私達の居場所
私達はすぐに葉室総合病院へと向かい、未だに目覚めない烏夜朧が眠る病室へと向かった。集まったのは私と霊体の烏夜朧(月野入夏)、そして彼を黒魔術でこの世界へと引き戻したクロエとミネルヴァ・ローウェル、そして紀原カグヤの五人(内幽霊二人)だった。
「いや、ウチらもわからんし。だって幽体離脱とかやったことないもん」
「同じく」
どうやって彼の魂を肉体へ戻そうか、そういうのに詳しそうな二人に聞いても全然わからないという答えだった。
うん、そりゃそうだ。
「僕を地獄から引き戻すことは出来たのに!?」
「だってウチの術は基本お化けとかを祓うためのものだし」
「でも前に、カグヤさんをドローンに憑かせたりしてましたよね?」
「君の魂をそこら辺のカーテンとか蛍光灯に留めることは出来るけど、生身の人間相手にその術をやると、ワンチャン膵臓とか大腿骨とか変な部位についちゃう可能性あるから」
「それはマジで困りますね……」
ミネルヴァ・ローウェルは霊能力者だけれど、彼女が戦う相手は基本的に既にこの世を去ったはずなのに世界に留まり続ける怨霊だ。例えるなら紀原カグヤのような。彼女って怨霊枠なんだ。
勿論生霊を相手にすることはあっても、彼女に出来るのはそれを祓うことのみ。肉体に魂を戻すという禁忌を犯すことまでは出来ない。
「じゃあ逆転の発想で、一回殺してみる?」
「一回殺してみる!? 何言ってるんですかクロエ先輩!?」
「確かに逆転の発想ね」
「いや会長も納得しないでくださいよ! 早く意識を取り戻さないと、より重い障害が残る可能性があるんですからね!?」
彼の言う通り笑い事ではないけれど、有識者であるクロエとミールがわからないなら手詰まり感は否めない。
せっかく彼が化けて出てきてくれたのに、まさかここで躓いてしまうなんて……すると、この場に同席していた幽霊側の有識者である紀原カグヤが何か思いついた様子で口を開いた。
「わかった。こういう時はね、お姫様のキスで目覚めるものだよ!」
……私は彼女の正気を疑ったけれど、幽霊相手に正気とかどうとか言ってもしょうがない。
同じく入夏も困惑していたけれど、クロエとミールは感心した様子で頷いていた。
「確かに。そんなロマンチックな方法もあるんだね」
「いや、本当にやるんですか?」
「ちっちっち、青いね君は。愛の力ってのはね、時に奇跡を起こすものだよ。死んだ私が自分の未練をこの世界に繋げて未だに幽霊として留まっているみたいに、愛の力で彼の魂を繋げば良いんだよ」
このお化け、ムチャクチャなことを言っている気がするんだけど。
私がこの状況に追いつけず困惑している中、一足先に理解したらしい入夏がフッと微笑んで口を開く。
「じゃあ……お姫様は、ローラ会長が良いですね」
……バカ言わないで。
私は、お姫様なんて柄じゃない。彼のお姫様は、朽野乙女であるべきなのに……でも私は彼がそう言ってくれたことが嬉しくて、自分の願望に素直になって、受け入れるしかなかった。
「じゃあ、邪魔者のウチらは退散するしかないね」
そう言って、まずミールが病室を出ていく。
「頑張ってね、ローラ」
クロエがそう言って私に微笑んで、続いて病室を出ていく。
「……あ、私も空気を読んで出ていかないといけない感じ?」
「逆になんでカグヤさんはいて良いと思ったんですか?」
「え~側でじっくりと見てたかったのにな~」
そう文句を言いながらも最後に紀原カグヤも病室から出ていき、残されたのは私と霊体と肉体の二人の彼。
私は彼が眠るベッドの側に立ち、彼の寝顔を見つめた。人工呼吸器も外され、鼻からチューブは伸びているけれど、私達を邪魔するものはない。
……本当に、お姫様のキスで目覚めるの?
そんなファンタジーなことを未だに信じることの出来ない私がいる。
それでも、私なら……そんなイベントを用意したかもしれない。
「こんな時にミスるんじゃないぞ」
側で彼も応援してくれている……応援してくれて、いる?
いや、ちょっと待って。
「ねぇ、入夏」
「何だ?」
「入夏も出てってよ」
「なんで!? 俺が蘇らないといけないのに!?」
「だって、恥ずかしいじゃん」
おかしいよ、この状況。なんで私が入夏(烏夜朧)とキスするところを入夏(幽霊)に見られないといけないの。
「じゃあ俺、背中向けとくから。こっそりキスしといてくれ」
「こっそりキスするのもおかしいでしょ」
そもそも彼が側にいるだけでも緊張するのに……でも彼が本体の側にいないと成功しないかもしれない。
本当に、上手くいくだろうか。
そんな迷いもあったけれど、必ず上手くいくと信じて、そう決意して、今も眠り続けている彼の顔をジッと見つめる。
奇跡は、起きる。
彼は、必ず戻ってきてくれる。
そして……また、私達の物語は始まるんだ────。
眠ったままの彼と深い口付けを交わすと、自然と涙が溢れ出てきた。
そして、側にいてくれた霊体の入夏はというと……。
「ぐ、ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
せっかく私が作ったしんみりした雰囲気をぶち壊すぐらい悲鳴を上げていた。
「ど、どうしたの?」
「な、何か体が吸い込まれるうううううううううう!?」
どうやら霊体の彼が肉体に吸い込まれているみたいだ。
もうちょっと静かにスッと戻るのかと思ったら、霊体側がこんな悲鳴を上げることもあるんだね。辛そう。
そんな彼が壮絶な悲鳴を上げる中、彼の霊体が完全に肉体に取り込まれると──目覚めることがないと思われていた彼が、目を開いた。
「はっ!?」
彼はすぐに起き上がり、キョロキョロと病室の中を見回した。そして側にいた私の方を見ると、戸惑ったような表情で口を開く。
「これ、夢じゃないよな? 俺は烏夜朧で月野入夏で、えっと……お前はエレオノラ・シャルロワで、月見里乙女だよな?」
……よく植物状態から目覚めてすぐに、そんなペラペラと喋れるものだ。
「うん、大丈夫だよ。夢じゃない」
「体中痛くて重いんだが?」
「そりゃ、体の色んなところの骨が折れてるんだから」
彼は目も見えていて、私の声も聞こえていて、ちゃんと喋ることが出来て、記憶もはっきりしている。
「良かった……」
また以前の彼が戻ってきたことが嬉しくて、ホッとして、私はその場で膝をついてベッドにもたれかかった。
きっとこれは、神様が用意してくれたとびきりの奇跡だろう。
この物語を、終わらせるための……。
「なぁ、乙女。俺、ちゃんと伝えられなかったよな。お前への気持ちを」
泣き崩れた私の頭を撫でながら入夏は言う。
「今度は、一体どんなことが起こるだろうね」
「ガス爆発かもな」
「縁起でもない……」
また事故に遭うなんて結末はないはずだ。
入夏はしっかりと実体のある手で私の頬に触れると、泣いていた私の顔を彼の方へ向かせた。
「もう、泣くんじゃない」
私は、この時を待ちわびていた。
「ありがとう、乙女。ずっと、俺のことを想ってくれていて」
私の、長年の夢が叶う。
「俺は、この世界でお前と再会できて嬉しかった」
あの時、入夏と離れ離れになってから時計の針が止まっていた私達の青春。
「だから、今度こそは……乙女。お前と一緒にいたい」
再び出会えた私達は、その青春をやり直すことが出来た。
「乙女。俺は、お前のことが好きだ」
そして、止まっていた時計の針が再び動き出し──。
「俺はもう、お前から離れたりはしない──」
──そして、再び時計の針は止まる。
『Nebula's Space 2nd』
「……何だよ、これ」
葉室総合病院の病室にいたはずの私達は突然、何もない真っ白な空間へ放り出された。
そしてそんな世界に佇む私達の側に浮かぶ、『Nebula's Space 2nd』という文字。原作と全く同じ文体で、そして……懐かしいあの曲が、ネブスペ2のED曲が流れていた。
「エンドロールだよ」
「……エンドロール?」
やっぱり、私の予想通りだった。
タイトルコールの後、このゲームを開発したメンバー達の名前が流れている。私にとっては懐かしい名前ばかりだ。
何もわからないであろう入夏が戸惑う一方で、私は……こんな時が来る運命にあることを、予測していた。
「……乙女。お前は、こうなることがわかっていたのか?」
ごめん、入夏。
私は、ずっと隠していたの。
「私も大好きだよ、入夏」
でも、これが私の願いだった。
「……でも、私達の物語は、ここで終わり」
私の居場所はこの世界だけど……入夏は、ここにいちゃいけないんだから。




