人形は馬車に誘われ
街を離れ、とある通りを歩いています。
米粒程にまで街が小さくなった辺りで、後ろから走ってくる馬車に呼び止められました。
「お嬢さん、ちょっと待ってください!! 」
振り返ると、馬車から身なりの良い一人の男が此方に向かって走ってきています。
「なんでしょう」
人形は律儀に言葉を返しました。
訝しげな瞳を作る事も忘れません。「男は時々、狼になる」彼女が言っていた言葉を人形はしっかりと覚えています。
「いや、怪しい者ではないんだ。そう警戒しないでくれよ…ただ、この通りを女性一人で歩くのは危ないと思ってね」
何処か心配そうにしているその男は、彼女の言う狼では無いのかもしれません。
人形は多少の警戒を残しながらも、怪訝な顔を無表情に戻しました。それから、軽く会釈をして先に進む事にします。
「ご忠告ありがとうございます」
「あぁ、良ければ…って、ちょっと待ってくれたまえ!!!」
道を進もうとしていた人形は、またもこの男に止められてしまいます。
何とも真面目な人形は、その言葉にいちいち律儀に足を止めました。
「まだ何か? 」
「良ければ途中まで、僕の馬車で送っていこうか? 」
「……何故ですか? 」
人形は男の真意が測り損ねていました。
心の分からない人形には、純粋な好意というものが伝わらないのです。
「いや、この通りは本当に危険なんだ。特に最近、若い女性を狙った誘拐が増えてる。助ける事が出来るのに、放っておくだなんてのは寝覚めが悪いじゃないか」
「そうですか、気にしないでください。私は幸せを探さなければいけないのです」
話を聞いて尚、人形の態度は変わりません。
「幸せ」を探すこと、それ以外の寄り道は人形にとってありえないからです。
では、「幸せ」とは一体何なのでしょう……瞬刻、思考が停止した所に男の言葉が響きます。
「幸せ…? 随分曖昧な探しものみたいだけど、誘拐なんてされる危険を犯すのは尚更やめておいた方がいいんじゃないかな 」
何度も行動を阻害する無礼な男にしては、真面な回答です。誘拐されたら探す所ではありません。
人形はそれもそうだと納得し、馬車に乗せてもらう事にしました。