスさん!?」
思わず声を出してしまった。
「君は、見るからに、反対してそうだね」
前面的に反対している訳ではないが、親やスミスさんが乗り気な場合も困る。
カルナちゃんはモルモットではない。
個人が望んでやる場合に、仕方なく了承がとれたら私は手助けしてあげるぐらいのつもりだった。
それが進んで毒きのこか判別しろとかになるのは、少しよろしくない。
「反対というか。カルナちゃんのやりたい事を超えて、何かをプラスにやらせる事には反対です。なので、カルナちゃんが思っていた事だけでも、十分に凄い事でやってみる分には良いと思うので、手助けできる範囲で手助けしようとは思っています。それ以上は無しです」
「子供の意思を尊重する、良い師匠だね。カルナ」
「うん。サリナお姉ちゃんは、良い師匠」
「おだてても、何もないですからね」
もぉ、この二人は。
カルナちゃんとスミスさんが私が見て来る。
「照れてる?」
「照れてない」
私を見て来るカルナちゃんから顔をそらし、小さな部屋で私とカルナちゃんが動き回っていると、扉がノックされる。
「どうぞ」
中に見覚えのあるメイドさんが入って来て、私をちらっと見ては手に持っていた物を隠しながらスミスさんの横に行き、見えない様に手渡していた。
「もう来たか」
余りにも嫌そうな顔を露骨に見せたスミスさんは、隠されていた封筒を胸の高さまで持ち上げ開け始める。その封筒に押されていた封蠟が、王家の物だと私はすぐに気づいてしまう。
「それって……」
「君が居てくれてよかったかな。どの道、君には伝えなきゃいけないことだからね」
スミスさんが封筒から手紙を取りだし、目を通し始める。
――何がどうであれ、嬉しいタイミングではなかった。
「ごめんね、カルナちゃん」
「ん? サリナお姉ちゃん。どうしたの?」
カルナちゃんの頭に手を置いて、優しくなでた。
――あの王子か、別の王族かは分からないけど。
私の中で、察しはついていた。
どうせ、戻る様に伝えろか。
今すぐ馬車に縛って、王都に戻せのどちらかだろう。
どの道、この場所に長居は出来なくなった。
「何て書かれていましたか?」
「――今すぐ君を王都に戻せ。そう書かれているよ」
「やっぱりですか……残念です」
貴族の元に、王族から命令が届く。
もう逃れられない……。
最悪だ。
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――海月花夜より――