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そんなに節約生活がしたいのなら一人でやって下さい

掲載日:2025/06/11

「そんなに節約生活がしたいのなら一人でやって下さい」


 離婚の引き金になったのは、私のこの言葉だったと思う。

 売り言葉に買い言葉になり、完全に夫婦喧嘩となってしまう。

 やがて、夫アズモスはこう言った。


「私の方針に従えないというのなら、別れるしかないな」


「ええ、そうね」


「言っておくが、ワガママを言い出したのはそちらだ。慰謝料など銅貨一枚たりとも払わんぞ!」


「かまわないわ」


 この人と別れられるなら、それぐらいどうってことない。

 幸い、私の実家レイネス家と夫のウェルト家は互いに伯爵家で格は同等。離婚について、家同士で大きく揉めることはなかった。

 手続きは全て済み、ラーナ・レイネスとなった私は夫の邸宅から荷物を持って出て行った。


「ふぅ……」


 馬車に乗り込むと、やっとこの生活から抜け出ることができたという解放感からか、深いため息が出る。

 夫と結婚してからのこの二年間、本当に地獄だったわ……。



***



 アズモスは伯爵家の次期当主として将来を期待され、すでに領の一部を任され、領主として振る舞っていた。

 彼と結婚した私も彼の邸宅で住むことになった。


 アズモスは節約が好きな人だった。

 無駄な出費を抑え、質素倹約に務める。貴族の派手な浪費は近年社会問題にもなっているから、この考え方自体は決して間違ってはいない。私だって最初は素晴らしいと思った。

 しかし――


「服を買ってきたんだ」


「服?」


「ああ、立ち寄った町でとても安く売ってたからね。ぜひ着て欲しい」


 渡された服はどれもこれもデザインがイマイチなものばかり。

 サイズも合っておらず、ところどころほつれている。明らかな粗悪品だ。

 それを指摘すると、アズモスはむっとした表情をする。


「安いんだからそれぐらい我慢しなきゃ」


 夫を立てるのも夫人の嗜み。こうして私はデザインも機能性も赤点の服を着るはめになってしまった。


 日没になるとランプの蝋燭に火を灯し、明かりとするのだが、これにもアズモスは待ったをかける。


「もったいないから、蝋燭の火は消そう」


「もったいないからって……じゃあ、夜はどうするのよ。何も見えなくなっちゃう」


「すぐ寝ればいいさ。夜になったら眠る。人間として自然なことだよ」


 夜になると屋敷は真っ暗になってしまい、なんの作業もできない。

 私はお裁縫を趣味としているのだけど、当然それもできなくなる。

 結婚前とは大幅に生活リズムが変わることになってしまった。早寝は健康的ではあるけれど、業務が溜まるなど弊害も大きかった。


 アズモスの節約は食事にも及ぶ。


「食べ物を貰ってきたよ」


 変な臭いのする、明らかに傷んだ野菜や果物を両手に抱えている。


「それ……どうしたの?」


「領民から廃棄にするやつを貰ったんだ。これを調理すれば食費が大きく浮くぞ!」


 嫌な予感がしたけど、調理して食べたらやっぱりお腹を壊した。

 しかし、アズモスは「食費は浮いたんだからいいじゃないか」と笑顔だった。


 ついには――


「使用人は減らそう」


 と、屋敷に勤めていた使用人のほとんどを解雇してしまう。

 元々日没までしか働けない上に、使用人まで減らしてしまったので、様々な業務はさらに滞った。


 他にも領地内を見回り、「無駄がある」「これは削ってもいいだろう」と色んなものを容赦なくカット、削減していく。

 農民らから用水路建設を訴えられた時も「金の無駄だ」と突っぱねていた。

 節約がなにより大好きなこの男が、新たな投資などするはずがない。


 アズモスと一緒に暮らしていて分かったことは――

 まず、ケチってはいけないところまでケチる。安物を買ってかえって損をしてしまう人がいるというけど、アズモスはその究極系ともいっていい。そこは絶対にお金をかけなきゃダメというところまで削ってしまう。

 それに、節約をするわりに根がいい加減。まめな人なら、たとえ安価で壊れやすい品物を買ってもそれを丁寧に使うなりメンテナンスするなりで上手く使うことができるだろう。アズモスはそういうことは面倒がってやらないから、安物を買ったら値段通りのポテンシャルしか引き出せず、すぐダメにしてしまう。


 そして、節約する人がなぜ節約するのかというと、何らかの目的のために貯金をしたり、浮いたお金を何かに使ったり――ということが挙げられる。

 アズモスにもそういう具体的な目標があれば、私はついていくことができたかもしれない。

 しかし、アズモスにそういうものはなく、ただ「いかにお金を使わずにいられるか」というゲームを楽しんでいるだけ。仮にも領主という立場でだ。

 さまざまな無茶な制約で成り立った節約で浮いたお金が周囲に還元されることはない。

 本人だけが楽しく、巻き込まれる皆が迷惑する。


 ……うんざりした。

 もうこれ以上、節約ゲームには付き合えない。

 幸い子供もいないし、別れるなら今のうちしかないと思った。


 思い詰めた私は「そんなに節約生活をしたいのなら――」と彼に告げた。



***



 離婚して実家に戻った私を、父と母、きょうだいたちは温かく迎えてくれた。


「あまり気にするな。そんな生活をしていては、もう何年もしたら心が壊れてしまっていただろう」


 ウェルト家との繋がりが途絶えたのは痛手でしょうに、父の励ましが嬉しかった。


 おかげで時間もできたので私は元々の趣味だった裁縫を再び始めた。

 長年のフラストレーションを発散するかのように私は裁縫に没頭し、めきめき腕を上げた。ブランクがあったのが嘘のようだ。

 なにしろ節約生活で「あれをしたい」「これもしたい」というのが溜まりに溜まってたから……。

 そんな時、妹が何着かのドレスを捨てようとしているのを目にする。


「それ、みんな捨てちゃうの?」


「ええ、流行遅れのデザインだから……。ちょっともったいないけど」


 社交界では、流行に疎い者はそのまま疎んじられる傾向にある。当然、いい結婚相手にも恵まれない。

 妹の選択は貴族令嬢としてはむしろ正しい。

 だけど、私は――


「捨てるんだったら私にくれない?」


「別にいいけど……」


 私は貰ったドレスを自分流にアレンジしてみることにした。

 古い品を活用してみるという発想は、昔の私にはなかった。このあたり、アズモスの影響を受けているのかもしれない。そう考えるとあの結婚生活もあながち無駄じゃなかった。

 アレンジしたドレスを妹に見せてみる。すると――


「お姉様、これいい!」


 妹は私が仕立て直したドレスをいたく気に入った。


「これ、やっぱり着てもいい? 今度の夜会でみんなに見せたいの!」


「サイズはそのままだし、別にいいけど……」


「やったぁ! ありがとう、お姉様!」


 いくら私流にデザインしたといっても、元は流行遅れのドレス。

 妹がバカにされてしまうんじゃ……という不安もあった。


 だけど私が仕立て直したドレスは夜会でも好評だったようで、妹は喜んでいた。

 妹は明るいし、結婚相手はすぐに見つかるだろう。どうか私のような失敗はしないで欲しいと思う。

 この件でモチベーションが上がった私は、それからも古着を仕立て直すことが多くなった。


 やがて、ある貴族の邸宅で『絢爛なる蔵出し』というイベントが開催されることになった。

 これは王国貴族の間では伝統的な催しで、貴族が自分たちの使い古した品を持ち寄り、自由に売り買いする場である。いわば、上流階級のフリーマーケット。

 といっても、出されるのは超高級なブランド物ばかり。ようするにフリーマーケットの皮を被った、貴族同士が「自分はこんなにすごいものを持っているんだぞ」と競い合う場といってもいい。

 私は自分が仕立て直した衣類の数々を出してみることにした。

 売れなくてもいい。自分の趣味の成果を、誰かに披露する機会が欲しかったのだ。


 すると、これが大ウケ。

 これが元は古着で、それを手直ししたものだとはきちんと説明しているのに、みんなが買っていく。


「いやー、どれもセンスあるよ」

「ぜひまた売り出してくれ!」

「あなたが作った服は絶対買うわ!」


 褒められればやる気が出るというのが人情というものだ。

 私はますます衣服作りにのめり込み、さまざまなイベントで発表する。

 そしてある時、運命的な出会いを果たす。


「初めまして、私はエリオン・シュテーフェルと申します」


「初めまして……」


 シュテーフェル家――公爵家のご子息の目に止まったのだ。

 エリオン様は煌びやかな金髪が特徴的な青年だった。涼しげな眼差しと穏やかな青い瞳が印象的だ。

 私が出品している数々の衣服を手に取って、目を細める。


「どの服も素晴らしい出来栄えですね」


「ありがとうございます」


 エリオン様は並べている品を一通り褒め称えると――


「まだ日は明るい。よろしければ、この後一緒にカフェでも」


「ぜひ……」


 吸い寄せられるように返事をしてしまった。

 これをきっかけに私はエリオン様と交際を始めた。

 エリオン様は領地経営の一環として、ファッションブランドの立ち上げを計画しているらしい。

 そして、その計画にぜひ協力して欲しいとのこと。

 もっと自分の力を振るいたいと思っていた私にとっては、渡りに船である。二つ返事でOKをした。


 家同士の繋がりがある方がなにかと都合がいいということで、私たちは婚約を交わし、ファッションブランド立ち上げに尽力した。

 最初はビジネス的な関係であったことは否定できないけど、二人で切磋琢磨するうち、深く愛し合うようになっていった。

 エリオン様と次の商品はどういうデザインにしようと話し合っている時がなによりの幸せだった。

 きっとエリオン様もそうだったと思う。


 シュテーフェル家が立ち上げたブランドは大盛況。王侯貴族から庶民にまで愛される、国を代表する一大ブランドにまで成長する。

 そして、そのまま私たちは結婚する。

 二人とも自分たちでデザインし作り上げたドレスと礼服を着た、とても晴れやかな結婚式となった。



***



 その後も、私たちは幸せに暮らしている。

 ブランド経営も順調で、今や国外展開を始めるほど。

 エリオン様は誰かさんとは違い、使うべきところには大胆にお金を使い、そして丁寧で几帳面な人なので、業績は危なげなくぐんぐん伸びていく。


 その誰かさん――アズモスは独身のまま相変わらずの節約生活を続けていて、馬車を格安なことだけが取り柄の腕の悪い業者に修理させ、それが元で故障。大事故を起こしてしまったという。

 命こそ助かったものの大怪我をして、それこそ今までの節約で得た蓄えが全部消えてしまうほどの治療費がかかるとのこと。

 家の人間からもついに呆れられて、次期当主の座も剥奪されてしまった。


 どんなにいいことでも、過度になってしまうと身を滅ぼすことになってしまう。

 節約は計画的にやらないとね。






おわり

お読み下さいましてありがとうございました。

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