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第13話:農園


 二度目であっても、やはり広いと思ってしまう。

 ――皆と訪れた農園。


 子供たちを連れて、街に戻ってから殆ど反対側にあるこの場所に来るだけでも大変な筈なのに、カルナちゃん含め子供たちは元気そうだ。


 入口から真っすぐに伸びる道の左右には沢山のつる性果樹があり、更に奥の山の方には別の何かが沢山植えられているのが遠目でも見える。そして、道に沿って流れる用水路の水は透明だった。


「見ろよ、これ食べられそうじゃね?」


 アゼルが果樹に近づき、他の皆に見せようとする。


「アゼル。あんた、勝手に食べたら、また怒られるわよ」


「良いんだよ、どうせ俺が手伝いで採るんだから」


 そんなアゼルの後ろから、一人の女性が近づいて来る。


「――良い訳ないさッ! 何言ってるんだい!」


 後ろから怒鳴られたアゼルが、飛び退きながら身体の向きを変えた。

 そして、アゼルの居た場所を手刀が空を切りながら流れる。


「へっ、そう何度も同じ手を――」


 そう叫びながら下がっていたアゼルが、農園用のパーゴラと言われる木の枠組みに頭をぶつけ、うずくまって頭を押さえていた。そして悔しそうな顔で見上げる。


「あぁっ――痛てぇぇ……はかったな」


「何、馬鹿な事言ってるんだ。あんたが自爆したんでしょ」


 そんなアゼルを無視して女性が、こちらに近づいて来た。


「伯爵様に。サリナさん、だよね?」


「はい、サリナです」


「サリナさんだね。私はベラ。この馬鹿息子が朝から申し訳ないね。騒がしかっただろ?」


「いえ、全然大丈夫ですから」


 子供が元気なのは、良い事だ。

 それに、今日に限って言えば緊急事態なんだよね?


 もう一度、横目で用水路を目にするも流れている水は綺麗だ。

 とても異常がある様には見えない。


「ここの水は、西側の水源から引いていてね。問題があるのは、北の山脈から引いている水でね。今朝起きた時からどうも変でね。悪いけど、少し見てくれるかい?」


「もちろんです。その為に来たんですから」


 案内されるがまま、私たちは更に山の方に近づいた。

 周りは変わらず管理されている野菜や果実で溢れ、穏やかな風が流れている。


「この辺りからだね」


 そう言われ私は、流れている用水路の水に目を向けた。


「触っても良いですか?」


「もちろんだよ」


 流れる水に、私が手を触れさせようとする。

 すると、隣に来て屈んだカルナちゃんが同じように手を入れようとしていた。


「カルナちゃん待って」


 井戸と違って、変と言われている水に触れても良い事はない。

 手を伸ばそうとしていたカルナちゃんが動きを止めて、私の方を見る。


「分かった」


 カルナちゃんが、そっと手を膝の上に置いた。

 そして私は、水の中に手を入れる。


 ――冷たい。 

 流れる水は驚くほど冷たく、見た目よりも速い流れだった。

 そして魔力を流す。


「これ……」


 魔力を通した瞬間に分かる。

 流れる水が、私の魔力と反発する様に離れていた。


 私の手の周りだけ不自然に水が減り、残された水だけが用水路を流れていく。

 減ったと言っても僅かだ。

 けれどそれは、確実に用水路を流れる水の量を減らしていた。


「すっげぇえ! 救世主様が水を消してるぜ!」


「凄いけど。喜んでどうするのよ、アゼル」


 アゼルにサリスちゃんが怒り、スミスさん含め全員が見入っていた。


「どうなっているんだい」


「水を吸収しているのか?」


 誰よりも心配そうにしているベラさんが口を開き、スミスさんが私に問いかけてくる。

 そして私は、ゆっくりと答えた。


「いえ、吸収している訳ではありません。むしろ逆です」


 私の魔力と触れて消えるという事は――。


「この水、汚染されています」


「そりゃ本当なんだろうね?」


「私の魔力と触れて消えるという事は、減った分は浄化された水になります」


「飲まない限りは、大丈夫だよね?」


「はい。飲まなければ、直ぐにどうこうって訳ではありません。ただ、土に吸収されるので、農作物には良くありませんが」


「どうにか、元に戻らないんですか?」


 川の水に小動物や魔物の死骸が触れる事は、珍しくない。

 それが自然界では当たり前だけど、ここまで水が汚染される事の方が稀だ。


 普通、流れるうちに周りの植物や、川に生息する生き物に吸収されて自然と消滅していく。それがここまで残っているのだから、この用水路の上流付近にその原因がある可能性すら考えられる。


「スミスさん、ちょっとこの水が流れる、元の場所を見に行って――」


「許可すると思うかい?」


 スミスさんが神妙な面持ちで私を見ていた。


「あまりにも危険過ぎる。君一人で、行って何かあったらどうするんだ?」


「それは……」


 でも、放って置いて元に戻るとも思えない。

 この量が自然に減るとしても、数カ月はかかってしまう。


「こういう時こそ、人命第一なんだよ」


「分かりました」


「もう片方の水源だけでも、暫くは大丈夫でしたよね?」


「天候にもよりますが、直ぐどうこうって訳では。でも、もう一方の水源から水を引けない所まで、農園を広げているので、そちらは一部、諦める事になりますが……」


「直ぐに調査依頼は出しますが、暫くはもう片方の水源で対応をお願いします」


「承知しました、伯爵様」


 頷いたベラさんが顔を上げ、一息はつく。

 そして元通りとはいかずとも、ベラさんが声を張り上げた。


「ほらアゼル! やる事が決まったんだ、あんたも手伝いな!」


「サリナ、君は僕と一緒にギルドに行ってくれるかな?」


「分かりました、スミスさん」

 

 私も頑張ろう。

 この問題を解決するのは、きっと……。


 ――視界の端で何かが動き、ふと横を向く。

 そこで私は、用水路に手を入れるカルナちゃんを目にするのだった。



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