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メリークリスマス、私



 『俺、引っ越すんだ』


 クリスマスには、良い思い出がない。

 かつて、前世の私と入夏が離れ離れになった日。彼と一緒の時間が永遠に続くだなんて、それが当たり前のことなのだと、子どもみたいなことを考えていた頃……もう二度と、あの時のことは思い出したくない。


 そんな彼と、この世界で再び出会えたことは奇跡のはずなのに、かつてとは違う人間の姿をしていても、またいつかの日のような青春の日々を過ごせたのは、とんでもない贅沢のはずなのに、やはりそれも永遠には続かない。

 どうせ叶わぬ恋だと知って絶望するならば、もう二度と彼と出会えないことに絶望する方が良かったと、そう思う日が来るだなんて……。



 十二月二十五日、クリスマス当日。世間では気分が浮つく人が多いだろうけれど、私は何も予定を入れずに、自分の部屋でただボーッと月ノ宮海岸を眺めていた。この地域で雪が振ることはないけれど、海岸通りに並ぶ飲食店にクリスマスの飾りやイルミネーションが施されているのを見ると、嫌でもこの季節のイベントを感じさせられる。


 私にとって今日という日が特別に感じられるのは、何もクリスマスというイベントがあるからというのが理由ではない。

 今日は、烏夜朧の誕生日でもあるからだ。


 だけど、私には烏夜朧の誕生日を祝う資格はない。

 何故なら今日、烏夜朧は……いや、月野入夏は、この世界の幼馴染である朽野乙女とクリスマスデートをしているからだ。


 昨日の夜はシャルロワ家が主催するクリスマスパーティーがあったけれど、私は彼に招待状を出さなかった。本来、ネブスペ2のシナリオでは、何故呼ばれたのかもわからない烏夜朧にも招待状が届いて彼も参加し、エレオノラ・シャルロワ最愛の妹であるメルシナを庇って死んでしまうのだ。


 そもそも烏夜朧をパーティーに参加させないという手段を初めてとったけれど、結果的に何も事件は起きずに烏夜朧もメルシナも無事に生還した。私はただただ窮屈で堅苦しくてつまらないパーティーで何となく時間を潰していただけだった。

 むしろ、何か起きてくれないかと、この世界がムチャクチャになって、台無しになってくれないかと、悪いことを考えながら……。



 普段はあまり点けることのないテレビを見ると、やはりクリスマスらしいバラエティの特集が組まれていて、どう足掻いても逃げられそうになかった。私は家族で団欒の一時を過ごしたいとも思わないし、意中の人と、というのも……私は、拒絶した。


 クリスマス、デート……。

 私は彼と、行ったことがあるのかな?

 もうクリスマスというイベントから連想できるのは、入夏を乗せて走り去るバスの姿だけ。


 『ありがとう、入夏』


 どうして、私は強がってみせたのだろう。

 

 『入夏のおかげで、私も幸せだったよ』


 あの時、私は彼に本当のことを伝えることが出来なかった。きっと、彼に迷惑をかけてしまうと思ったら。


 でもあの時、私がもう少しワガママを言えていたら?

 あの時の私に、ほんのちょっとの勇気があったなら?

 そんなこと考えても無駄だとわかっているのに、結局私は何度も同じことを考えてしまう。あの後、どれだけ楽しい思い出を作っても、新しい友人達と幸せな時間を過ごしても、彼のことがふと頭をよぎる。

 

 もし入夏がその場にいたら、もしかしたら私の仲間達は集まっていなかったかもしれない。一つの作品を仕上げるという喜びや達成感を得ることは出来なかっただろう。


 でももし入夏がいてくれたなら、私はもっと幸せだったのかもしれない。

 そんな幻想を、私は未だに抱き続けている。

 もしも、後一歩踏み出せた関係を築けていたなら、進学しても就職しても私達二人の関係が続けていたなら、もっとたくさんの場所を訪れて、同じ景色を見て、同じ食べ物を食べて、同じ、ベッドに入って……ずっとそんな夢を見続けて、そして何度も寂しさと切なさに襲われた。


 

 ベッドの上に体育座りをして俯き、目から流れ出したものが袖を濡らしていく。最近は色んな仕事が重なって忙しい私を気遣ってか、ロザリアやクロエも私の仕事を手伝ってくれているけれど、今の私にとっては仕事で忙殺された方が気が楽だ。

 こうして一人になると、余計に辛くなってしまうから……。


 せっかくのクリスマスだというのに、わざわざ自分を一人に追い込んで寂しくて泣いている私のもとに、電話がかかってきた。


 『あ、やっほ~ローラお姉ちゃん』


 私に電話をかけてきたのは、ネブスペ2第二部のヒロインの一人である琴ヶ岡ベガ。私のことを姉と慕ってくれる可愛らしい後輩で、彼女の元気な声で少しだけ救われたような気分になった。


 「ワキア、どうかしたの?」

 『んー、このクリスマスをどうお過ごしかな~と思って。もしかして今、誰かとデート中?』

 「いいえ。クリスマスに一人でいちゃ悪いのかしら?」

 『んまー、ローラお姉ちゃんとあろうお方が一人ってのも驚きだけどねー』


 そう言うワキアも、今日はノザクロのシフトが入っているみたいだけど、閉店後はお店を使ってクリスマスパーティーをやると言っていた。きっと鷲森アルタを主軸とした第二分の面々が集まって、愉快なパーティーになるに違いない。アルタが可哀想な目に遭っている姿が目に浮かぶけれど……。


 「そう言うワキアはどうなの? 意中の彼とデートには行かなかったのかしら?」

 『ふふーん。私はねー、アルちゃんとバイトデートしてるところだから~』

 「ば、バイトデート……?」


 所謂職場恋愛というものだろうか。同じバイト先で同じシフトに入って働くというのをデートとは言わないと思うけど、本人は楽しそうだし放っておこう。

 と、一人寂しさを感じている私とは違って充実したクリスマスを送っているワキアは、私の声色が普段より暗いのを察してか、こんな提案をしてきた。


 『どーせ暇ならさ、今からノザクロに来ない? 私とお姉ちゃんがとっておきのクリスマスソングを弾いてあげるよ』

 

 ノザクロでは、ベガとワキアが定期的にミニコンサートを開いている。海水浴客が全然来ない冬場でもノザクロが連日盛況なのは、その二人のおかげでもあるという。

 この部屋に閉じこもっていたって、何か良い答えが出てくるわけでもないし、ただただ寂しさに打ちひしがれてしまうだけだ。それよりも、きっと充実した時間を過ごせるはず。


 「わかったわ。楽しみにしておくから、特等席で聞かせてね」

 『じゃあ鍵盤の上で寝っ転がる?』

 「目の前の私に見つめながら弾くことになるけれど良い?」

 『じゃあローラお姉ちゃんの極上の女体を鍵盤と見立てて……』

 「やめなさい、貴方がそういうことを言うのは」


 電話を切って、私はすぐに出かける支度をした。幸い、ワキアがバイトしている喫茶店ノーザンクロスはここから近い場所にある。わざわざ車を呼ぶのも手間だと思って、私は凍えるような冬風が吹く道を歩いていた。



 やがて、クリスマスらしいカラフルな飾りやイルミネーションが施された喫茶店が見えてきた。海岸に打ち付ける波音がこだまする中、ノザクロの軒先には私の身長よりも高そうな立派なクリスマスツリーが立っていた。


 『時給が上がりますように ワキア』


 誰か、クリスマスと七夕という全く季節の違う二つのイベントを混同している輩がいるみたいね。

 クリスマスツリーに付けられた短冊を見てクスッと笑った後、私は入口の鐘を鳴らしながら扉を開いた。するとホールで待ってくれていたらしいワキアが──なんとミニスカサンタコスで私を出迎えてくれた。


 「あら、可愛らしい格好をしているのね」

 「クリスマスだからね。あ、一名様ですか?」

 「見ての通りよ」

 「じゃあ、そんな寂しいローラお姉ちゃんにはとっておきの席を用意してあげるよ……」


 ワキアのサンタコスを見てムホホと若干気分が浮つく中、ベガとワキアのミニコンサートを聴ける特等席に案内されるのかと思いきや──ワキアに案内された席に座っていた先客を見て、私は戦慄を覚えた。


 「どうも、ローラ会長」


 ホットココアを口にしながら笑顔で私を待っていたのは、朽野乙女とデートに行っているはずの烏夜朧だった。


 

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