1話
そこはVR世界の闘技場。
中華風の衣装を身にまとったエルフが身軽に飛び回る。
全身を覆う鎧を身にまとった戦士が両手斧を振るう。
小人の魔法使いが強大な呪文を唱え、兎耳の獣人が軍歌を奏でる。
熱く、激しく、そして華麗な戦場がそこにあった。
『強者達が鎬を削る、闘技場・エトワール好評配信中!
VRMMORPG国内ユーザー数5年連続第1位、ドラゴンファンタジーオンライン。
闘技場新シーズンは4月15日から!!』
*
高校の入学式を目前に控えた4月1日、僕――花果天はそんなことよりも重要な話題を抱えて、通い慣れた家を訪ねたところだ。
某大都会の高級住宅街の中でも一番大きい敷地、門には守衛所まである大豪邸。
ここは国内有数の大企業・三千院コーポレーション社長の自宅、すなわち社長令嬢であるところの三千院秘――何を隠そう、僕の幼馴染にして彼女の自宅である。
「おはようございます、秘ちゃんと遊びに来ました」
「天様、おはようございます。どうぞごゆっくり」
すっかり顔見知りの守衛さんは強面だが僕にまで敬語を使うほど礼儀正しい。
一礼をして門をくぐっても庭が広いから母屋まではそれなりに距離がある。いつも車で送迎してもらっている秘ちゃんにはあんまり関係のないことらしいけど。
僕は端末を取り出して秘ちゃんに門まで着いたことをメッセージで送る。
すぐに既読の表示と『OK』のスタンプがついたので、母屋に到着する頃にはおやつと飲み物の準備が整っているはずだ。三千院家で頂くおやつはとてもおいしい。
「いらっしゃい、天」
「おはよー、秘ちゃん。でもってお邪魔しまーす」
出迎えてくれた秘ちゃんは控えめに言って美少女である。僕より一つ年上の今年高校2年生で、小さい頃は僕と一緒になっていたずらに精を出す乱暴者……もとい男勝りな子供だったが、最近は髪も肩まで伸ばしすっかり清楚な女子高生である。
今日も休日だというのに部屋着もメイクもばっちりキメている。
……これは僕と付き合いだしてからの習慣で、実は僕が来るまではジャージを寝間着にしてダラダラしていることは幼馴染という関係上親経由で伝わっていることは内緒。
「聞いたよ!おじさん、治療法見つかったんだって?」
通された秘ちゃんの部屋で僕が話を切り出す前に彼女がそう告げる。
おじさん――つまり僕の父親は、僕が生まれたばかりの頃に病気で寝たきりになって以来ずっと入院していたのだが最近新しい治療法が出来て完治の可能性が出てきたのだ。
僕と秘ちゃんが幼馴染なのは僕の父親と彼女の両親が友人であることが縁であり家族ぐるみのお付き合いなので当然この吉報は三千院家にも届いている。
「うん、母さん達すっごく喜んでたよ」
「うちのパパとママもだよ。退院したらみんなでパーティーだね」
「いいね!バーベキューがいいな」
「バーベキュー!うん、そうしよう!パパにお願いしておくね」
明るい未来に盛り上がる僕達だが、今日訪れた理由はこれだけではない。
これから話すことに対しての秘ちゃんの反応にわくわくしながら、僕は話題を変える。
「それでさ、兄ちゃんが改まって僕に言ってきたわけだよ」
「晴さんが?何を?」
僕の一回り年上の兄は父が入院してからというもの母を助け、僕の面倒を見、花果家に尽くしてきた苦労人で今は公務員として働きつつ結婚して4歳の娘のパパもやっている。
僕から見れば頭の上がらない立派な兄なのだが、兄の目線から見ると僕にも苦労をかけてきたという意識があるらしい。
「今までお前には色々我慢させてきたからなんでも一つお願いを聞いてやるぞ、って」
「へぇ、やったじゃん!なんにしたの?」
秘ちゃんは全く予想がつかない様子で僕の答えを待っている。
僕はそれに意味深な目線で部屋のある物を見つめることで答える。
ある物――それは現在主流のフルダイブ型VRゲーム機、ダイブ・ギアだ。
「え……そんな、天、まさか!」
秘ちゃんの瞳が期待でキラキラと輝き出す。
その期待に応えるように、僕はバッグから自分の新品ピカピカなダイブ・ギアを取り出しながらこう言った。
「秘ちゃんが大好きな『ドラゴンファンタジーオンライン』買ってもらいました!」
「ホントに!?え、わぁ、やった!!!!」
さて、ここで『ドラゴンファンタジーオンライン』とはなんだろうか?
もちろん国内産RPGの金字塔、ドラゴンが鍵を握るファンタジー世界を舞台としたゲーム『ドラゴンファンタジー』シリーズのVRMMO版タイトルのことである。
8年前に発売されて以来絶大な人気を誇り、ここ5年は海外タイトルを含めても国内ユーザー数は1位をキープし続けている。
僕も秘ちゃんに貸してもらってメインシリーズの作品をプレイしたことはある。
だが秘ちゃんにとっての『ドラゴンファンタジーオンライン』――略称DFOはもっと重たい意味を持つ。
余暇のほとんど全てを捧げるほどにのめり込んでいる、まさに『人生』なのだ。
「……なんかさっきからわたしのこと廃人みたいに思ってない?」
「違うの?」
「違うよ!めっちゃハマってるけど、廃人ではない!!日常生活に支障をきたしてないし、学業も手を抜いてないし!」
「じゃあ廃人寸前」
「寸前でもない!3歩くらいは余裕があるよ、多分!!」
かなり強めに否定されてしまった。
でも3歩ってだいぶ近いと思うんだけどな……
「まあ、それは置いといてさ。秘ちゃんと一緒にやりたくて買ってもらったわけですよ」
「置いとかれたくないけど……じゃなくて、本当にやってくれるの?一緒に!?」
「うん、きっと楽しいと思うんだけど、どうかな?」
「絶対楽しいよ!わあ、天と一緒にドラゴニアで遊べるなんて!!」
ちょっと余計なパートが挟まったけど、期待通り秘ちゃんは喜んでくれた。
選んでよかったDFO、ありがとう兄ちゃん。
「それでもう始めたの?」
「ううん、種族の違いとか職業の違いとかよくわかんないから相談しながら決めようと思って。説明書読むのと本体の設定しかまだやってないよ」
「つまりこれから一緒にやるつもりで今日来たんだ?うん、相談なら任せて!」
というわけで、僕のDFOはここから始まるのだった。
まあのんびりと進めていけたらいいな!