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主人公の消失



 世界は再び、始まりの時を告げた。


 エレオノラ・シャルロワとして生まれた私は、月ノ宮海岸で花菱いるかと再び出会ったけれど、またビッグバン事件で彼はメルシナを庇って亡くなってしまった。


 そして八年後、二〇一五年六月。月ノ宮駅のホームにて、朽野乙女が再び月ノ宮の街と烏夜朧に別れを告げようとしていた。


 「待ちなさい!」


 ホームに発車ベルが鳴り出したタイミングで、特急列車に乗っていた朽野乙女の体を私は無理矢理引きずり下ろした。


 「わ、わわっ!?」

 

 朽野乙女を列車から引きずり下ろしたと同時にドアが閉まり、特急列車は彼女を置いて出発していった。


 「しゃ、シャルロワ会長……!?」


 私の姿を見て戸惑う様子の彼女に、私は優しく微笑んで見せた。

 

 「朽野乙女さん」

 「は、はい」


 私に名前を呼ばれた彼女は、緊張しているのかたどたどしい雰囲気だった。それもそうだ、ここに私が現れるとは思っていなかっただろう。


 「貴方がこの町を出ていく必要はないわ。貴方を悪く言うような虫けら共は全て私の手で叩き潰してやるわ」

 「え、えぇ……?」


 叩き潰すのは流石にやり過ぎかな。

 そして私は、烏夜朧の方を向く。


 「そして、烏夜朧」

 「……な、なんでしょう?」


 烏夜朧もまた、朽野乙女とどうように困惑している様子だった。それもそうだ、彼も私がここにいる意味なんて全くわからないだろう。誰とも約束なんてしてないんだから。

 そして私は、彼に問いかける。


 「もし明日、地球が滅ぶと言われたら何をする?」


 突然そんな質問を投げかけられた烏夜朧は、最初こそわけがわからなさそうな表情をしていたけれど、烏夜朧らしく余裕そうに笑ってみせた。


 「僕なら、愛する人を守るために地球の存亡をかけて戦いに行きますね」


 彼らしい答えが出てきて、私は思わずクスッと笑ってしまう。

 そう……実に彼らしい。


 「ちなみに朽野乙女さん、貴方は?」

 「え、わ、私ですか? えっと……私は、大切な人と一緒にいたいかな……」


 と、乙女チックな答えを出す朽野乙女もまた可愛らしい。


 「ちなみに、シャルロワ会長は何と答えるんですか?」


 烏夜朧からそう問われて、私は答えた。


 「私は、私が愛する人が幸せになるように願うわ」


 やはり、もう月野入夏はこの世界にいない。

 本物の烏夜朧と朽野乙女の恋が、始まるのだ。

 そして私は、二人の恋が成就するのを見届けなければならない。



 それから、私は二人の恋が成就するように、様々な手助けをした。

 まず、ビッグバン事件関連の噂で憂き目に遭っていた朽野一家の評判を回復させ、逆らう奴は叩き潰し、少なくとも月ノ宮で彼らを悪く言う者はいなくなった。


 そして、たまたま余っていた恋愛映画や遊園地のペアチケットを烏夜朧に譲ったり、たまたま暇だったらしい二人を誘ってパーティーに連れて行ったり、ロザリアに口利きしてサザンクロスのケーキを食べさせてあげたり、二人が一緒にノーザンクロスで働けるようマスターに頼んだり、二人の恋の予感に感づいたワキアや夢那にも協力してもらい、何かと理由を付けて二人きりでデートに行かせたり……友人達の恋路をサポートするキャラの気持ちって、こんな感じなんだろうか。


 まぁ二人がイチャイチャしている中、相変わらず地球を襲撃しようとする敵宇宙船からの攻撃と私は戦わないといけなかったけれど、その際に起きたイベントが二人の関係をさらに進展させていったらしい。

 何度も死にかけるのは実に烏夜朧らしい体質だけど、私の肝が冷えるからやめてほしい。


 そして、迎えたクリスマス──。


 「私は、もっと朧と色んなところに行きたい。色んなことをしたい。もっと、私のしょうもないギャグとかリアクションに笑っている朧を見たい。私と一緒の景色を見て、一緒に感動して、一緒に同じ道を進んで……もっと、ううん、ずっと、私は、朧と一緒にいたい」


 私がたまたま余っていた遊園地のクリスマス限定ペアチケットを烏夜朧にプレゼントして、「誰と行けばいいかわかっているわね?」と彼に圧をかけ、私の意図に気づいたらしい彼は感謝の意を述べて、朽野乙女とクリスマスデートへと向かった。


 「好きだよ、朧」


 どうやら告白は、朽野乙女の方からだったらしい。


 「私の、ただ一人の、大切な人でいてほしい」


 デート最終盤、観覧車の中での告白。


 「僕みたいな奴に絆されちゃダメだよ、乙女」


 そう言って烏夜朧は笑う。


 「僕が乙女と同じことを言ったとして、君はそれを信じるのかい?」

 「うん、信じる」

 「……なら、良かった。僕も愛しているよ、乙女。僕も、君とずっと一緒にいたい」

 「やっぱり朧が愛とか言うと急に胡散臭くなるから、そういうのはいい」

 「雰囲気が台無しだなぁ!?」


 そんな二人の告白シーンを、観覧車のゴンドラ内に仕掛けられていた盗聴器から私は聞かせてもらっていた。

 何か悪い子としてる気分だけど、いや確かに悪いことだけど、私には二人の行く末を見届けなければならないという責任があるんだから。だからこれぐらいは許して。


 

 もう少し長引くかと思っていた二人の関係は、案外早く進展していった。年が明けて、バレンタイデーの直前には私がロザリアに頼んで朽野乙女に手作りチョコの作り方を伝授した。


 何気に、この世界で二〇一六年のバレンタインを迎えるのは初めてのこと。帚木大星、鷲森アルタ、明星一番ら各主人公が山のようにチョコを貰う中、私が作った世界にただ一つのチョコは、私の部屋に飾られていた金イルカのペンダントの前に供えられていた。


 そして私は、初めて……月ノ宮学園を卒業する時がやって来た。


 



 私が志願したわけではないけれど、何故か私が卒業生代表として答辞を読むことになった。まぁ私が先代の生徒会長だったし、当然の人選だったのかもしれない。

 答辞とか前世では一度も読んだことがないからメチャクチャ緊張するけれど、エレオノラ・シャルロワとしては何度か経験があるからか、案外スラスラと答辞を書き上げることが出来た。これは私が前世で設定したそのままの文章だ。作中だと一部しか出てこないけれど。

 そしてその答辞を教師に提出してOKを貰った後……私は、こっそりと答辞の一部を書き換えたのだった。



 「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」



 私の答辞は、そんな一文で始まった。


 「これはフランスの作家、ジュール・ヴェルヌが残した言葉とされています。『十五少年漂流記』、『海底二万里』、そして『月世界旅行』といった数々の名作のいずれかを読んだことがある人もいるでしょう。

  一八六五年、ジュール・ヴェルヌは『月世界旅行』にて、巨大な大砲を用いて砲弾代わりの宇宙船を宇宙へ飛ばそうとしました。そしてそれからおよそ百年後に人類は宇宙へと到達し、二〇〇八年、彼の名前を冠した欧州補給機が国際宇宙ステーションへとドッキングし、彼の著書、『月世界旅行』は宇宙へ届けられました」


 偉人の言葉を借りて、私は特に差し障りのない話を続ける。

 この月ノ宮学園に入学してから起こった出来事。楽しかった思い出、辛かった思い出、大変だった思い出、そのどれもが、素晴らしいものだっただなんて、それが本心でなくてもありきたりなことばかり言って、私達がこうして卒業することが出来たのは、支えてくれた保護者や先生達のおかげだなんて、誰もが言えそうなことばかり述べて……そんなつまらない言葉の羅列が、誰かの思い出に残るわけがない。



 「そして、最後に」



 私の長話もとうとう終わりかと、この儀式に集まった人々が安堵しようとした時。


 「……先生、ごめんなさい」


 私の答辞をチェックしてくれた先生にそう断りを入れて、私は答辞が書かれた原稿を壇上でビリビリに破り捨てた。

 私の突然の狂った行動に会場がざわつく中、私はマイクに向かって口を開いた。




 

 「私は、恋をしていました」


 私のその一言で、さらに参加者達がざわつき始める。

 予め用意された、ありきたりな言葉なんてものじゃなくて、私は……私の想いを、ここに残したかった。


 「でも、私の初恋の人は、もうこの世界にはいません」


 私の言葉を、彼らはどう受け止めただろう。

 もう、この世にはいない。おそらく、八年前のビッグバン事件で亡くなった。半分正解だ。

 きっと……今も彼は、向こうの世界で元気にやっているはず。


 「再び出会いを果たして、共に楽しい青春を過ごしたけれど、私と彼は離れ離れになる運命にありました。

  ずっと一緒にいたかったのに、ずっと一緒にいることが当たり前だと、そんな楽しい日々が永遠に続くものだと、未熟だった私は勘違いをしていて……彼との別れを、現実として受け止めることが出来ませんでした」


 きっと、私の友人達の方が驚いているだろう。だって私の身の回りに、そんな人間がいるはずがないのだから。


 「でも、私は……彼と離れ離れになった今も、幸せです」


 ただ、私は伝えたかった。


 「私の青春の思い出に、彼という存在がいてくれるだけで……」


 この世界にも、彼は確かに存在していたのだと。


 「どれだけ大人になっても、どれだけ年を取っても、この懐かしい青春のことを思い出す度に、そこに彼がいてくれるから……」


 私は確かに、月野入夏という人を愛したのだと、伝えたかった。



 

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