第11話:長い一日(リオン王子視点含みます)
「送っていただき、ありがとうございます」
森の中にある屋敷に着いた私は、玄関前で二人の送ってくれた人にお礼を言う。
既に辺りは殆ど暗く、沈む夕陽が直接は見えなくなっていた。
「どうぞ、お入り下さい」
私が中に入るまで、待つやつだ……。
一向に向きを変えて戻ろうとしない二人を見て、私は急いで振り返った。
扉のドアノブに手を当て、奥に扉を押して開く。
――私が屋敷の中に入って扉を閉めると、外から歩いて行く足音が聞こえる。
「ふぅ、良かった」
そう安堵した時だった。
「「おかえりなさいませ、サリナ様」」
そばに来ていた二人のメイドに迎えられる。
良く見ると二人とも髪は長く、一人は金髪ポニーテールに眼鏡をかけ、もう一人は三つ編みの長い黒髪だった。そして身に着けているメイド服が、とてもさまになっている。
「……ただいま」
慣れない。
「サリナ様、お食事のご用意が出来ておりますが、先にご入浴なさいますか?」
「あぁうん、はい。そうします……」
これに慣れる日は来るのだろうか。
そして私は、遅れて気づいていた。
この屋敷に灯りが灯っている事と、綺麗になっている事に。
――午後だけでこれを行ったのだとしたら、この二人……凄すぎますよスミスさん。
そんな私の思考はよそに、メイドさんに案内された私は浴室に押し込まれた。
森を通って来て、今日一日歩き回って汚れていた衣服をはぎ取られ、流されるまま適温の水をかけられる。
うぅ……。
自分でやるなんて言える暇はなかった。
気づいたら頭にはふわふわの泡を作られ、頭皮までマッサージされている。
「お水、おかけします」
そう言って、頭についていた泡が流れ落ちたと思っていた頃には――石で囲われた温泉の様な浴槽に首まで浸かっている状態だった。
「それでは、ごゆっくり。何かありましたら、お呼び下さい。おあがりになる時も、お手伝いいたします」
気を遣ってか、見える範囲から二人が出ていく。
「んん……んっ、やっと落ち着けるかな」
身体がお湯に包まれ、全身の緊張が和らいだ気がした。
「今日一日、頑張ったよね。私?」
独り言が、風呂場に響く。
思い返すと、森を歩いて、屋敷に来て、子供を見つける。
また森を歩いて、子供を返してからギルドに行って、街の井戸を調査する。
そして森を歩いて、帰って来る。
「うん、頑張ったと思う」
朝からずっと湖に座っているよりは、身体を動かした事は間違いない。
あの作業は、どうしても時間がかかってしまう。
「う~ん、駄目だ……気を抜いたら、ずっと入ってそう……」
意識が僅かに下がりそうな気がした私は、ゆっくりと上がった。
「さて、メイドさんが来る前に」
自分で着替えようとしたのに、何故か金髪ポニーテールのメイドさんが目の前に居る。
「お手伝いしますと、お伝えしましたよね?」
「……はい。すみません」
凄い圧を感じながら、私はお風呂を終えた。
でも身体はスッキリとし、とても満足している。
「サリナ様、お食事のご用意が出来ております。どうぞ、こちらへ」
それからも私はメイドさんに言われるがまま屋敷内を歩き、食事を終えると、ゆっくりした後に寝室に案内された。至れり尽くせりとは、この事を言うんだと初めて思ってしまう。
――そして、屋敷での初日を快適に過ごした私は、その日を終えるのだった。
***
湖の浄化に失敗してしまったリオン王子は、怒りに満ちた表情で怒鳴っていた。僅かな灯がある部屋でリオン王子含めた五人は王都の地図と、周辺諸国も含めた大きな地図を眺めている。
「まだ見つからんのか! あの聖女はッ――」
元婚約者であっても、関係ない。
リオン王子は、名前すら口にせず叫んでいた。
「申し訳ございません。全力で探しているのですが、未だ発見には至らず」
「冒険者ギルドの方にも、登録がないか調べさせている所でございます。もう暫くお時間を」
「ギルドの連中にも急がせろ! ……それで、王都の方はどうなってるんだ。水だ、水! 水さえあれば、全て解決するんだ――」
リオン王子がしでかした事は貴族の間でも広がり、既に味方しようとする者の方が少ない。各貴族はそれぞれ自分の領地などで、似た様な問題が起きないか確認させたり、中には王都から聖女を多額の資金で引き抜く罰当たりものまで現れている。
その結果――。
ただでさえ多くの聖女を必要としている王都から聖女が減り、日に日に街の活気は落ち込み始め、現状を維持するのですらやっとという状況になっていた。
「王都にある井戸や、周辺の水源を調査していますが、昔使っていた場所であっても、長年放置した事で直ぐに使える状態である物の方が少なく、そちらも……」
「くそッ、何でだ! 何でこうなるんだッ!」
リオン王子が机を叩く。
「不味い、このままじゃ……」
リオン王子は今、起こってしまった問題を解決出来なければ王子ですらなくなってしまう。
そんなギリギリの所で、扉がノックされ、勢いよく開かれた。
「グールを退治した者が、現れたとの情報を得ました」
「グールを退治したとなると、王都から出て行った聖女。いや、出始めた日を考えれば、騒動よりも前に出て行った者の可能性の方が高いかと」
「何でも良い! 何処だ、誰の領地だッ!」
リオン王子は藁にも縋る思いだった。
「スミス・バルタザール伯爵様の、ご領地です」
それを聞いたリオン王子は、あの日。
――サリナを追い出した日に教会で、スミス伯爵と会った事を思い出していた。
「今すぐ、バルタザール伯爵に伝令を送れ!」
「どの様な内容で送れば……」
「そんなの、あの聖女を王都に連れ戻せ! それ以外にあるか!」
「かしこまりましたっ」
リオン王子に怒鳴られた者が、急ぎその場から離れて行く。
「一応、ギルドには調べる様に言い続けろ」
「承知いたしました」
「今日はもう良い、皆ご苦労だった」
リオン王子の一声で、貴族達が部屋から出て行く。
残されたリオン王子は、怒りに満ちていた状態から僅かに頬を緩めるのであった。
「こんな所で、諦めてたまるか――」
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――海月花夜より――