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第22話:繰り返し

 

 仰向けのまま手を上にあげていたカルナちゃんが腕を横に倒し、大きく息を吸って呼吸を整えようとしている。


「一回目。お疲れ様」


 この方法をする人はもう殆ど居ない。

 というかやり方を知っている人は、きっと誰にも勧めていないだろうから私だけが知っているやり方とも言える。――だから聖女の間でも、このやり方は良くないとされている。


「頭がくらくらして、気持ち悪く……」


「それは浄化の魔力が入っている水と、瘴気が入っている水、それと魔力濃度の高い水。同時に三つも肌に触れさせているからだよ」


「前は大丈夫だったのに……」


「それは一つずつだからね。それに人間の手足は、他の体表よりも多くの魔力を感じ、吸収しやすいからね。だからカルナちゃんの魔力と、その三つがそれぞれ違う所で合わさろうとするんだから、お腹の中ぐちゃぐちゃにかき回されてる様なものかな」


「……グルグル」


 後はカルナちゃん次第だ。

 これを続けるのか、止めるのか。

 他の方法で教えられるかもしれないけど、それは私のやり方じゃない。


 違う人のやり方で、私と同じように大抵浄化できる人になれるかと言われたら、そうじゃない。


「次は……もっかいするの?」


「そう、もっかい。カルナちゃんが正確に、どの水がどう違うのか、肌と体内に入る魔力で分かるまでは、続けてもらうよ。大丈夫、安心して。私がいる限り、それで死ぬことはないから」


 後ろに居るメイドさんはすっかり口を閉ざし、数歩下がっていた。 

 そして再び上体を起こしたカルナちゃんが私の方を向く。


「分かった。やる」


 それだけ言うと、カルナちゃんが桶に手を入れ、曲げていた足を湖の水につけた。


「頑張れ」


 私もカルナちゃんの横に座って、湖の中に危険なのがいないか調べる。

 けれど、そんな反応はなく。


 カルナちゃんが横で倒れて、私は後ろにいるメイドさんの方を向いた。


「すみません。お昼は、ここで食べてもいいですか?」


「かしこまりました。ご用意いたします」


 腰を折ったメイドさんが屋敷に戻り、私とカルナちゃんの二人が水辺に残る。

 そしてカルナちゃんは、今は必死に三つの水を触っていた。


 ――感覚的順応。

 それがこの世界で魔法を扱うには、一番早い。

 水になんで汚れがあるのかとか、そう言った話は別だ。

 放つ魔力質が聖女のものになるかが重要なのだから。


 両手と足先からそれぞれ違うものを吸収してもらい、体内の瘴気と反発しあって残った浄化が濃度の濃い魔力と合わさる。それでカルナちゃんの魔力質が変わっていく筈だ。

 私の時は少なからず、そうだった。


 それからもカルナちゃんは魔力を吐き出しては休み、また三種類の魔力に身体を触れさせる。


 *


 そんな事を繰り返しているとあっという間にお昼になり、外で食べると言っていたご飯が運ばれてくる。


 崩れることなく、綺麗な形をしている――サンドイッチ。

 パンの生地には僅かに焼き色がつき、食べた感触はふわっ、よりもさくっに近い気がした。


「カルナちゃん、食べてる時はちゃんと休みなさい」


「でも、この方が早い?」


 そう言って、カルナちゃんが湖に足をつけようとする。


 湖だけなら、良いか。


「気持ち悪かったら、止めなさいよ」


 無茶すれば、全部上手くいく訳ではない。

 休む時は休む。

 まぁ私がのんびりし始めたのは、浄化を覚えた後に、あの湖と友達になってからだけど。


 無言のままカルナちゃんが頷き、小さな手でサンドイッチを持ち、角を少し口に含んだ。


 相当疲れているのか静かに口を動かし、もぐもぐと食べている。

 このサンドイッチ、細切れのお肉が入ってた気がするけど、そこに関しては長年一緒に居たであろうメイドさんたちの方が分かるだろう。

 もしかしたら、いつもこうやって食べさせていたのかもしれない。


 ――昼ご飯が終わってから更に休息をとり、カルナちゃんが練習を始めた。

 そんなカルナちゃんが、開始早々に自信に満ち溢れた表情で私を見てくる。


「慣れた。もう平気」


 本当にそうかもしれないが。

 私は、そうではないことを知っている。


「ちょっと、ごめんね」


 私はカルナちゃんが手に触れている二つの桶を交互に触る。

 やっぱりだ。


「カルナちゃん。これ、ほとんどただの水に戻ってるね。整えよっか」


「えっ……」


 カルナちゃんが驚く間に片方の桶に私の魔力を流し込み、カルナちゃんがそっちを見ている間に瘴気の入った水を朝から触れていない物に変えた。


「どうぞ」


「……そんな。私の血と汗と涙が……」


「汗と涙はともかく、血は入ってないと思うよ……」


 血なんて入ってたら、手の皮膚が魔力か瘴気の量に耐えきれず裂けているということだ。そうなっていたらすぐに止めさせている。


「手強く。なった」


 カルナちゃんが桶を真横に置き、指で水面を突こうとゆっくり伸ばしている。


「頑張って」


 一度指を触れさせたカルナちゃんが、意を決して両手をドバっと桶に入れた。勢いで飛び出た水が地面にかかり、徐々に水面が平らに戻っていく。


「私の中で、グルグルと……うッーー」


 余裕そうな顔をしていたカルナちゃんが、辛そうに俯いて口を閉ざした。


「一日目だもんね。無理しちゃだめだよ」


 返事は返ってこない。

 多分、こういう時のカルナちゃんは、倒れるまでやる以外には止まらないのだろう。


 そしてカルナちゃんが倒れては起き上がり、何度も繰り返して時間だけが過ぎていく。そんな中で、私は湖の反対側で動く影を捉えた。


「ねぇ、カルナちゃん、向こう見て」


 遠目で細かい所までは分からなくても四足歩行で動くその生き物には、鱗や硬い皮膚ではなく、毛並みがある事が見て分かる。


 疲れた様子で顔を上げたカルナちゃんが、その魔物を見て桶から手を出していた。


「アレって魔物だよね……」


「うん、そうだと思う」


 魔物は一体かと思ったら、もう一体。

 さらに続き……六体目の魔物が茂みから姿を見せた。

「カルナちゃん、屋敷に戻って、メイドさんたちに伝えてきて」


「嫌。私も行く」


 大人しく戻ってくれない、カルナちゃんを一緒に連れて行こうか悩んでいると、後ろから声をかけられる。


「お呼びですか?」


「……」


 呼びたかったけど、まだ呼んではいない。

 だから驚いたものの、来てくれたのはとてもありがたい。


「これで、一緒に行っても大丈夫」


 何が大丈夫なのだろうか。

 来てくれたメイドも、何故か頷いていた。


「お任せ下さい。アレぐらいでしたら、問題はありません」


「……そうですか」


 そこまで言うなら、もう三人で行こう。

 のんびりしてると逃げられるかもしれない。


「カルナちゃん。絶対に私の後ろから、出ないでよ?」


「うん」



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