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おじょうさまの話

愛しのおじょうさまへ捧ぐ

作者: 43番

 

「こんなところに居たのか」



 俺がメイド専用の住み込み部屋のドアを開けると、閑散とした部屋のど真ん中に大きなトランクを広げて荷造りしている若い女性がいた。さながら引っ越しの準備のような光景である。俺は呆気にとられながらも女性に近づく。



「どうされましたか?執事長」



 ボブカットでツリ目の女性が俺の姿を見て立ち上がる。普段この時間はメイド服姿のはずだが、どういう訳だか彼女は私服へと着替えていた。大きなトランクの中は彼女の私物でパンパンだ。



「どうって、「おじょうさま」をお見送りするから一緒にと思って探していたんだが…何だこの有り様は?」

「ご覧の通りです」



 俺はガランとした部屋の中を見回した。彼女の様子を見るに何処かへ遠出しようとしているようだが、何故そうしているのか皆目見当がつかない。すると女性が俺に向かって深々とお辞儀した。



「執事長、今までありがとうございました。私、佐々井(ささい)ゆかりは本日を持ちましてお暇をいただきます」

「へ??おひま?」

「はい、既に旦那様にもご報告済です」

「な、……ちょ、ちょっと待った!!そんなの聞いてないぞ!?」

「当たり前です。旦那様にしか話しておりませんから」



 突然の佐々井からの辞意表明に俺は激しく困惑する。はて何か思い当たるフシはないのか。考えられるとしたら一つ「おじょうさま」絡みだろうか。


 佐々井はこの屋敷の「おじょうさま」専属の世話係である。「おじょうさま」は小さい頃から一貫して佐々井が面倒を見てきた大切な存在であった。だがこの度「おじょうさま」の縁談がまとまり、他家に嫁ぐ運びとなった。今日が正にその日であり、屋敷の人間総出でお見送りをすることになった訳である。



「もしかしてだが、「おじょうさま」のことをまだ引き摺っているのか?佐々井君だって縁談がまとまった時、誰よりも喜んでいたじゃないか」

「それはそれ、これはこれです。あの時これで私は御役御免といったじゃないですか」

「確かにあの時聞いたが、ジョークだと思ったんだよ。まさか本気で辞めるつもりなんて…」

「止めても無駄ですよ。旦那様にも散々引き留められましたが、振り切りましたゆえ」



 やれやれ佐々井の決意は思った以上に固そうだ。しかし此処で佐々井に辞められるのも困る。何とかならないものか。俺が思案していると、佐々井が顔を俯いて震え出した。何か感情が溢れ出るの堪えているように見える。その内に拳をワナワナ震わせると佐々井の両目からポロポロと涙が零れ落ちた。



「佐々井君?」

「う…こ、此処は私と「おじょうさま」の特別な、場所なんです…「おじょうさま」が他家に嫁がれる以上、私がいつまでも此処にいる訳にはいきません…」

「そんなことはないよ!」

「う…旦那様も、そう言っていただきましたが、「おじょうさま」の、あのフワフワの白い毛並みと気持ちの良い肌触りと吸った時の香りが脳裏に焼き付いて離れないんです。もう「おじょうさま」なしではこの生活に耐えられそうに…ありません!」



 佐々井の思わぬ告白に思わず俺は引いてしまった。誤解の無いように説明すると「おじょうさま」はこの屋敷の旦那様が飼っている白いペルシャ猫のことである。気まぐれで脱走癖のある困った猫だが、その容姿や可愛げのある鳴き声からこの屋敷のアイドルのような存在だ。しかしまさか密かに佐々井が猫吸いしてたとは…。俺は気を取り直して佐々井を宥める。



「「おじょうさま」のことは諦めろとは言わない。だからといって此処を辞めてどうするつもりなんだ?」

「…郷里に帰って畑でも耕しながら余生を送ります」

「おいおいおい、悲観しないでくれ。君はまだ若いだろう」

「執事長に私の気持ちなんか理解できないでしょうね!」



 佐々井は拗ねて俺に背を向けてしまった。俺はどうしたものかと再度思案すると、ポケットの中に忍ばせておいたある箱のことを思い出した。そうだ、「おじょうさま」のことで頭からすっかり抜けていた。俺が此処に来たのはもう一つの目的があったのだ。



「…佐々井君、もし君が良ければ別の勤め先を紹介しよう。だから郷里に戻るなんて言わないでくれ」

「??執事長の紹介?執事長にそんな人脈があったのですか?」



 俺からの提案に佐々井が思わず振り返る。さりげなく失礼な事を言われたが、俺はポケットから小さな箱を取り出すと佐々井の手に渡した。



「執事長、何ですか…これは?」

「………開けてみてくれ」

「えっ…………!!!えっ、えええ!!……これドッキリですか!!?え、執事長…ほ、本気なんですよね!」



 箱の中身を見た佐々井は動揺してシドロモドロになっている。一方の俺はというと恥ずかしくて佐々井の表情を直視出来ず、そっぽを向いた。佐々井が箱からある物を取り出して左の薬指にはめている。そう箱の中身とは婚約指輪だったのだ。言ってしまった手前、もう後には退けない。



「まさか…まさかですけど、別の勤め先って…」

「やめて、恥ずかしいからこれ以上言わないで」

「プッ、フフフフ」

「佐々井君?」

「ほんっとうにずるいですね、執事長は。でもそう言うところが好きなんですけどね」

「俺も君の物怖じしないでズケズケ言うところに惹かれたんだけどな」



 すると俺と佐々井の目が合い、お互いに吹き出した。笑っている内に俺はまだしっかりプロポーズしていないことに気づく。



「そうだ、佐々井君。いや、ゆかり君。俺と結婚してくれませんか?」

「……プッ、フフ、もちろんですよ。執事長、よろしくお願いいたします。でも困りましたね」

「へっ?何が?」

「次の勤め先は給料が出ないんじゃないですか?それは困りますのでやはり私も此処に残ります」

「えっ…ああ、そう言うこと。ま、それなら良いけど」



 プロポーズにOKはもらったけど、何となく疑問符は浮かぶ。とはいえ終わり良ければ全て良し。すると、そこへドアをノックする音が聞こえた。



「あっ!忘れてた。「おじょうさま」のお見送りの時間だ!」

「待って下さい、執事長。すぐにメイドの制服に着替えます」



 大急ぎでメイド服に着替えた佐々井に俺は手を差し伸べた。佐々井は照れながらも俺の手を取り、しっかりと手をつなぎ合う。そして二人で一緒にドアから「おじょうさま」のお見送りに出た。


ご一読ありがとうございました。

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