第20話:カルナちゃん
井戸の浄化を終えた私たちは、その日の内に他の井戸の調査も全て行った。
時間はギリギリ……などではない。
既に陽は落ち、農園にアゼル。宿に二人を置いてからは、またカルナちゃんとスミス伯爵の屋敷の前に立っている。
今から森を抜けると言い出したら、必ず送りの兵士を付けると言われるのが目に浮かぶ。
「お姉ちゃん、どうかしたの?」
屋敷に入らず立ち止まった私を見て、不思議に思ったであろうカルナちゃんが話しかけてくる。
「大丈夫ちょっと帰りの事、考えててね」
「だったら、泊まっていって」
「いや、流石にそれは迷惑だよ。スミスさんも、きっと急だと困るよ」
「いつも、フィリアたちが泊まる時は突然。だから私に任せて」
「待って! カルナちゃん」
屋敷に向かってテクテクと歩き出したカルナちゃんを止められず、先に音を立てた扉が開かれた。
「カルナちゃん、おかえり。サリナ様、おかえりなさいませ。どうぞこちらへ、伯爵様がお待ちです」
来る事を伝えていなかった私が通された事に驚く中、カルナちゃんは自慢げに微笑んだ。
その顔は、とても可愛らしいのだが。
何をしたのかを聞くのは野暮であった。
「行こっか」
縦に長い窓と長いカーテンに加え、手が届きそうにない天井。
そしてシャンデリアや絨毯、木製の一枚木で作られた細長いテーブルは、どれも高価そうだ。そんな部屋の、一番奥に座っていたスミスさんと私は目を合わせる。
机には料理が置かれ始め、横に並んだ二つ分の空席に料理を運び終えたメイドが椅子をひいて、私とカルナちゃんの方を向いた。
「どうぞ、おかけください」
「ありがとうございます」
腰を少し下ろしたタイミングで椅子をゆっくり押され難なく席に着くと、その座り心地はとても良く。油断するとすぐに息を吐いて、休みたい気持ちになってしまう。
「そんなに緊張しないでも、構わないよ。自分の家だと思って、くつろいでくれて良いから。カルナみたいにね」
スミスさんに言われ横を向くと、ちゃんと行儀よく座っているカルナちゃんを目にする。けれど、前に伸ばした手は水の入ったグラスを掴み、姿勢が曲がっていないギリギリで身体の力が完璧に抜けていた。
「凄い……」
子供は無邪気というか、なんというか。
私には無理だと思えてしまう。
そして机の真ん中に置かれていた果物を掴むために、少し身体を机に乗せぶどうの様な物を手に取っていた。
「サリナお姉ちゃんも、食べる?」
二つ取った内の一つを私に渡そうとする。
「もらうね」
受け取った後に一度スミスさんと目を合わせ、頷くのを待ってから私は口に含んだ。
甘く柔らかい果物は味は少し違うけれど、ぶどうと言える。
違ってたら、私には分からない。
「うん、美味しい」
「もっと食べる?」
次を取ろうとするカルナちゃんを止めた。
「カルナちゃん、目の前に置かれたご飯は食べないの?」
スープにお肉や野菜、だけでなくパンが置かれたお皿が目の前には並んでいる。
一つ一つがそこまで量が無いにしても、全部食べるには適切な量だと思う。
「野菜は食べるけど。お肉とかは……」
カルナちゃんは、野菜だけ食べる子供だった。
野菜を好き嫌いするよりは良い気もしなくもないが、体力を必要とするこの世界ではタンパク質は必要な気がする。
「少しは食べようね」
「……」
カルナちゃんが無言のまま食事が始まった。
スミスさんの家に出ている料理が不味い筈もなく。
ただ美味しい物を食べて、カルナちゃんが無心でお肉を眺めているのを横目で見る。
――このまま食事が終わる筈もなく、スミスさんが口を開いた。
「実は、一つ伝えておきたい事があってね」
スミスさんに話しかけられ、私は動かしていた手を止める。
「何でしょうか」
少し言いづらそうにするスミスさん。
きっと貴族関係の事だ。
だとすると……リオン王子の事だろうか。
それにしては、早過ぎる。
あの王子の事だ、どうせ他の貴族に押し付けているに違いない。
「悪いけど、この屋敷に住むか。カルナを暫く預かってくれないかな?」
「ん?」
予想とだいぶ違った。
どうしてだろう。
カルナちゃんは、この屋敷に住んでるんじゃ。
「サリナお姉ちゃんは、嫌?」
嫌とかそういう事ではない。
「ううん。別にそうじゃないけど、突然で驚いてて……」
それに違う事を考えていたから、尚更驚いてしまった。
「それで、どっちが良いかな? こっちに住むのと、君の屋敷でカルナと住むのだと」
私に拒否権はなさそうな雰囲気である。
もちろんカルナちゃんが嫌という訳ではない。
「住まわせてもらってる屋敷で、お願いします。それと理由を聞いても?」
「カルナから、直接聞くと良い」
私がカルナちゃんの方を向くと、既にカルナちゃんは身体の向きを変えて、私に正面を向けて座り直していた。
「カルナちゃん、何かな?」
私が目を見て聞くと、カルナちゃんがゆっくり口を開く。
「私に、浄化? の魔法を、教えてください」
そうカルナちゃんが答える。
予想出来ていたと言えば、出来ていた。
あれだけ、やりたそうにしてたらね。
「良いよ。私に、教えられる事は、教えてあげる」
人に教えた事なんてないけど、そういうのもやってみるべきだと思う。
浄化を使える人が増えれば、街は良くなるのだから。
どこまで浄化できるようになるかは、私にも分からないけど。
「ほんと!?」
「うん、ちゃんと出来るかは、カルナちゃん次第だからね?」
「大丈夫。そこは任せて」
凄い自信でカルナちゃんが頷き、どこからその自信が来るのか不思議に思う。
けれど、やる気があるのは良い事だ。
私も可能な限り、頑張ってみよう
「それじゃ、ご飯食べよっか」
「……うん」
そう返事をしたカルナちゃんが暗い顔になり、お肉の入ったお皿を見つめるのだった。