Chapter 2 冒険を夢見た少年
O.E.1770年8月、ルーバート王国――、夜空に黒飛龍の目が輝く月に少年は産声を上げた。
その父親はかつて大陸において数々の魔洞を攻略した英雄であり、そして母はその相棒であった魔導学者である。
8月に夜空に昇る黒飛龍と言われる星座は不吉な未来を示すと呼ばれ、その目である星が輝く日に生まれた者は、世界を破滅させる魔王になるか――、それを打ち滅ぼす英雄となるかと解釈されており、この日生まれた少年もその未来を憂いて聖なる者を表す【アーク】と名付けられたのである。
こうして生まれた少年は、極めて楽天的で陽気な性格に育った。そして、何より困難に挑むことを何よりの楽しみとした。
子供じみた裏山への冒険に始まり――、不意に家出をしてルーバート島の果てを目指したり――、そして、ある日父親から他大陸とそれを隔てる断絶海の話を聞いた時――、少年の夢はそれを乗り越えて、他の大陸へと到達することになった。
それから、少年は旅をするための準備を始めた。体を鍛え――、戦いを学び――、長期間の旅行を可能とするサバイバルの知識を習得していった。
元々、性格は馬鹿そのものではあったが、頭そのものは母に似て優秀であった彼は、すぐに優秀な冒険家としての才を発揮するようになっていった。
そして、O.E.1781年――、今日も彼は父親に拳銃の使い方を教わって、練習を繰り返しているのだった。
「いいか? 何度も言うが、拳銃というのは引き金を引いて撃鉄が弾薬を叩いても、それで飛ぶというわけじゃない……」
「わかってるよ父ちゃん! 撃鉄が弾薬の底を叩いただけじゃ、その力で少し飛ぶだけで威力は出ないってんだろ?」
「その通りだ――、それでは妖魔とかを殺傷することは出来ない。だからまずは――」
父親は元々の利き腕である右腕ではなく左腕で拳銃を手にする。それは、もはや右腕がうまく動かないからである。
そして、その手に持った拳銃の引き金を引いた。
ドン!
炸裂音と共に銃口から弾頭が飛び出す。それは前方に立ててある木製の標的に命中した。
「とまあ――、見ただけじゃわからんかもしれんが、今のように引き金を引いた瞬間に発生する受付時間中に、銃技解放コードを思考入力することで、弾頭は殺傷能力を得て飛ぶことになる」
「弓矢とかなら、普通に飛ばせば威力が出るけど――」
「銃器っていうのは、それでは威力は出ない。普通に弾丸を飛ばすだけでも銃技解放コードを思考入力する必要があるんだ」
「めんどくさい――」
少年は少し顔をしかめる。それを見て父親は笑って答えた。
「なら辞めるか? 弓矢とか剣とかにするか?」
「いや……父ちゃんと同じ拳銃がいい――」
「ふん? それはなぜ?」
アーク少年は満面の笑みで答える。
「死んだ母ちゃんが言ってたんだ! 父ちゃんはその銃技で――、どんなバケモノも……すさまじく巨大な龍種すら倒して見せたって! 俺もそういう男になりたい!!」
「ふん――そうか……」
父親は少し照れながら頬をかく。そして――、
「ならば練習あるのみだ! いつかお前が世界の果てを目指すときの役に立つように――俺がしっかりと銃技を教え込んでやるぜ!」
「おう!!」
二人の親子は嬉しそうに拳銃の練習に入る。それを、アークの幼馴染のシルビアが少しつまらなそうな目で見つめていた。
「銃技を覚えるには……、まずその基本構造を知ることから始めなければならん」
「おう! 父ちゃん!!」
「拳銃――、銃器っていうのは魔導武器の一種だ……。通常の魔導武器が、埋め込まれた魔芯へ霊薬を発火させた魔力を充填して活性化させ、そこに解放コードを思考入力することで技が発動するのと同じように、銃器の場合は弾頭そのものが魔芯になっていて、それに取り付けられた薬莢内に霊薬が封入され、それを撃鉄でたたいて発火させて――あとは魔導武器と同じような仕組みで銃技が起動することになる」
「――うん……。……何とかわかる」
「問題なのは解放コードの思考入力だ――。コード入力の受付時間は、通常の魔導武器に比べて短いのが銃器の特徴で……、それを戦闘中にこなさなければならない。ならば――、条件反射で出来るように訓練を繰り返す外はない。――いいか? 何度失敗しても、へこたれず繰り返すんだぞ!」
「おう!」
少年は手にした小さな古式銃を標的へと向ける。その親指が撃鉄を引き――そしてトリガーに人差し指をかけた。
そして――、少年は引き金を引く。
パン!
[Release code:Normal bullet]
しかし、弾頭は銃口から飛び出した後、弧を描いて落下し標的には命中しなかった。
「う……?」
「今のは――思考入力が間に合っていなかったか――、或いは早すぎたんだな」
「もう一度……」
そうして、数発撃ちこむが――、その一割程度しか標的に向かって飛ぶことはなかった。
「落ち込むなよアーク? お前なら出来る」
「――うん……父ちゃん」
少年は拳銃を手に大きく頷く。その目には欠片も諦めは見えなかった。
かくして、父親と少年の訓練は続く。それを見ているのはアークの幼馴染と――、大地を照らす太陽だけであった。