第2話 あの日の惨劇 《一》
パンフレットを読み漁りながら歩いていると、遂に自分の部屋である509号室に辿り着いた。
扉の横には、『神楽ジン』と文字が書かれていて、自分の部屋であることが伺える。
俺の部屋は比較的、校舎から近くにあり部屋も一番端の角部屋。
日も入り、風も心地よくなびく。
良い部屋を当てたと言っても過言では無いだろう。
え~と、予定ではPM13:00から入学式が始まるらしいから、30分前には着けば良いということか。
この時間という概念も、昔は太陽の動きや星、影の動きで決めていたそうだが、100年程前から王立学園で正確な時間の概念が確立し、世界中に馴染んでいったそうだ。
荷物を置いて、部屋を少し綺麗にする。
段ボールが山積みになっているので、まずはここからだ。
掃除洗濯皿洗い……ets。
10年間の修行で1人暮らしをしろと命じられていて、最初の1年は部屋は荒れに荒れまくっていたが、10年経った今だと懐かしく思えてくる。
そう思うと、今までの記憶が蘇ってきた。
10年間の修行では、何も独学でやっていた訳じゃなく、俺にも師匠と言える存在がいた。
師匠には寝る間もないくらいにしごかれた。
1日15時間。
それを毎日10年間、6歳から16歳になる日までずっと。
普通なら逃げ出したり、過労で倒れていてもおかしくは無い。
それでも食らいついたのには理由がある。
昔、丁度10年ほど前の出来事だった。
俺の中で、感情と性格の変化があった日……。
思い出すだけで、吐き気がする……記憶に深く刻まれた最低最悪の『あの日の惨劇』。
ある孤島で、神楽ジンとその母親は平和に暮らしていた。
この孤島は、海は綺麗で風は澄みきり心地良い。
ジンにとって最高の場所であった。
村の人とも仲が良く、ジンの母も毎日楽しそうに喋っていて、年1回のこの島開催の大祭りでは、皆が笑顔になる。
そんな幸せの場所に、ある日突然悲劇が訪れる事になった。
2XXX年XX月XX日。年1回の大イベント──大祭りで悲劇が起こる。
その日、ジンはいつもより活発でソワソワしていた。
常に動いてないと気が済まないくらい、気が気じゃなかった。
その理由は単純明快。
生まれて6年、一度も見なかった父親の顔を見ることが出来るからだ。
いつも母と一緒に暮らしていたからか、父という新しい家族に、ジンはワクワクが止まらなくなっていた。
そして理由はそれだけでは無く、ジンの父は村で英雄と呼ばれていたからだ。英雄と呼ばれたジンの父親には伝説がある。
数多くの戦争で活躍し、多くの民を救って希望を与えた『戦争の英雄』と名高い男。本名、神楽 正広。
父の英雄譚を聞いていたジンは、そんな父に憧れ、そしていつか自分の同じように成りたいと願うようになる。
憧れの父と出会う、この日。
ジンの願いは警報と共に打ち砕かれた。
突然孤島全体に鳴り響いた鈍く重い警報。
同時に雷雲が押し寄せ、見上げれば大量の魔族。
平和だった雰囲気からの魔族襲来に理解が追い付かず、時が止まったように空を見上げていると、隣に居た母のかけ声で正気に戻る事が出来た。
母はしっかりとジンの手を握り村の方へ走っていく。
母の焦った顔を見て、ようやく異常事態が起きたんだと理解した。
津波と同じだ。
突然島を揺らし、数分で物も人も全てを飲み込んでいく。
魔族は経った数分でこの孤島に降り立ち……手当たり次第に物を破壊し尽くす。
そして、ソレは物だけでは無い。
人──も例に漏れず、船に乗っていた漁師、海岸で遊んでいた子ども、見回りをしていた警官……虐殺と鏖殺。
そして、若い女性は捕まり魔族繁栄の生贄にされる。
この地獄絵図が僅か数分で起こった。
その光景をジンと母は家で隠れながら目に焼き付ける。
願い、願い、神に願った。
どうか、助けてください……と母は言った。
狭い押し入れの中、小声も小声で震えた声を隣で聞いた。
そんな母の願いは……虚しくも神には届かなかった。
魔族は狡猾で卑怯、人間の負の部分を詰め込んだ最悪の化け物。
人が居ないと分かれば、家を燃やして楽しむ外道共。
俺は……その時見た、醜く笑った化け物の顔を今でも覚えている。
何分経ったのだろうか、化け物の声は聞こえなくなり、静かになった。
賑やかだった村とは思えない程、嫌なくらい静寂が続く。
が、それは母にとって神に願いが届いたと勘違いさせるには十分。
恐怖。
恐ろしく静寂で、もう魔族は居ないと強調しているかのようだ。
森が突然静寂に包まれれば、それは──『引き返せ!』という危険信号。
子供の勘なのか、ジンは冷や汗が止まらない。
今出ていったら、魔族に殺されてしまうのでは……という妄想に似た何か。
それでも化け物はもう居ないんじゃ無いかと、僅かの望みが……母を突き動かしてしまった。
覚悟を決めた母はジンにこう告げる。
『お母さんが今から外の様子を見に行ってくるから、押し入れの中で静かに待ってなさい。大丈夫、魔族はもう居ない。きっとお父さんが助けに来てくれたんだわ。お母さんはお父さんを迎えに行くから、見つけたらそっちに行くからね。大丈夫……ジンはいい子だから、神様は絶対助けてくれるわ。大丈夫よ』
その言葉を最後に──俺はもう……母と会うことは叶わなかった。




