第19話:緑スライム
ギルドを出る前にスライムの魔核を換金した私は、その三分の二をアゼルに渡していた。
受け取ったアゼルは、頬を緩め嬉しそうに片手で強く硬貨を握りしめている。
「アゼルだけ、ズルいわよ」
「ズルいってなんだよサリス」
「私だって、スライムぐらい倒せるんだから。ズルいはズルいでしょ」
この子たち。
やっぱりいつもスライムと遊んでそうな気がして来た。
けど、止めろと言っても危ない虫と遊ぶ子がいる様に、ある程度は仕方ないのだろうか……。いや、ここは元聖女である私がビシッと言って、スライムの危険性を伝えた方が良いのでは。
「あなたたち、次からは――」
「サリナお姉ちゃん、井戸」
横に居たカルナちゃんが私の服を掴み、声をかけて来る。
苦笑いした私は注意するタイミングを逃し、カルナちゃんに案内されるまま付いて行く。
「カルナちゃん、あなたはスライムと戦ったら駄目だよ」
「魔物なのに?」
「スライムに浄化魔法は効かないの。あなたが、浄化を覚えたいなら、止めなさい」
「分かった」
素直なカルナちゃんが小さく頷き、前を向いて歩き続ける。
その後ろでは、未だにアゼルとサリスの二人が言い合い、二人の少し後ろでフィリアちゃんが必死に止めようとしていた。しかし、既に止めるタイミングはないに等しい。
「木の陰からこそこそ、倒してるだけじゃねぇか」
「良いでしょ、それが安全なんだから。危ない目にあおうとする方がおかしいのよ」
「弓がねぇと、倒せないだけじゃねぇかよ」
「自分が下手だからって、それはないんじゃない?」
「俺だって、スリングで石なら絶対に当たるんだからな」
「だったら、安全に木陰から倒しなさいよ。無駄に危険に向かって、今日だってどうせ、スライムに張り付かれたりしなかったの?」
「……それは」
「サリナ様、アゼルがどうだったか、聞いてもよろしいですか?」
アゼルと話す時とは違い、落ち着いた口調で私に話しかけて来る。
けれど、このタイミングで私に振るのは、少し困った。
……どうしよう。
サリスちゃんの後ろで、アゼルが小さく両手を合わせているのが目に入る。
こうなったら、少しだけ助けてあげよう。
「アゼルは頑張ってたよ。私が浄化魔法で倒せない事を知って、敵の気をひきつけてくれたんだから」
おかげで一匹のスライムを倒せた。
私としては、それに文句はない。
寧ろ時間が短縮出来て、感謝すらしている。
「そうですか」
「だろ、俺は邪魔なんかしてないって」
そうしてアゼルがサリスちゃんに言った後だった。
前を歩いていたカルナちゃんが振り返る。
「着いた」
大通りから小道に入り、そこを抜けた先で井戸に着く。
そこは、少し小さな道が交差する場所だった。
私が何も言わなくても、井戸の蓋が四人の子供によって取り除かれ、私が中を見るのと同じタイミングで子供たちも中を覗き込んだ。
腹を縁に乗せるアゼルが少し落ちそうな事を気にかけつつ井戸を見ていると、暗い井戸の中が段々と鮮明になってくる。
石が積まれ内壁は苔に覆われ、下で揺らめく筈の水面すらも緑で隠されていた。そして、その水面にプカプカと浮かぶ緑色の物体を捉えた。
「スライムだっ」
「緑スライムね」
「緑スライム?」
「……緑」
四人が各々言葉を発するが、次第に前のめりになっているのが私は怖いとしか言えない。
「お願いだから、落ちないでよ。落ちたら、緑スライムを攻撃する時に、巻き添えくらうよ」
「「「……」」」
「よっと」
全員がそっと降り、屈んで何かを話し始める。
除け者にされた私は一人で井戸を見て、プカプカと浮かびこちらを見ている様なスライムと顔を合わせた。
「何か言いたそう」
言葉が通じる訳がない。
それでもスライムが何かを言おうと、跳ねてから壁に移動し、ゆっくりと登ろうとしていた。
「よし、任せとけ。ここは俺様のスリングで倒してやる」
話が決まったのか、立ち上がったアゼルが声を出す。その手には、どこから出したのか小さなスリングが握られていた。
そして周囲を見渡したアゼルが手頃な石ころを拾い、井戸の方に戻って来る。
「それで倒すつもり?」
「これなら、ここからでも倒せるから安全じゃん」
安全と言えば安全だけど、それで倒せるの?
正直、スライムの耐久値なんて分からない。
子供が枝で突いた程度で倒れるのだから、そんなに強くはないんだろうけど、問題は魔核に攻撃を当てられるかだ。
「何だよ、救世主様も俺が当てられねぇって、言いてぇのか?」
「言ってないでしょ」
緑スライムが倒れるのかは気になっているけど。
アゼルの手よりも少し大きいスリング。それが出せる威力なんて、大人が思いっきり投げたぐらいだと私は思っている。
「見とけ、倒してやる」
井戸のふちに腹を乗せて中を覗き込んだアゼル。
私は手を伸ばし、アゼルが落ちないように抑えながら後ろから覗き込む。
「アゼル、ちょっと待って」
横から近づいたサリスが釣瓶を落として、壁に張り付くスライムの下に移動させていた。
「いつでも良いよ」
合図を受けて、小石の乗った部分を後ろにアゼルが引いて、腕を動かす。
「良し、見とけよ」
「しっかりね」
数秒してアゼルが手を離した。
「いっけ!」
掛け声と共に小石が飛ばされ、緑スライムに向かって飛んで行く。
当たった。
緑の体にぷにゅっとめり込み、そんまま魔核にぶつかる。
体を丸めたスライムは、垂らしていた釣瓶に体が入っていく。
「見たかっ! 当てれるって言っただろ」
「はいはい、凄いから。引き上げるの手伝いなさい」
フィリアとサリスが、スライムの入った釣瓶を上に上げようとロープを引っ張っていた。アゼルは文句を言いながらも直ぐに地面に足をつけて、二人を手伝う。
そしてカルナは一人で、周辺の花壇に向かっていた。
ちょうど窓から子供の声を聞きつけた大人が顔を出し、カルナと目を合わせる。
「この土、少しもらって良い?」
「カルナちゃんじゃない。良いわよ、好きに使って」
出て来た女性が私と目を合わせると、子供だけじゃないと思ったのか直ぐに室内に戻っていた。
「土」
カルナちゃんがアゼルに土を手渡し、サリスが引き上げた釣瓶の中にアゼルが土を被せた。これで緑スライムと土が混ざる訳なのだが、何をしているのか私には分からない。
「それは何をしてるの?」
「救世主様知らねぇの? 緑スライムって、土と混ぜると良い肥料になるんだよ」
「だから、これを農園に持って行って、土に混ぜるんです」
そう言いながらも二人は、緑スライムの残った液体と土を手で混ぜている。
まさか緑スライムがそんな使われ方していたなんて、知りもしなかった。
これが浄化されない理由の一つだろう。
生活に役立っている。
とても……。
「救世主様、この井戸はどうするんだ?」
「任せて、浄化して使える様にするから」
緑スライムが居なくなったのなら、纏めて浄化を行うだけだ。
一度息を吐いて、呼吸を整えた私は井戸に手をかざす。
そして私は、浄化魔法を丁寧にかけるのだった。