2話
秘ちゃんのダイブ・ギアとのリンクを設定してからDFOを起動、VRモードへと入る。
まず始まったのは幻想的な空間からゲームの舞台を眺めながら語られるプロローグだ。
『少女の夢から生まれ、物語る神々が彩る世界・ドラゴニア。
究極のドラゴン・レヴィアタンの肉体が大地となり、大地を中心に星々は巡っている』
「おー、プロローグの始めはなんか聞いたことある」
「シリーズのお約束だからね。VRの感覚はどう?気持ち悪くなったりしてない?」
「全然大丈夫!本体の設定したときにも健康チェックあったけど問題なかったよ」
雑談しながらだが美しい世界を体感しつつプロローグを聞くと気分も盛り上がってくる。
どうやらDFOでは主人公は冒険者という立場で魔族から開放したばかりの新大陸・ククルカンに降り立ち、生命エネルギー・エーテルを司るドラゴンの力を借りながらククルカンの再生を目指していくようだ。
『冒険者よ、レヴィアタンが目覚める前に全ての闇を打ち払うのだ!』
そんな言葉でプロローグは締めくくられた。
そして幻想的な空間に浮かぶものがドラゴニアの世界ではなく、どこか没個性な人間の男と周囲に浮かぶ文章に変わる。
キャラメイクが始まったのだ。
浮かんでいる文章はまずキャラクターの種族と性別を選ぶように促している。
「秘ちゃん、画面共有ってどうやるんだっけ?」
「まず設定ウィンドウ開いて……」
ゲームへの没入感が少し下がるが、相談に乗ってもらうために僕が見ている景色を秘ちゃんも見えるように設定を行う。
無事画面共有は完了し改めて選択肢を確認する。
性別は普通に男女、自分と同じ男を選ぶとして問題は種族だ。
選択肢は6つ、選ぶと目の前に浮かんでいる人物の種族が変わり簡単な説明文も添えられている。
『ヒューマン
ドラゴニアで最も人口の多い種族。
得意な分野はないが苦手な分野もない。
エルフ
長い寿命と美しい容姿を持つ種族。
俊敏さと知性に長けている。
ドワーフ
兎のような耳を持つ種族。
運動能力は高いが魔力が低い。
ブラウニー
小柄で幼い容姿をした種族。
魔法使いの適性が高いが身体能力は貧弱。
トロール
長身でたくましい体躯をした種族。
頑丈で守り手に高い適性を持つ。
ルーガルー
狼に似た獣人種族。
力強く俊敏だが魔法使いの適性が低い。』
人間にエルフ、ケモ耳に獣人、小人に巨人とまあまあ王道の種族が揃っている感じだ。
気になるのは説明文後半の能力値について。
「これって実際のステータスにも反映される感じ?」
「される感じだね。性能で選ぶなら苦手のないヒューマン一択だけど、メインクエスト進めるだけならどれ選んでも苦労しないし、極まってくると誤差の範疇だから好きに選んでいいよ」
じゃあ好きに選ぶか……
そうなると僕にとってこの選択肢は一択だ。
「エルフ」、これしかない。
「おっ、やっぱりエルフ選んだね」
「当然!もしかして秘ちゃんのキャラもエルフ?」
「正解。『指輪物語』通過してると抗えないよねぇ」
僕と秘ちゃんは『ロード・オブ・ザ・リング』でエルフを知ったタイプだ。
さらに図書館で原作『指輪物語』も読んだし『ホビットの冒険』も読んだし、『シルマリルの物語』だって読破した。
エルフへの思い入れはかなり強い方なのだ。
「エルフの男で決定っと……次は顔の設定だね。パーツいっぱいあるなぁ」
「ここはかなり時間かけられるところだね。ランダム生成とかもあるけどどうする?」
「フルスクラッチ!」
「いいね!」
秘ちゃんをだいぶ待たせてしまうことになるがせっかく細かく決められるなら時間をかけたい。
パーツを一つ一つ吟味し、出来上がったものをああでもないこうでもないの作り直し、結構な時間が経過した。
そうして完成した顔を見た秘ちゃんの一言がこちら。
「素顔じゃん」
「気が付いたらこうなってた……」
「まあDFOはライト層のプレイヤーも多いし自分に似せてる人も結構いるから……」
完全にそのままは恥ずかしいから髪の毛と目の色は変えておこう。
僕の好きな山吹色にして、髪型もちょっと長めに。
「よし、顔も決定。次は職業だね」
目の前に示された職業は8つ、選ぶとさっき作った僕そっくりのキャラクターが武器を構え、また簡単な説明文が浮かぶ。
『剣士
前線で両手剣を振るう職業。
役割はタンク。
上位職は片手剣と盾を装備して味方を守り抜く騎士など。
大剣士
前線で大剣を振るう職業。
役割はタンク。
上位職は十字架型の大剣で闇の力を振るう暗黒騎士など。
双剣士
前線で二本の短剣を振るう職業。
役割はDPS。
上位職はトリッキーなスキルで敵を翻弄する隠密など。
槍士
前線で槍を振るう職業。
役割はDPS。
上位職は高い機動力で戦場を駆ける竜騎士など。
格闘士
前線で体術を振るう職業。
役割はDPS。
上位職は信仰の力で己を強化する武僧など。
弓士
後方から弓矢で攻撃する職業。
役割はDPS。
上位職はじわじわと獲物を追い詰める野伏など。
魔法士
後方から魔法で攻撃する職業。
役割はDPS。
上位職は攻撃魔法のスペシャリストである魔導師など。
妖術士
後方から召喚獣で攻撃する職業。
役割はDPS。
上位職は複数の召喚獣を同時に使役する召喚士など。
治療士
後方から仲間を癒やす職業。
役割はヒーラー。
上位職は攻撃と回復を同時にこなす賢者など。』
「職業は後で変えられるんだよね?」
「うん、色んな職業を習得できるシステムだよ」
「じゃあ今は適当に選んでもいいのかな」
「そうだけど天には剣士がオススメだよ、後で絶対楽になるから」
「そうなの?じゃあ剣士で決定、っと……」
職業まで決まると目の前にいるキャラクターも少し愛着が湧いた気がする。
後は何を決めるのかな、と次の文章に目をやるとこれが最後の項目らしい。
『最後に名前を決めてください』
名前、めちゃくちゃ大事。
「名前は後で変えられるの?」
「課金したらね」
「課金かぁ……じゃああんまりふざけたのは嫌だな」
とはいえ凝りすぎても恥ずかしいよね。
見た目が自分そっくりな上に名前まで本名だと危ない気もするし、悩みどころだ。
エルフだしシンダール語にするか……「天」のシンダール語はメネル、なにかと被ってる気がする。
他に響きのいい感じのシンダール語、いや、むしろ別の創作言語から……
「悩んでるねぇ」
「うーん、悩む!一旦カッコいい感じから離れてみるかな」
好物はポッキー、得意科目は体育、星座は牡牛座……どれもしっくりこないな。
一回本名に戻ってみるか。花果天、花と果に天……
む、ひらめいた。
思いついた文字列を入力する。
『カカソーラ』
花と果に天を伸ばしてソーラ。
本名の簡単なもじりかつ、微妙にわかりにくくて気取った感じもない。
「ど、どうかな?」
「いいと思うよー。天って結構こだわり派なんだね」
「ははは……ちょっと照れる。決定、それで完成っと!」
『キャラクターが完成しました。ようこそ、ドラゴニアへ!』
そのメッセージとともに目の前にいた出来立てのキャラクターが消えた――いや、僕がキャラクターになった。
新しい体の感覚にわくわくしている僕をそよに、景色が幻想的な空間からプロローグで眺めていたドラゴニアの世界に変わる。
さあ、冒険の始まりだ!