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私達が望んだ世界ならば



 烏夜朧がここにいるはずがなかった。

 彼は今、朽野乙女とクリスマスデートをしているはず。まだデートが終わるには早すぎる時間だし、私としては、この夜を超えるくらい──いや。

 この場所に現れるはずのない烏夜朧の登場に驚くと同時に、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけホッとした自分もいた。


 「まぁ、とりあえず座ったらいかがですか」


 混乱する私をよそに、彼は平然とした様子で言う。まだ右腕の骨折でギプス姿なのに、何を格好つけてるんだか。驚きを隠せないまま私が席に座ると、ミニスカサンタ姿のワキアが注文を取る。

 

 「ご注文はどうしますかー?」

 「僕と同じものを」

 「はいはーい」


 彼が今飲んでいるのはホットココア。前世の私と彼は、共にココアが好きだった。

 私はエレオノラ・シャルロワとして普段と変わらない姿を演じていたつもりだったけれど、未だにどうしてこんなあり得ない状況が作り出されたのか、頭の理解が追いつかない。

 そしてすぐにワキアがホットココアを持ってきてくれて私が一口飲むと、烏夜朧はいつもと変わらぬ笑顔を見せて口を開く。


 「にしても奇遇ですね。まさかクリスマスにこんなところで出会えるだなんて」


 奇遇、か。

 いや、そんなわけがない。


 「……じゃあ、ワキアもグルということ?」

 「僕が直接連絡を入れると、警戒されると思ったので」

 

 カウンターに戻ったワキアの方を見ると、私に手を合わせてスマソスマソと謝っていた。


 「でも、ベガちゃんとワキアちゃんの二人がクリスマスコンサートを開くのは本当ですし、せっかくなので聞いていきましょうよ」

 「それは構わないけれど……」


 すると裏の方からワキアと同じくミニスカサンタコスのベガも恥ずかしそうに現れて、琴ヶ岡姉妹によるコンサートが始まった。クリスマスらしい軽やかな演奏が店内に響く中、私は烏夜朧の様子を伺う。

 

 ヴァイオリンとピアノを演奏するベガとワキアの姿を眺める烏夜朧の表情は、野郎なら誰だってテンションがぶち上がるであろう二人のサンタコス姿を見て喜んでいるわけでもなく、この空間に、いやこの世界に琴ヶ岡姉妹が二人揃っていることに、喜びを感じているようだった。何度もループを繰り返してきて色々なエンディングを見てきた彼も、やはり特に思い入れがあるのだろう。



 思えば、どうして最初の彼はベガを選んだのだろう? 以前、彼に聞いたときは……彼女には自分が必要だと感じたから、と答えていたっけ。

 彼の好みから考えるに、第一部のヒロインの一人であるレギュラス・デネボラも結構好みのはずで、アストレア姉妹からも中々強めのアプローチを受けていたのにも関わらず、むしろ関係の進展を拒んでいるように見えた。単純に、一人を選ぶことが難しかっただけかもしれないけれど。

 でもわかる。私もベガかワキアのどっちかという二択でもかなり迷うから。


 きっとかつての彼は、私が用意した様々な死亡イベントを回避するために必死だったはずだ。特に原作にないイベントでも死にそうになっていたし、かなりのストレスを抱えていたはずだ。だからこそ、疲れた彼を癒やす存在が必要だったわけで……それは今も変わらない。

 

 だって、トゥルーエンド、いや真エンド世界へ到達するために、彼は何度も死に戻りを繰り返して、ネブスペ2に用意されているエンディングを回収したのだ。そのために費やした労力、特に……全ヒロインのバッドエンドを回収したとなると、彼はその度死ぬ運命にある。ワキアに食べられて死んだ時は最高だったとかのたまうぐらいにはおかしくなっているから、彼の心の支えも必要、なのに……。


 私は、彼の隣には居られない……。


 

 ベガとワキアのコンサートが終わると、二人はお客さん達から盛大な拍手で称賛され、和やかな雰囲気に包まれる中……私は烏夜朧に問うた。


 「ねぇ、どうして貴方がここにいるの?」


 すると彼はホットココアを飲み干してから言う。


 「ちょっと海岸を散歩しましょうよ」


 つまり、ここじゃ出来ない話……私達の前世が関わるということだ。私も注文していたホットココアを飲み干してノザクロを後にし、彼と二人で月ノ宮海岸の遊歩道を歩くことにした。



 「さっむっ」


 白波が押し寄せる月ノ宮海岸で、冬風を浴びながら彼は体を震わせる。この寒さが骨折した右腕に響いたりしないのかな?


 「入夏が言い出しっぺでしょ」

 「仕方ないだろ、あそこで話すわけにもいかないし」


 たまに海岸を散歩したりサーフィンに勤しむ人はいるけれど、殆ど人気はない。

 そして彼は、白い息を吐きながら言う。


 「なぁ、この世界ってどんな結末を迎えると思う?」


 そんな質問を、この世界を作り上げたと言っても過言ではない私にしてくるとは良い度胸だ。

 でも私自身、それはわからない。


 「もう年末を迎えるのに、未だに真エンドというものがわからないわね」


 六月、月ノ宮を去るはずだった朽野乙女を引き留めることに成功し、私達はこのNebula's(ネブラズ) Space(スペース)の物語を完成させるために、原作にはない真エンディングへの到達を目指そうと意気込んだけれど、明確なビジョンは考えられなかった。


 確かに原作にはないイベントは起きているけれど、ネブスペのキャラ達に何か変化をもたらしているかと言うと、ただただ私がさも月ノ宮を、いや地球を救ったかのようにチヤホヤされるようになっただけ。まぁ裏では色々あるけれど、以前と比べれば格段にシャルロワ家の評価は上がったはず。


 そのメリットを享受したのは、私だけなの?


 「俺、色々考えてみたんだ。まずそもそもの問題なんだが、どうしてお前と俺がこの世界にいるかって話だ」


 私も少し他のキャラを探ってみたことはあったけれど、私と彼以外に現実世界から転生してきたと思われるキャラは見つからなかった。


 「それは、この未完成の世界を完成させるためじゃなくて?」


 第一部から第三部で用意されたヒロイン、計十二人だけでなく、朽野乙女や鷹野キルケなどのキャラも、上手くいけば攻略可能ヒロインとして追加されるはずだった。

 それが完成する前に私が死んじゃったから、おじゃんになってしまったけれど……。


 「でも、よく考えてみろ。別にこの世界を、ネブスペを完成させたいなら、開発者のお前の存在は必須かもしれないが、相方は俺じゃなくてお前の仲間の方が適任だったはずだ。ゲームシステム的なこととか開発途中での色々な案とかも知ってるはずだろ。

  お前がキャスティングされるのは納得がいく。だが俺は、この世界に俺達を転生させた奴が、わざわざ俺をキャスティングしやがった意味がわからない」


 ……そう、彼の言う通り。

 入夏は私の影響でエロゲプレイヤーになったみたいだから色々詳しいかもしれないけれど、それはあくまでプレイヤーとして詳しいだけで、内部のことなんて殆ど知る由もない。私が構想していた真エンドの内容も、当時の私とよく話していた仲間達なら、何かヒントを得られたかもしれない。

 じゃあ何故、私達二人がここに、この世界に?

 

 もしかしたら、入夏も私と同じ結論に至ってしまったのかもしれない。


 「もしも、数多の人間達の中から俺が、月野入夏がわざわざ選ばれたことに理由があるのだとしたら。

  この世界に神なんて存在がいるなら、それは紛れもなくお前だろ、乙女。自分の世界を作り上げるクリエイターは神に等しい存在だ。

  そんな神が、わざわざ俺を指名して、この世界に転生させて求めたものはただ一つ──」


 ……言わないで。

 気づかないでほしかった。私も自分なりの結論に至って、あえて彼と決別しようとしたのに──。



 「──あんなごっこ遊びなんかじゃなくて、お前が本物の恋をしたかったからだろ?」


 

 この世界を作り上げたのは、紛れもなく私だ。

 そしてこの世界に、私は自分の思い出を詰め込んだ。何度も、楽しかった青春の日々を思い出しながら──その、辛い側面も思い出しながら。


 やがて、私は願った……。


 あの頃の、青春の続きが出来たなら、と……。


 

 でも……そうであってほしくない。


 「違うよ、入夏」


 全然違わない。


 「それだと、私がずっと入夏に会いたかったみたいじゃん」

 

 ずっと、会いたかった。


 「私が、入夏との思い出をずっと引きずってるみたいじゃん」

 

 最高の思い出から、逃げようと思うわけがない。


 「私だって、入夏と別れてから色んなことを経験して、少しは大人になったんだよ」


 私はずっとあの頃の、未熟な私のまま。


 「私がずっと、入夏にゾッコンだと思ってるの?」


 四六時中頭から離れないぐらい、ゾッコンなのに。


 「まるで、私が入夏のこと大好きって前提で話してるけど……」


 大好き。

 大好き、だから……。


 「私は、入夏のことなんか、大っ嫌いなんだからぁっ!」


 私はこらえられなくなった大粒の涙を流しながら叫んだ。

 でも、そんな私を見て入夏は笑って、私の頭をコツンと叩いた。


 「そんな顔で言われても、一つも説得力ないぞ」


 私は溢れる涙を拭いながら、こんな情けない自分に思わず笑ってしまっていた。


 「……入夏。こっちの世界の乙女ちゃんはどうしたの? まさか、デートをすっぽかしたわけじゃないよね?」

 「俺をお前の元に向かわせたのはアイツだ。アイツが俺の背中を押したんだよ」

 

 どうして?

 どうして彼女がそんなことを?

 朽野乙女の真意を理解できなくて私は混乱していたけれど、私は、こんなイベントは望んでいない。彼女から気を遣われたくない。

 幸せになるべきなのは、私じゃなくて朽野乙女のはずだから。


 「ダメだよ、入夏。私なんかを選んじゃ。もし、その仮説が間違っていたら、また世界は滅んじゃうかもしれないよ?」


 私達はまたループを繰り返すことになるだろう。いや、次もループできるなんて保証があるわけじゃないから、突然そこで終わってしまうかもしれない。

 しかし、入夏は突然両手で私の肩を掴んで、ジッと私のことを見つめてきた。


 「あぁ、確かにそうかもしれない。でも、確かめる術はある」

 「ど、どうやって?」

 「俺、今からお前に告白するから」

 「へ?」


 私は恥ずかしくて逃げ出したくなったけれど、肩をガッチリと彼に掴まれて逃げられない。ちょっとギプスが当たって痛いんですけど。

 ヤバい。やっぱり入夏も何度もループを繰り返している内におかしくなっているんだよ!


 「本来、ネブスペ2に出てくるわけのない俺とお前の人格が結ばれたりなんてしたら、それはもうシステムのバグってレベルじゃないだろ。すぐに世界が滅んだっておかしくない」

 「そ、それで世界が滅んだらどうするの!?」

 「いいや、俺はそんなの許さない。お前と、月見里乙女と結ばれるまで俺は何度も蘇ってみせる」


 ムチャクチャなこと言ってますよ、この人。どうしてあっちが主導権を握ってるんだろう。


 「俺がこの仮説に辿り着いたのはつい昨日の話だが、今日朽野乙女とデートしてて、アイツからお前との関係を問われて、ふと考えたんだ。このままアイツとの関係を進展させていっても、ずっとお前のことを引きずってしまうと思ってな。

  だから、俺は後悔しない選択肢を選ぶ」

 

 そして、烏夜朧の皮を被った彼は──かつての月野入夏のように笑った。


 「乙女」


 入夏が私の名前を呼んだ瞬間、今日一番の強い風が吹いて、私は猛烈な胸騒ぎに襲われた。


 「俺は────」


 そして、彼の告白の続きを聞くことは出来なかった。


 何故なら──入夏のすぐ背後に立っていた大きな看板、『宇宙の町、月ノ宮へようこそ』という文言と共に海岸や月研が描かれた看板が、強風に煽られたせいなのか、高い支柱の情報から落下してきていたからだ。



 「い、入夏!」


 まるで、その一瞬の出来事はスローモーションかのように、とてもゆっくりと進んでいった。なのに私は動けずに、入夏から体を強く突き飛ばされて、彼も落下してくる看板を避けようとしたけれど──耳をつんざくような轟音と共に、砂浜の砂が大きく舞い上がった。



 「入夏……?」


 私は入夏に突き飛ばされたおかげか、落下してきた看板の直撃から避けることが出来た。やがて砂煙が晴れてきて、落下してきた大きな看板が視界に入り、やがて彼の姿も目で捉えた。



 「い、るか……?」


 彼は、落下してきた看板の下敷きになっていた。辛うじて、看板の下から彼の右腕のギプスが見えて──海岸の砂が赤く染まっていた。





 あぁ、やっぱり。


 やっぱり、だめだったんだ。

 



 

 わたしたち、は。


 ゆるされなかった。


 

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