確信
「バカ……」
再び私の前に現れた彼への第一声。
私は一体、何度その言葉を彼にぶつければ良いのだろう。
「一体、私にどれだけトラウマを植え付けるつもりなの……」
おそらく今の入夏にとって、彼自身の命は紙切れぐらいの軽さだ。これまで何度もループを繰り返して多くのバッドエンドを迎えて息絶える度に、彼の命は軽くなってしまったのだろう。
「あんな格好つけるぐらいなら、元気に帰ってきなさいよ……!」
私は今、どんな気持ちなのだろう。
また入夏と再会することが出来たと、素直に喜ぶことも出来ない。
自ら簡単に命を投げ捨てる彼に腹立たしさを感じても、怒鳴ることも出来ない。
そして、かつての日常が戻ってくるとも信じられず、大きな不安や恐怖にも襲われた。
もう、わからない。
わからないよ……。
「俺が謝ったら、許してくれるか?」
自分の感情を制御できず、一度溢れ出した涙を止められない私を目の前で困ったように見つめながら彼は言う。
「許さない、もん……」
違う。
謝るべきは、私の方なのに。
入夏を迷わせてしまったのは、私なのに。
だから、入夏があんな決断をしなければならなかったのに。
入夏は泣いている私の頬に触れようとしたけれど、残酷にも彼の手は私の体をすり抜けていく。
「俺は、まだ諦めてないぜ」
「へ?」
「お前とのエンディングをだ」
……信じられない。
どうして、まだ物語を続けようと思えるのだろうか。彼自身、こんな悲惨な目に遭っているというのに。
「本当にこの世界が俺達のエンディングを望んでいないなら、俺がこうして化けて出てくるよりも前に、この世界が滅亡して新しいループが始まっているはずだ。まだネブラ彗星が地球に衝突する兆候も無いだろ?
だからこれは、必要なイベントだったんだ。俺はメチャクチャ痛かったけどな」
そりゃ今までに無いぐらいメチャクチャ痛かっただろうけども。
これが、必要なイベント?
私と入夏の物語のために、どうして彼を植物状態にさせなければならないの?
私と彼の関係を諦めさせるかのようなイベントだと思っていたのに、けれども……今更、烏夜朧と朽野乙女の関係が修復するとも、進展するとも思えない。例え彼が朽野乙女を選んでも、朽野乙女が納得するわけがない。
「お前は、もう一度世界をやり直す元気があるか?」
「何か考えがあるの?」
「いや……これはただのワガママなんだが、俺としてはやっぱり、烏夜朧と朽野乙女の恋を成就させたい」
そう、それが一番手っ取り早い手段だ。
最初から方向性が定めて同じループを繰り返せば、二人の恋はきっと成就するだろう。
「俺達は勘違いしていたんだ。俺も、てっきり朽野乙女は大星と付き合うもんかと思ってた。でも、やっぱり烏夜朧と二人の方が似合う気がするんだ」
確かに、私達は初動を誤った。他のヒロイン達同様に、朽野乙女も主人公の誰かになびくかと思いきや、烏夜朧を選んだ。ネブスペ2の全てのエンディングを回収しようと思うなら、やはり彼らのエンディングも必要なはずだ。
ただ、そこには大きな障害が存在する。
その障害となるのは……烏夜朧に転生した月野入夏ではなく、エレオノラ・シャルロワに転生した私、だ。
私は、耐えられなかったのだ。
自分から離れていってしまいそうな彼の手を掴もうとしてしまった。
ネブスペ2の物語が終わる三月に私達は自由になると言っても、段々と親密になっていく二人を見て、私の不安は日に日に増していった。
私は、朽野乙女に負けてしまうのではないかと不安になった。
だから、私は彼へのアプローチを止められなかった。あと一度だけ、もう少しだけと、ずるずるとそれを続けてしまった。その幸せな時間から逃れることが出来なかった。
もう二度と、離れたくないと思って……。
私は、我慢できるだろうか。
自分の好きな人が他の女の子と仲良くしている姿を見て、私は……邪魔をせずにいられるだろうか。
……ダメ、だ。
私がいる限り、この物語は終わらないんじゃ……?
「……そういうこと、ね」
やがて、私の頭の中で点と点が線で繋がった。
「どうしたんだ?」
ようやく私は、この物語の結末を知った。仮説に過ぎなかったそれが確信へと変わる。
「ううん、何でも」
もしもこの世界が、私の願望のために生み出された世界なのだとすれば。
ネブスペ2の物語を終わらせるために、烏夜朧と朽野乙女の恋の成就が必要だとするならば。
確実ではないけれど、道筋が見えた。
私が、この物語を終わらせないといけない。私が、この負のループを止めないといけない。
そして、私が……月野入夏を、呪縛から解放しなければならない。
私が思い描いている結末を彼が知ったら、きっと怒ってしまうだろう。何が何でも、私と一緒にいようとしてくれるかもしれない。
彼がそう願うなら、私はとても嬉しいけれど……私だって入夏とずっと一緒にいたい。だけど、私は……僅かな希望を、彼に託したい。
終わりは近い。
何もかも、無駄ではなかったんだ。
これまでの、長い道のりも。
数々の、理不尽な出来事も。
全ては……Nebula's Space世界の住民と、入夏と、私のために……。
「じゃあ、入夏。私にもワガママを言わせて」
「今まで何度も聞いてきたつもりだけどな」
もしかしたら、この世界はすぐに終わりを告げてしまうかもしれない。
だから、だから……。
「ちゃんと生き返ってから、私に告白の続きを聞かせて」
結局、私は入夏からの告白をちゃんと聞けていない。だってその途中で看板が落ちてきたんだもの。
その言葉を彼から聞けるだけで、私はもう十分だから。
しかし、入夏は私からのワガママに対して頬をポリポリと搔きながら、困ったような表情で口を開く。
「いや、それなんだが……生き返るって言っても、俺はどうやって戻れば良いんだ?」
「え?」
「俺、クロエ先輩とかミールさんから黒魔術で無理矢理引っ張られてきただけなんだよ。今までにこんなことなかったし、生き返る方法なんかわからんぞ」
……何それ。何このケース。
いや、私も幽体離脱とかしたことないからわからないんだけど。
「ていうか、黒魔術ってどゆこと?」
「いや俺、地獄で閻魔大王に舌を引きちぎられそうになってたところで突然カグヤさんが現れて、無理矢理蜘蛛の糸で引っ張られてこっちに戻ってきたんだが」
この人、一体何の話をしているの? 閻魔大王に舌を引きちぎられそうになってた? それってもう地獄に落ちちゃってるし、結構な罰を受けてたんだ。
「んで気がついたら、何か変な人形とかロウソクとかが大量に置かれた部屋にいたんだよ。そしたらクロエ先輩とミールさんがいて、なんか異世界転生で召喚された気分だった」
いや、この世界もある意味異世界ではあるけども。
何だかとてもファンタジーな話を聞かされているけれど、そもそも紀原カグヤという存在が当たり前のようにいる時点で十分ファンタジーだったし、何なら宇宙人や妖怪とかもいるぐらいだ、この世界は。
「じゃ、じゃあその二人に聞けばわかるかな?」
「まぁ、こういうのに詳しいのはその二人だろうな」
それは、まさかの問題だった。
今も、烏夜朧は生きているはずだ。植物状態ではあるけれど、まだギリギリ命が繋がっているはず。
だから、彼の魂が戻れば意識を取り戻すはずなのに……私にもわからないよ、生き返る方法なんて。




