第25話:きのこ
私達は森の中にある獣道から少し離れた場所を歩いていた。
辺りに木々が育つも倒れた木は放置され、伸びきった草と落ち葉が地面を覆っている。
「それじゃ探すわよ、皆」
しっかり者のサリスちゃんの合図で、皆が散らばって行く。
残された私は、サリスちゃんと顔を見合わせる。
「救世主サリナ様は、私と一緒に探しましょう」
「お願いね。けど、その呼び方、変えても良いんだよ? 普通にサリナとか」
「いえ。このままでお願いします」
そう言ってサリスちゃんは気にした素振りもなく、倒れている木に近づいた。
何か気にしているのだろうか。
私は、そんなに凄い人間でもないのに。
「こちらです」
そのままサリスちゃんに教わりながら、私は皆と一緒にきのこを探し始めた。
アゼルの言った通り、確かに落ち葉をどかしてみたりするのは、少々大変かもしれない。
けれど、湖に投げ飛ばされる方がマシとは、違う様な気がした。
横目でアゼルの方を見るも、アゼルは探しているふりはしていても倒れた木に座って休んでいる。そんなアゼルと目が合うと、アゼルがごまかすように地面をがさがさとし始めた。
……アゼル。
私じゃなくて、サリスちゃんにバレると怒られるぞ。
そんな事を思いながら、私が教わったきのこを見つけ、手に取るとちょうど近くに居たカルナちゃんが覗き込んできた。
「それ、食べれる」
「間違ってなかった? 良かった」
心配して見に来てくれたのか、カルナちゃんも教えてくれる。
「伯爵様、そのきのこは好き」
「そう言われれば、アゼルが森で見つけた時も一緒に見てたよね」
「うん。だから、いっぱい採る?」
私は大きく頷いた。
「そうだね。お世話になってるんだから、持って行こうか」
この街に来てからずっと、スミスさんには世話になっている。
それなら、少しの食材であっても喜んでもらいたい。
――そうと決まれば、沢山きのこを集めないと。
この白くて綺麗なきのことかも――。
「それダメなやつ!」
少し離れた位置からアゼルに叫ばれ、手が止まる。
「あっでも、救世主様なら大丈夫か」
「何が大丈夫なのよ。止めてくれたのは感謝するけど」
座っていたアゼルが近づいて来る。
「だって、毒きのこ食っても、浄化しながら癒せば平気なんだろ?」
確かに、それを言われると……。
でも、お腹ぐらいは壊すに違いない。
すぐに治癒するにしても、誰が好んで食べるか。
「私はそんな、物好きじゃないよ」
「はっ! 俺、凄いこと思いついたぜ」
カルナちゃんだけでなくアゼルも近寄り、騒いでいた私たちの所にサリスちゃんやフィリアちゃんまでもが集まり、全員が目を輝かせるアゼルに冷ややかな視線を送る。
「またくだらないこと言って。そんな暇があったら、手を動かしてよね」
そんなアゼルに、サリスちゃんが呆れ顔で口を挟んでいた。
「違うって、本当に良いことなんだって」
「今まで、一度も良いこと言ってないじゃい」
まぁ、そこまで言うなら聞くだけなら良いか。
そう思った私は、アゼルに聞いた。
「良いよ。そこまで言うなら、聞かせて」
「聞いて驚け。毒が効かない救世主様が居るなら、今まで食べれるか分からなかった食べ物も、全部食べてから食べれるか分かるじゃねぇか!」
「つまり私に、毒味しろと……」
恐ろしい。
聞くだけならと思った私を浄化したい。
こんなのは聞くだけでも、発言させるだけでも危険な思想だ。
「アゼル。あんた、教会でそんな事言ったら、あんたが実験台にされて、食べたそばからヤバそうだったら治癒されながら、最悪見捨てられて、治癒も受けられずに毒で死ぬことになるわよ」
「何だよそれ、おっかねぇな」
「それだけ、聖女の恨みを買いそうな考えってことよ」
「ほら、やっぱりくだらないことだったじゃない。ほら、きのこ拾いなさい」
「でも……食べ物が増えるかも」
皆が作業に戻ろうとした所でカルナちゃんがボソッと声を出した。
「……カルナちゃん聞いてた? 治癒に絶対はないんだよ?」
「私がやる」
「だよな。やっぱり、良いことだろ!? 毒味が出来るってすげぇことじゃん」
勢いが下がっていたアゼルが元気を取り戻し始める。
「そうだよ。森の落ちてる食べ物で毒味が駄目でも、貴族とか王様の所で毒味してたら、良いお給料もらえるんじゃないのか? それなのにどうして、こんな所に来てんだっけ、救世主様は」
「王族ね……」
サリスちゃんがアゼルの首根っこを掴み、少し離れて小声で話し出した。
「こらアゼルっ! あんたずかずかと、変なこと聞かないでよ。救世主様は、グール退治もしてくれて、今も農園の浄化の可能性も秘めてる、なくてはならない存在なんだからね。あんたのせいで、出てったら大変よ。打ち首はありえるかもしれないのよ! 分かったら、女性に失礼なことを聞くのを止めなさいっ」
「失礼なことかよ!? それって、年齢だけじゃねぇのか!?」
「あんたね……。へぇ、それならアゼルは、農園の野菜を勝手に――」
「ぁあっあああ! 急に何言い出すんだよ」
「人にだって、言われたくないことはあるの。分かった? 失礼してると、伯爵様に罰せられるわよ」
そのほとんどはこちらにも聞こえているが、そんなことは起きないだろう。
スミスさんが子供に罪を押し付けるイメージが湧かない。
それに、私が何らかの理由で居なくなったとしても、それを子供のせいにする場所なら、どの道私が戻ってくることはなくなるだろう。
「ほらほら、二人とも。大丈夫だからきのこ集めよっか。この普通のきのこが、後三十個ぐらい要るんだよね?」
「あるだけ助かります。多めに採って下さい」
「分かった。暗くなる前に、頑張ろうね」
そう言って私たちは、離れすぎない距離できのこ集めを再開する。
しかし、後ろで立ち止まっていたカルナちゃんが、白いきのこと睨めっこしている。
「カルナちゃん、どうしたの?」
「これは、毒って分かるけど。毒きのこ食べ続けてたら、いつかは普通に食べれる?」
「う~ん。私は、この世界の博識でもなんでもないからね。でも、繰り返せば慣れる人も居るみたいだよ」
「だったら、サリナお姉ちゃん。お願いが」
「何?」
カルナちゃんが、道から白いきのこを手でつかみ持ち上げた。
「ちょっ――何してる!?」
「大丈夫。アゼルは、触るなって言ってたけど、手を水でしっかり洗えば問題ない」
「カルナちゃんは、何がしたいのかな?」
単刀直入に私は目を合わせて聞く。
それが一番手っ取り早く、意思疎通が通るからだ。
「私が少し食べるから、治癒すれば」
「駄目。さっきの感じだとそれ、間違いなく毒きのこだよね。それを分かっている状態で、子供に毒を食べさせるなんて絶対に出来ないよ」
「だったら、どうすれば良い?」
「保護者と、伯爵様の許可があれば」
「分かった。きのこを、取り終わったら聞きに行く」
「うん。そうして」
きっと私は怒られるのだろう。
子供に何をさせようとしているんだと。
けれど、これは子供であるカルナちゃんが言い出したことだ。
何かを叶えられるかもしれない状況で、私の力が必要と言うのなら、手を貸すのもまた大人の仕事だと思っている。問題は、命に関わることという点が厄介だ。
その後はカルナちゃんもきのこ集めに協力し、私たちは日暮れよりも少し前に集め終えた。
「よし、これを持って宿にだな」
「残りは、伯爵様へ。そちらは、お願いしても良いですか?」
「もちろん。私たちに任せてもらって大丈夫だよ。サリスちゃん、ありがとね」
陽が沈む前に街に戻って来た私たちは、二手に分かれ、それぞれの目的地を目指す。
アゼルとサリスちゃんは宿へ。
私とカルナちゃん、それにフィリアちゃんが向かうのはスミスさんの屋敷だ。
毒きのこを食べたいと言ったカルナちゃんのおかげで、既に色々と不安でしかない。