第21話:弟子
スミスさんの家で客室を使わせてもらった次の日。
私は朝ごはんを食べる前からカルナちゃんを連れて、自分の家に戻っていた。
スミスさんの屋敷に居たメイドさんから聞いていた通り、二人は平然とした顔で朝ごはんの支度を殆ど終わらせた状態で私を出迎えてくれる。
帰って来ても来なくても対応できる様にとは、恐ろしい労力だ。
何にせよこれで、スミスさんの屋敷で私とカルナちゃんの分を用意しなかった分量が減ったのだから、結果的に食料が無駄にならなくて本当に良かった。
「ありがとうございます」
二人に礼を言ってから朝食を済ませ、私は屋敷から出る。
裏手にある湖。
今日も透き通る綺麗な水が、朝のまだ傾いている陽の光を受け止めている。
「綺麗……」
「カルナちゃん。ここの湖、朝は見たことなかったの?」
「来る時は、昼ぐらいだから」
「でも、これからは、この湖がお友達だからね」
「ん? 友達?」
カルナちゃんが首をかしげて、私を変な人だと言わんばかりの視線を向けていた。しかし、何を言おうともこの湖とはカルナちゃんは、もう互いに離れられない存在とも言える。
魔力濃度の高い湖なんて、探しても少ない。
それが家の裏手にあるんだ。前の私ほどとは言わなくても、カルナちゃんには普通の水以外の感覚に慣れてもらう為にも、この湖の水とは仲良くしてもらう必要がある。
「そう、友達。これから別の友達も増えるけどね」
「ん?」
更にカルナちゃんが不思議そうにしている中、屋敷を回って来た二人の兵士が視界に入った。
歩いて来る二人は、それぞれ取っての付いた水桶を二つ持ち歩いている。
「お待たせしました」
「農園の用水路から汲んできた、水です」
「お二人とも。こんな遠い所まで、本当にありがとうございます」
屋敷を出る前にスミスさんにお願いしていた農園の水だ。
「お構いなく。スミス様からも、可能な限り協力する様にと言われておりますし、訓練だと思えばこれぐらいのこと、いくらでもお手伝いさせていただきますよ」
「本当ですか? その時はお願いしますね」
二人が嫌な様子もなく、水桶を置いて小さくガッツポーズをする。
「お任せください!」
「はい、喜んでお運びいたします。それでは、私の方が屋敷の前に残っていますので、必要になりましたらいつもで言って下さい」
「それって、警護としてですか?」
「はい。それと連絡役をかねています。夜に帰らせていただきますが、基本朝から明日以降は、待機させていただきます」
「それだと、スミスさんの方は……」
「ご心配なく。我々ではなく本日からは、三人がずっとお傍に居るので人数が増えた分、昨日よりも安全ですよ」
「そうでしたか」
「それに、私は基本的にスミス様の屋敷の前に居ます。そこに一人補充されていますので、どちらに関しても問題ないかと」
「納得しました。お二人とも、ご迷惑かけてしまい申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
「えぇ、任せてください。救世主様」
「それでは、屋敷の前に居ますので、何かありましたらお呼び下さい。サリナ様」
二人が水桶を置いて、離れていく。
そして屋敷の中からは取ってのない空の桶をメイドさんが二つ持って、近づいて来る。
「こちらで、よろしかったですか?」
「はい、十分です」
「カルナちゃん、少し湖に近づこうか」
「サリナ様。そんな湖に近づいて大丈夫なのでしょうか? 私ども、まだ中に何がいるのかは把握出来ておりません」
湖に近づいて手を入れた私の事を心配してメイドさんが話かけてくれる。
本当にスミスさんの周りの人は、皆親切だと何度も思ってしまう。
「ある程度は大丈夫ですよ。今度潜ってみないと、完璧には分かりませんけど。この前探知した感じ、変な魔物の気配はなかったですし」
「そうですか。それで、今から何を?」
「カルナちゃんが魔法を習得するための、第一歩かな」
「何をするか聞いても、よろしですか?」
「すみません見て下さい。カルナちゃんはこっちに来て」
私がカルナちゃんを水辺に座らせ、靴を問答無用で脱がせた。
「カルナちゃん、この湖に両足つけて」
「噛まれる?」
「大丈夫。魚か魔物が来たら、私が助けるから。ほら入れて」
「つめぇたぃっ――!? うぅ……」
カルナちゃんが高い声を出し、身を震わせながら両手を芝の上に置き背を伸ばしていた。
遅れて私も触ってみる。
確かに冷たいけど、死ぬほどじゃないから気にしない。
「それで次は、すみません。その水が入ってみる水桶、持って来た桶に移してもらっても良いですか?」
「かしこまりました」
それ以上は何も言わず、メイドさんが手伝ってくれる。
「これで良いですか?」
農園の水が入った取ってのない桶が一つ出来上がる。
完璧だ。
「そして後は」
私は湖の水を空の桶で汲んで直ぐに浄化をかけ、更に私の魔力を流し込んだ。
「見たかった……」
遅れて顔を向けたカルナちゃんが残念そうにする。
「これから、いくらでも見せてあげるから」
私はその桶をカルナちゃんの右手の前に置く。
そして移し替えた農園の水が入った桶を左手側に置く。
これで準備は完了だ。
「カルナちゃん。本当に浄化魔法覚えたいんだよね?」
「うん。覚えたい」
「だったら、両足をつけたまま、二つの桶に手を入れて。絶対に直ぐには出さないでね」
「分かった。入れる」
ものの数秒で覚悟を決めたカルナちゃんが、桶に手を入れた。
途端にカルナちゃんが前のめりになり、少し膨らんだ頬を必死に抑えようとこらえている。
今にも何かを吐き出しそうだ。
「サリナ様。これは、本当に大丈夫なのですか?」
同じ屋敷で長く一緒に居たんだろう、メイドさんがカルナちゃんの事を物凄く心配そうに見ている。
段々カルナちゃんの顔色は悪くなっていき、よろめいた所で後ろに倒れた。
「うぅ……なに分かんない……」
「大丈夫。少ししたら治るから。後、身体が休んでいる内に、体内に残ってる魔力は上空に向けて放ちながら休んでね。じゃないと身体が魔力ばっか吸収してよくないからさ。とりあえず全部出す感じで」
「……うん。っ……んっ!」
仰向けになりながら手を上に伸ばしたカルナちゃんが、魔力の放出を始める。
それを見た私は、カルナちゃんが聖女になれるかは分からなくても、良い魔法使いにはなるだろうと確信するのだった。
いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。