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一つの星が欠けた夜



Nebula's(ネブラズ) Space(スペース)2nd』、通称ネブスペ2は、美少女ゲームブランドの田楽が制作した美少女PCゲーム、平たく言うとエロゲである。プレイヤーが選んだ選択肢によってエンディングが細かく分岐していくノベルゲームで、細かなバッドエンドも含めるとエンディング数はかなりの種類であり、勿論ウフフなシーンも盛り沢山だ。


 物語の舞台は、数十年前に宇宙の彼方から地球へやって来た宇宙人、ネブラ人が地球文明に溶け込んだ世界で、日本で特にネブラ人が多く住まう月ノ宮町、そして多くのネブラ人が通う月ノ宮学園を中心に物語は進んでいく。


 全三部で構成されており、プレイヤーが視点で追う主人公は三人、そして各主人公がそれぞれ攻略できる四人のヒロイン、計十二人が攻略可能ヒロインであり、普通のエロゲ三本分ぐらいはありそうなかなりのボリュームになっている。


 その中で俺は、その三人の主人公の誰か……に生まれ変われる程前世の行いが良くなかったのか、彼ら主人公の親友でもあり先輩でもあり後輩でもあるお調子者キャラ(愛すべきバカ)烏夜(からすや)(おぼろ)に転生していた。


 設定上は三人の主人公よりも朧はイケメンのはずなのだが、自分の夢はハーレムを築き上げることだと公言して毎日のように女性を口説き回り、そして残念なぐらいに女運が悪く全く恋は成就しない。


 そんな彼は性格や普段の行いに難があるからか、ヒロイン全員にそれとなく嫌われているキャラである。好感度を数値で表すなら完全にマイナスだ。


 どうしていきなり自分がネブスペ2の世界に、そして烏夜朧に転生してしまったのか。前世の俺の記憶と烏夜朧の記憶が混同していて思い出せないが、意外にも俺はこの現実をスッと受け入れることが出来た。


 何故ならこの世界は、前世の俺がこよなく愛したネブスペ2というエロゲの中なのだ。今まで画面越しでしか見ることの出来なかった夢世界が今、確かに現実として目の前にある。



 「その話、本当なのか?」


 でもなんで急にこんな重苦しい雰囲気で物語は始まるのだろう?


 そんなことを考えていても無駄であり、俺は同じテーブル席を囲う大星からの問いに黙って頷いた。

 

 「お……ぼ、僕がわざわざ皆を呼び出して、こんな趣味の悪いドッキリを仕掛けると思うかい?」


 月ノ宮駅で幼馴染の朽野乙女を見送った後、彼女と親しかった美空、スピカ、ムギ、レギー先輩達ネブスペ2の豪華ヒロイン勢、そして主人公である大星を呼び出し、月ノ宮海岸沿いの喫茶店に集合していた。


 「割と可能性はある」

 「半分ぐらいは思ってるよ」

 「烏夜さんならあるんじゃないかと……」

 「信頼ゼロ」

 「今までに結構あったからな」

 「う~ん。日頃の行いってやつかな、これは」


 散々な言われようだ。前世で画面越しに烏夜朧というキャラを見ていた俺もそう思うもん。


 「で、でもまだそうと決まったわけではないんでしょう? 乙女さんのお父さん……朽野先生は、とても悪い人には思えないですし……」


 この今にも胃が握り潰されてしまいそうな程の雰囲気に包まれた場で、スピカはこの事態を前向きに捉えようとしているが、誰だって乙女の父親、秀畝さんが事件の犯人だとは思っていないはずだ。


 全員が月ノ宮学園で教師としての秀畝さんを見てきた。乙女が突然転校したことだけでなく、秀畝さんが八年前のビッグバン事故、いや事件の犯人という噂も信じられないという様子だ。


 「そうだよ。わざわざおとちゃんが出ていく必要なんてなかったはずだよ!」

 「いや、こんだけ噂がすぐに広まってることを考えてみろ、この街にいても居心地が悪いだけだ。絶対ろくなことにならないぞ」


 美空もスピカの意見に賛同したが、すぐにレギー先輩が否定した。秀畝さんの噂は想像以上の早さでこの街に広がってしまっている。乙女自身のことを考えるなら、本人にとっては月ノ宮から離れた場所への転校という選択肢が最良だっただろう。


 乙女自身が犯人というわけではないのに、さもそういう扱いをする人間が出てくるかもしれない。

 それだけ、八年前の事件がこの街の人々に与えた影響は大きかったのだ。


 「でも、こんな急じゃなくても……」


 ここに集まってからずっと涙目だったムギだが、とうとうその決壊が崩壊して涙を流し始める。


 「乙女に連絡しても、全然返ってこないの……!」


 ムギの隣に座るスピカが、ハンカチで彼女の涙を拭う。もう見ているだけで心苦しい。


 元はと言えば、転校生だったスピカとムギを大星達と結んだのは乙女だったのだ。無駄に元気なあいつが引っ張ってくれたから、この二ヶ月間の学校生活が成り立っていた。その橋渡し役がいなくなった今、俺達はどうなるのだろうか?


 そんな簡単に崩壊するような関係ではないはずだ。だがこのあまりにも突然過ぎる別れは、現在進行系で俺達に大きなショックを与えている。


 俺は唇を噛み締め、両手の拳をギュッと握りしめた。すまない皆、俺が前世の記憶をもっと早く取り戻していれば、これを防げたかもしれないのに……!



 「いいや、乙女は帰ってくるよ」


 各々がこの場の空気に押し潰されそうになっていた頃、最初に口を開いたのは……目を閉じて手を組み、物思いに耽けていた大星だった。


 「俺は、朽野先生は無実だと思っている」


 大星が八年前のビッグバン事件で両親を失い、今もトラウマを抱えていることを知る美空とレギー先輩は、彼のその発言を聞いて目を見開いて驚いていた。


 「いずれ容疑が晴れたなら、乙女も帰ってくるよ。その時に、俺達は乙女を笑って出迎えないといけない。あいつを怒らせると祟り神より怖いからな」


 乙女の父親、秀畝さんが無実とは限らないのに、未だにビッグバン事件のトラウマと戦い続けている大星が、真っ先にそれを口に出すのは意外だっただろう。


 戸惑う美空やスピカ達に対し、大星はなんと微笑んで見せた。


 「俺達が暗くなると乙女も悲しむだけだ。そりゃ俺だって悲しいさ……でも俺達は、笑って前に進むしかないだろ?

  俺達を結束させてくれた、あいつのためにも……」


 ……すげぇ良いこと言うじゃん、大星。


 いやまぁ、大星がそんなことを言うって知ってたけどね、俺は。



 だって転生してきたんだもん! 前世でも全く同じ会話シーンを見たもん! 画面越しに!

 

 すげぇ、本当にネブスペ2の世界だ! 画面越しに見ていた時よりヒロイン達可愛すぎね!? さっきからもう心臓バックバクで死にそうなんだけどなに!? 隣には犬飼美空が座ってるし、正面にはレギー先輩もいるし何なのこの空間!?


 いや、落ち着け、落ち着くんだ俺。こんなお通夜みたいな空気の中で一人浮かれているわけにはいかない。流石に空気を読めてなさ過ぎる。


 でもわかってほしい、俺は今突然前世の記憶が頭に流れ込んできた影響で混乱しているんだ。烏夜朧としての記憶も残ってるから幼馴染の乙女との別れのショックでメチャクチャ辛い一方で、好きなエロゲのヒロイン達を間近で見れてそれはそれでテンションが爆上がりなんだよ。感情の振り幅がでかすぎて頭がバグりそう。


 ──グゥゥゥゥゥゥッ!


 そんな中、周囲に獣の遠吠えが──いや、それに似た誰かの腹の虫の音が響き渡った。それは俺の隣……に座っている、とあるヒロインから放たれたものだ。


 全員の目が、俺と大星の間に座っていた美空の方を向く。美空は恥ずかしさのあまり両手で顔を覆っていたが、真っ赤に染まった耳は隠せていなかった。


 「こういう時は水すら喉を通らなくなることもあるんだがな。お前の有り余る食欲のおかげで、重苦しい空気が一気に吹っ飛んでいったな」

 「……言わないでよぅ」


 美空の正面に座るスピカ達も、この空気感の中で放たれた緊張感のない見事な腹の虫に思わず笑みをこぼしていた。

 ツボにはまったのか高笑いまで始めたレギー先輩は、腕時計をチラッと確認してから口を開いた。


 「確かに時間も時間だな。大星の言う通り、いつまでもオレ達がメソメソしてるわけにもいかないし、丁度良い時間だから軽く飯でも食おうぜ。今日はオレが奢ってやるからよ」

 「お、流石レギー先輩ですね。じゃあ今度僕がお食事に誘う時は僕が奢りますね!」

 「お前達遠慮せずに好きなの頼めよー」

 「あれ? またしてもガン無視?」


 この集まりで年長者であるレギー先輩のご厚意に甘えて、俺達はこの空気を一掃しようと思い思いにメニューを注文していた。


 ……ここまで、恐ろしいぐらいに作中の展開通りだ。


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