表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

第2話 あの日の惨劇 《一》

 パンフレットを読み漁りながら歩いていると、遂に自分の部屋である509号室に辿り着いた。

 扉の横には、『神楽ジン』と文字が書かれていて、自分の部屋であることが伺える。


 俺の部屋は比較的、校舎から近くにあり部屋も一番端の角部屋。

 日も入り、風も心地よくなびく。

 良い部屋を当てたと言っても過言では無いだろう。


 え~と、予定ではPM13:00から入学式が始まるらしいから、30分前には着けば良いということか。


 この時間という概念も、昔は太陽の動きや星、影の動きで決めていたそうだが、100年程前から王立学園で正確な時間の概念が確立し、世界中に馴染んでいったそうだ。


 荷物を置いて、部屋を少し綺麗にする。

 段ボールが山積みになっているので、まずはここからだ。


 掃除洗濯皿洗い……ets。

 10年間の修行で1人暮らしをしろと命じられていて、最初の1年は部屋は荒れに荒れまくっていたが、10年経った今だと懐かしく思えてくる。


 そう思うと、今までの記憶が蘇ってきた。


 10年間の修行では、何も独学でやっていた訳じゃなく、俺にも師匠と言える存在がいた。


 師匠には寝る間もないくらいにしごかれた。

 1日15時間。

 それを毎日10年間、6歳から16歳になる日までずっと。

 普通なら逃げ出したり、過労で倒れていてもおかしくは無い。


 それでも食らいついたのには理由がある。

 

 昔、丁度10年ほど前の出来事だった。

 俺の中で、感情と性格の変化があった日……。

 思い出すだけで、吐き気がする……記憶に深く刻まれた最低最悪の『あの日の惨劇』。


 

 ある孤島で、神楽ジンとその母親は平和に暮らしていた。

 この孤島は、海は綺麗で風は澄みきり心地良い。

 ジンにとって最高の場所であった。

 村の人とも仲が良く、ジンの母も毎日楽しそうに喋っていて、年1回のこの島開催の大祭りでは、皆が笑顔になる。


 そんな幸せの場所に、ある日突然悲劇が訪れる事になった。


 2XXX年XX月XX日。年1回の大イベント──大祭りで悲劇が起こる。


 その日、ジンはいつもより活発でソワソワしていた。

 常に動いてないと気が済まないくらい、気が気じゃなかった。

 その理由は単純明快。


 生まれて6年、一度も見なかった父親の顔を見ることが出来るからだ。


 いつも母と一緒に暮らしていたからか、父という新しい家族に、ジンはワクワクが止まらなくなっていた。


 そして理由はそれだけでは無く、ジンの父は村で英雄と呼ばれていたからだ。英雄と呼ばれたジンの父親には伝説がある。


 数多くの戦争で活躍し、多くの民を救って希望を与えた『戦争の英雄』と名高い男。本名、神楽 正広まさひろ


 父の英雄譚を聞いていたジンは、そんな父に憧れ、そしていつか自分の同じように成りたいと願うようになる。


 憧れの父と出会う、この日。

 ジンの願いは警報と共に打ち砕かれた。


 突然孤島全体に鳴り響いた鈍く重い警報。 

 同時に雷雲が押し寄せ、見上げれば大量の魔族。


 平和だった雰囲気からの魔族襲来に理解が追い付かず、時が止まったように空を見上げていると、隣に居た母のかけ声で正気に戻る事が出来た。


 母はしっかりとジンの手を握り村の方へ走っていく。

 母の焦った顔を見て、ようやく異常事態が起きたんだと理解した。


 津波と同じだ。

 突然島を揺らし、数分で物も人も全てを飲み込んでいく。

 魔族は経った数分でこの孤島に降り立ち……手当たり次第に物を破壊し尽くす。

 そして、ソレは物だけでは無い。


 人──も例に漏れず、船に乗っていた漁師、海岸で遊んでいた子ども、見回りをしていた警官……虐殺と鏖殺。

 そして、若い女性は捕まり魔族繁栄の生贄にされる。


 この地獄絵図が僅か数分で起こった。

 その光景をジンと母は家で隠れながら目に焼き付ける。


 願い、願い、神に願った。

 どうか、助けてください……と母は言った。

 狭い押し入れの中、小声も小声で震えた声を隣で聞いた。


 そんな母の願いは……虚しくも神には届かなかった。

 魔族は狡猾で卑怯、人間の負の部分を詰め込んだ最悪の化け物。

 

 人が居ないと分かれば、家を燃やして楽しむ外道共。

 俺は……その時見た、醜く笑った化け物の顔を今でも覚えている。


 何分経ったのだろうか、化け物の声は聞こえなくなり、静かになった。


 賑やかだった村とは思えない程、嫌なくらい静寂が続く。

 が、それは母にとって神に願いが届いたと勘違いさせるには十分。


 恐怖。

 恐ろしく静寂で、もう魔族は居ないと強調しているかのようだ。


 森が突然静寂に包まれれば、それは──『引き返せ!』という危険信号。


 子供の勘なのか、ジンは冷や汗が止まらない。

 今出ていったら、魔族に殺されてしまうのでは……という妄想に似た何か。


 それでも化け物はもう居ないんじゃ無いかと、僅かの望みが……母を突き動かしてしまった。


 覚悟を決めた母はジンにこう告げる。


『お母さんが今から外の様子を見に行ってくるから、押し入れの中で静かに待ってなさい。大丈夫、魔族はもう居ない。きっとお父さんが助けに来てくれたんだわ。お母さんはお父さんを迎えに行くから、見つけたらそっちに行くからね。大丈夫……ジンはいい子だから、神様は絶対助けてくれるわ。大丈夫よ』


 その言葉を最後に──俺はもう……母と会うことは叶わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ