大好きだから
「入夏の言う通り、この世界は、私のワガママのために作られたんだと思う」
真っ白な世界でエンドロールが流れる中、私は入夏に言う。
「あの時途切れた青春の続きを夢見て、幻の続きを、どうしても諦められなくて……」
そして真っ白な世界が、今度は一面満点の星空へと切り替わる。宇宙をテーマにしたネブスペ2らしく、それぞれのキャラのモチーフとなった星や星座が映し出されていく。
「じゃあ、なんでここで終わりなんだ?
俺達はまだ、烏夜朧と朽野乙女のエンディングを用意しないといけないだろう?」
彼の言う通りだ。
ネブスペ2の物語はまだ未完成。私達は、朽野乙女の幸せのために、もう一度ループを繰り返す必要がある。
いや、違う。
その役目を持つのは、私達ではなく、私、だ。
「違うよ、入夏。
その世界に、入夏は必要ないんだよ」
烏夜朧と朽野乙女の恋が成就するためには、大きな障害が存在する。
それは、烏夜朧に転生した月野入夏の人格だ。彼がいる限り、彼の心の中に私、月見里乙女の存在がいる限り、ただただ彼らを悩ませてしまうだけだ。私達の存在がある限り、彼らに真の幸せは訪れない。
その障害を取り除くためには、月野入夏の排除が必要なのだ。
「俺が、必要ないだと……?」
バカらしい話だと思う。
私が入夏に呪いをかけて、これまでずっと彼を苦しめてきたのに、今度は邪魔だから出ていけだなんて酷い話だよ。
「ううん、入夏は必要だったんだよ。これまでの世界のために、そのエンディングを用意するために。
でも、入夏がいるべき場所は、この世界じゃない」
「……どういう意味だ?」
未だに戸惑う入夏の様子を見るに、彼は今まで考えたことがなかったのだろう。
前世の自分が、本当に死んでしまったのかどうかなんて。
「入夏って、本当に前世で死んじゃったの?」
入夏の記憶に残っているのは、洪水に巻き込まれて行方不明になった私を捜索している途中で、土砂崩れに遭った、というところまで。
確実に死んだという確証はない。もしかしたら奇跡的に生還した可能性もある。
この世界の彼が、何度も奇跡的に生還したように。
「……じゃあ何だ。俺は死の淵を彷徨っている間に、こんなエロゲ世界に迷い込んだとでも言いたいのか?」
「さあね。でも、月野入夏はまだ生きているって、私は信じていたい。だって、私のために死んでほしくないもん」
前世の入夏が死んだかもわからないし、今も生きているかもわからない。生きていてほしいなんていうのは、私の願望に過ぎないかもしれない。
入夏はまだ前世の自分が生きているかもしれないという可能性を信じきれていないようだけれど、しばらく考え込んでから呟いた。
「そういえば……病室で眠る俺を、前世の友人達が見守っている光景を夢で見た気がする。まさか……」
どうやら心当たりがあるみたいだけれど、入夏はまだ戸惑っていた。
私だって、その可能性自体は結構前から考えていたけれど、入夏に伝えることが出来ずにいた。この世界で入夏と離れ離れになりたくなかったし、でも、私のために死んでほしくもなかった。
しかし、段々と世界がおかしな方向に向かい始めた時……本来はエレオノラ・シャルロワと結ばれる明星一番とのフラグが折れた時点で、信じたくなかった可能性が現実味を帯びてきたのだ。
「やっぱり、入夏は生きてるんだよ」
だからこそ今、私達は終わりを迎えようとしている。
「だから入夏は、向こうの世界に戻らないといけない。だって、今も入夏のことを心配してくれている人達がいるはずでしょ?」
烏夜朧と朽野乙女の恋を成就させるためには、月野入夏を排除しなければならない。これまで何度もループを繰り返して、数々のヒロインのグッドエンドやバッドエンドを回収し、挫けずに試行錯誤を繰り返して……原作には存在しない朽野乙女ルートを開拓した時点で、そのフラグを成立させた時点で、彼の役目は終わったのだ。
「待てよ……乙女、お前はどうなるんだ? お前が生きている可能性もあるだろ?」
「無いよ。覚えてるもん、入夏に最期のメッセージを送った後、車の中に入り込んできた濁流に飲み込まれるのを……それに入夏の記憶だと、私は結構長い間、行方不明になってるんでしょ? 生存は絶望的だよ」
私は死んでいる。だから、まだこの世界で生きなければならない。月野入夏から役目を受け継いで、この世界の終わりを見届ける役目が残っている。
そう、私達の居場所は違う。
もう死んだはずの私は、自分が作り出したこの世界で。
そして入夏は、元の世界で生きるべきだ。
「そんな……そんな、ふざけた話があるかよ!?」
入夏が憤りを覚えるのも無理はない。
彼のことだ、きっと私のためにこの世界に残るだとか言い出すだろう。
「この世界は、お前の願望が生み出したんだろ!? お前の願望がもう叶ったって言うのか!?」
入夏が怒鳴り散らす一方で、私は満点の星空を眺めていた。段々と、終わりの時が近づいてきている。
「ううん、私はこれで十分だったんだよ」
夜空に無数の流れ星が駆けていく。もしこれがゲーム画面だったなら、これまでに起きた数々のイベントのCGが映し出されていたはずだ。
でも私の目に映るのは、烏夜朧ではなく、月野入夏と歩んできた思い出……まるで走馬灯のように、彼との思い出が、これまでよりもより輝かしいものになって、私の記憶に刻み込まれる。
「入夏から好きと言われたから、もう一生分の幸せを貰っちゃったよ」
それで、十分だったんだ。
私は、前世では入夏から聞けなかった言葉を、今こうして聞くことが出来たんだから。
「楽しかったよ、入夏と一緒に、またあの頃みたいな青春を過ごすことが出来て」
夢のような時間だった。
「とても、嬉しかった……」
私は、とてもワガママだった。あの青春の思い出を、あの頃の恋を美化しすぎて、大人になっていく内にこじらせていって、やがてこんな世界を作り上げてしまった。
「ありがとね、入夏。私を、こんなに幸せにしてくれて」
私が感謝を伝えても、入夏は険しい表情をしていた。
「……ふざけんな」
どうして。
「何を、綺麗に幕を閉じようとしやがってんだ」
どうして、そんなに貴方は辛そうなの?
「こんな終わり方があってたまるかよ」
せっかく、生きて現実に帰ることが出来るのに。
「お前は……お前は、この世界でどうなるんだよ? 俺がいなくなった後も、ループを繰り返すのか?」
「わからない。新しいループで烏夜朧と朽野乙女の結末を見届けて、それから考える」
「俺がいなくなるのは寂しくないか?」
「全然、寂しくないよ」
そう言って私は入夏に向かって微笑んだけれど、彼は呆れた様子で言う。
「泣きながら言われたって説得力ねぇよ、バカ野郎」
……寂しくないわけないじゃん。
でも、これは私への罰なんだよ。
私の勝手なワガママに、本来この世界に来る必要の無かった入夏を連れ込んでしまったのだから。
やがて、東の空が明るくなり始めた。段々と登り始めた朝日の陽光を受けて、まるで浄化されていくかのように、入夏の体が消えていく。
「……もうすぐ終わりだよ、入夏」
エンドロールが終わる。彼の体が消えたらもう、この世界から月野入夏は完全にいなくなってしまうだろう。
「何か、最後に言いたいことはある?」
まだ入夏は苛立っている様子だったけれど、溜息をつきながら口を開く。
「……無理すんなよ」
「うん」
「諦めるなよ」
「うん」
「挫けるなよ」
「うん」
「ちゃんとご飯食えよ」
「うん」
「体調管理とかしっかりしろよ」
「うん」
「しっかり学業にも励むんだぞ」
「うん」
「辛い時は誰かを頼るんだぞ」
「うん」
「時には逃げ出しても良いんだからな」
「うん」
「眠れなくなった時は星空でも眺めて、俺のことを思い出せ」
「うん」
「でもお前がバカなことをやろうとした時には、俺がどこからか現れて容赦なく殴りに行くからな」
「うん」
もしも。
もしも、前世で入夏とちゃんとしたお別れが出来ていたなら、こんな感じだったのかな。
「……いつまでも、好きでいさせてくれよ」
「うん。入夏も、私のこと忘れないでね?」
「あぁ。頭の隅っこには置いといてやるよ」
「私の後を追ったりしないでね?」
「あぁ。墓参りには行ってやるよ」
こんな、他愛もないやり取りすらも、とても名残惜しく感じられた。
……やっぱり、覚悟していても、やっぱり、離れたくないと、とてつもない悲しさや寂しさに襲われてしまう……。
「ちゃんと……烏夜朧と朽野乙女の恋路を見守るんだぞ。約束だ」
「うん、約束する」
「……指切りげんまんするか?」
「ふふ、子どもっぽい」
でも、ちょっとだけやってみたくなって、私達の手が触れようとした時──もう、私達は別の世界の存在になろうとしていた。
「さようなら、入夏」
消えてゆく彼に、私は最後の言葉を贈る。
「私は、入夏と出会えて、とても幸せだった」
私達は互いに互いの手を掴もうとしたけれど、もう届かない。
「私は、入夏に救われたから、また頑張れる」
だからせめて、旅立つ彼に、今度こそは伝えたかった。
「今までありがとう、入夏……」
前世の私が、最期に彼に伝えることが出来なかった言葉を。
「大好き、だったよ──────」
システムデータをセーブしています。
システムデータのセーブに螟ア謨励@縺セ縺励◆縲
終わらせて、たまるものか。




