呪いの柿の木
子供の頃の事だった。全国どこにでもある噂だと思うけど「柿の木から落ちると3年以内に死ぬ」という言い伝えがあった。すっかり忘れていたけれど……。
私は久しぶりに子供の頃住んでいた町に帰っていた。子供の時によく一緒に遊んでいた友人の訃報が届いたのだ。葬儀に出席した私は、その後懐かしい郷里の道を歩いていた。小学校へと続く細く暗い道。子供の時はもっと広い道だと思っていたが、今歩くと随分狭く感じる。それに道の脇を流れている用水路。これも、もっと大きな流れだと記憶していた。
・・・へえー、この辺も随分変わったんだ ・・・
新しい広い道路も出来ていて、その辺りは風景が一変していた。そこを通り過ぎ小学校に近づいた左側に、柿の木が数本立ち雑草が生い茂る原っぱがあった。
・・・ここは、まだ残っていたんだ ・・・
私は小学校の頃の出来事を思い出していた。あまり、思い出したくない出来事を……。
* * *
小学校の帰り、私たち仲良し4人組は、この柿の木のある原っぱで遊んでいた。柿の木は空に向かって枝を広げ、まるで空を切り裂いているような不気味な雰囲気だったが、そのうちに、私たちは木登りを始めた。もちろん、その柿の木にだ。当然、柿の木から落ちたらいけないという噂も知っているが、そんなものは迷信だとバカにしていた。最初は誰が一番高い所へ登れるか競っていたが、そのうちに、一番高い所まで登っていたコウジが言い出した。
「マツミを落とそうぜ 」
一番低い所にいるマツミを落とす。ほんの子供の遊びだった。木登りが得意ではないマツミはまだ地面から1メートル位の所にいる。そこから落ちても大きな怪我をするとも思えなかった。
「よーし、マツミ 覚悟ぉー 」
私たちは上からマツミに向かって枝でつついたりして落とそうとするが、柿の木から落ちてはいけない、その思いからマツミは木の幹に必死にしがみ付いている。
「もう、やめてっ! 」
マツミが叫ぶが、私たちはさらに面白がって木の枝でマツミを攻撃した。別にマツミに対して悪意があった訳ではない。仲の良い友だちだ。本当にただの子供の遊びのつもりだった。
「そーら、そーら、落ちろー 」
調子に乗ったコウジが身を乗り出した時だった。
ボキッ!
柿の木の枝が折れ、コウジはバランスを崩して柿の木から落ちた。それも、私を巻き込んで……。
「いたたっ 」
地面に落ちた私とコウジは腰をさすりながら起き上がった。マツミとトミジも心配して木から降りてきたが、私たちは照れ笑いして大丈夫、大丈夫と大袈裟に言って、その日はそれで帰宅した。それから、3日後だった。コウジが死んだ。道路から飛び出してダンプに轢かれた。即死だった……。
運転手の話では、何かに追い掛けられるように確認もせずに道路に飛び出してきたと言い、私は悪くないんだと泣きながら訴えていたそうだ。
私は、それから不安にかられて食事も喉を通らなくなっていた。柿の木から落ちたからコウジは死んだ。嫌でもそう思ってしまう。私は怖くてたまらなかった。そんな時、私の父親が転勤になり、家族も一緒に引っ越す事になった。まだ小学生の私の事を考えて、当初は父親が単身で赴任する予定だったが、私も一緒に行きたいと強引に頼み込み家族で引っ越す事になったのだ。私は、この土地を離れたかった。離れれば柿の木の呪いから逃れられると思っていたのだ。
* * *
私は当時の事を思い出しながら柿の木を眺めていた。柿の木の枝は折れやすく、あの噂は子供が登って落ちて怪我しないように戒める為のものだと今は理解している。それに私が柿の木から落ちてから、とっくに3年以上経過していた。私は広場に入り柿の木の近くに寄ってみた。普通の柿の木だ。何もおかしなところもなければ、子供の頃感じた不気味な雰囲気も今はない。
・・・コウジが死んだのは、ただの偶然に起きた事故なんだよ ・・・
今ではそう思う。子供だった私は柿の木の呪いを信じてパニックになっていたが引っ越した途端、食欲も戻り普通に生活出来るようになっていた。その時は、あの柿の木から離れたので呪いが消えたんだと思っていた。もう、何も怖くない。私はそれから普通に過ごし3年はすぐに過ぎていった。
そして、再びこの町に戻ってきた。私は柿の木を見上げてみる。この柿の木も子供の頃はもっと大きな木だと思っていたが、それほど大きな木ではなかった。その時何か、フゥーッフゥーッという息遣いが聞こえた。私が振り向くと黒い大型犬が、牙を剥き出しヨダレを垂らして、ウゥーッと唸りだした。そして、私に向かって走ってくる。
・・・えっえっ? どうしてっ? ・・・
私は恐怖した。かなり大きな大型犬だ。あれに噛まれたらただではすまない。
「ひっ! 」
私は咄嗟に柿の木に飛び付き登った。大型犬は柿の木の周りを回りながら私に向かって激しく吠えている。私は柿の木の枝にしがみ付いて生きた心地がしなかった。大型犬は後ろ足で立ち上がって、前足の爪でガリガリと幹を引っ掻いている。
・・・まさか登ってこないよな ・・・
その時、柿の木の枝が動いたような気がした。枝が下がり落ちそうになる。
・・・ひぃぃーーっ ・・・
私は心の中で悲鳴を上げる。柿の木の枝が動き、私を振り落とそうとしているように感じた。まさかと私は思った。私は小学生の時、この地を離れている。この地で3年間過ごしていない。離れていた間の時間はカウントされていなかった。ここに戻ってきて、またカウントが始まり呪いに囚われたのだ。私は柿の木の下で私が落ちるのを待っている黒い大型犬が、まるで地獄の番犬のように見えてきた。大型犬の身体から黒い瘴気のようなものが立ち、地面からは無数の白い手が、おいでおいでしているように見える。
・・・帰ってくるんじゃなかった 帰ってきてはいけなかったんだ ・・・
私は後悔したが、もう遅い。柿の木の枝はグッと下を向き、私はズリズリと滑り落ちてしまう。そして、枝の先の方まで滑ってしまい、枝がボキッと折れた。
「あーっ 」
私は悲鳴を上げながら柿の木から落下していく。もう駄目だ。下ではあの凶悪な黒い大型犬が待ち構えている。私は覚悟して目を瞑った。
ドスンッ
私は逞しい腕で抱き止められていた。目を開けると、そこにはすっかり逞しく男らしくなったマツミがいた。黒い大型犬はマツミの足元で大人しくお座りしている。
「ま、松見君 ありがとう 」
「また、ここから落ちるとは 変わらないな、順子 」
マツミは私をお姫様抱っこしながら呆れたように言う。
「いくら順子が小柄でも、もう子供じゃないんだから枝が折れるに決まってるだろう それと悪かったな、この辺で見掛けない不審者だと思ってコジーが襲いかかって…… 」
柿の木の呪いなんてなかった。私は泣き笑いしながら懐かしいマツミの顔を見ていた。
お読みくださりありがとうございます。
死んでしまうラストと生き残るラストを考えたのですが、結局こうなりました。
一言でも感想戴けると嬉しいです。
よろしくお願いします。