ゾッコンだよ
十二月十一日。
今日は月ノ宮学園の生徒会選挙が執り行われる。
つまりそれは、私が一つの役目を終える日でもあるということだ。
「名残惜しそうだな」
一人目の立候補者、スピカ・アストレアの演説が終わった後、生徒会長として最後の仕事をしている私の隣で、副会長の明星一番が私をからかうように言う。
「いえ、懐かしいと思って。丁度一年前、私に無様に敗北した貴方を思い出したの」
「無様にとは言ってくれるな。だがあれは俺も完敗を認めざるを得ない」
一年前、私は彼と生徒会長の座を争った。結果は私の勝ちだったけれども、彼とて決して劣っていたわけではない。相手が悪かっただけで……そう、私の方が優れていたから!
なんて冗談はおいといて。次に舞台の上に上がったムギ・アストレアは演説の原稿も持たずにマイクを掴んだ。
「私が生徒会長になったら、私はこの学園を合コン会場にします」
なんかすげぇ奴が現れた。
彼女のその一言で体育館は一瞬静まり返った後、すぐにどっと沸いた。これまでの選挙活動でも度々過激な発言を繰り返していたけれど、本当に生徒会長になる気があるのか、青春のおふざけでやっているだけなのか判別つけられない。
「また変なのが来たな……」
私の隣で明星君は溜息をつきながら溜息をついていた。立候補者の一人であるムギ・アストレアは今も壇上で、この日本に、いや先進諸国に遅いかかる少子高齢化の波を憂いているかのようにその対策を熱弁しているけれど、おそらく彼女はそんな崇高なことは考えていないはず。
「良いじゃない、こういうのも。青春みたいで」
「こういうのが何かの間違いで当選したらどうするんだ」
「それはそれで面白そうじゃない。所詮は一年の任期しかない生徒会長よ。たまには新しい風を吹かせることも大事だから」
「俺は月学の今後が心配だ……」
やがて己のハーレムを築き上げたいという正直な欲望を語り始めたムギ・アストレアの演説によって会場である体育館は熱気に包まれたまま、次期生徒会長を選ぶための投票が始まった。
私はいつもどっちに投票しようか迷ってしまうけれど、ムギ・アストレアを選んだ。きっと、エレオノラ・シャルロワも彼女を選ぶはず……選ぶよね?
生徒会選挙が終わった後、私達は生徒会室にて最後の会合を行った。会合と言っても何かを話し合うわけではない。私達の最後の仕事は、次の生徒会執行部に職務を引き継ぐだけ。
こうして役員を集めたのは、ただお別れ会を開きたかったからだ。
「寂しくなるわね。こうして集まることが減ってしまうのだから」
皆に挨拶を交わした後、生徒会室に残っていたベラと明星君の二人にそう言うと、二人共驚いたような表情を私に見せる。
「……会長にもそういう感情あるんだ。見直しちゃったよ」
「私をアンドロイドか何かだと思っていたの? 例え私がそんな存在だったとしても、この一年間、苦楽を共にしてきた友人達を慕うぐらいの感情は残っているつもりだったけれど」
「むしろ、この地球を救った英雄でもあるシャルロワ家のご令嬢から友人と思われているだけで光栄だな」
「友人と会える機会が少なくなるのが寂しいだなんて、可愛い所あるね~」
と、二人は笑いながら言う。これまでは同じ生徒会に属する仲間でもあったけれど、今後はただの友人という関係になってしまう。
だからって私達の関係に変化が訪れるわけではない……そう思っているのは彼らだけなのかな。いやもしかしたら、薄々と何か感づいているかもしれない。
「じゃ、私は今日も配信があるからさよなら~明星君もまた一緒にゲームしようね~」
そう言ってベラは手を振りながら生徒会室を出ていった。
「アイツも、自分の裏の顔を隠さなくなってきたな」
「良いわね、貴方はベラからゲームに誘われて。私は一度も誘われたことないのに」
「お前もやりたいのか? お前がやるゲームって、精々デスゲームぐらいだと思うが」
「私がコンシューマー機やソーシャルゲームにすら触れたことのない世間知らずだと思われるのは良いのだけれど、デスゲームを主催してそうだと思われるのは不愉快だわ」
「それは失礼した」
ちょっとだけ考えたことあったけど。
「それに、お前は後輩の相手に忙しいだろう」
「後輩って?」
「最近、烏夜と仲が良いみたいじゃないか」
明星君がここで烏夜朧の名前を出したことに、きっと他意はないはずだ。私と彼の関係を茶化そうとしているわけでもなく、両者共通の友人として、もしかしたら助けになろうとしてくれているのかもしれない。
だけど……。
「別に、彼とは何もないわよ」
私と烏夜朧との間に、何ら特殊な関係はない。
しかし、私がそう否定しても明星君は引かなかった。
「お前は嘘をつく時……いや、自分の感情を押し殺そうとしている時、視線を下げる癖があるように思えるが」
完璧を振る舞っているつもりでも、どうやら彼にはお見通しのようだ。
「どうしてそんなことに気づけたの?」
「エレオノラ・シャルロワは俺が月学に入学するまで築き上げてきたプライドをズタズタにしてくれた人間だ。そんな奴を超えるためには、やはり相手のことを研究しなければと思ってな」
何それ怖い。
しかし、流石は明星一番。私が作り上げたネブスペ2第三部の主人公なだけはある。ネブスペ2の中でも特に厄介なヒロイン達を攻略するための観察眼は持っているみたいだ。
「実際、お前と烏夜はどうなんだ? 最近は付き合ってるんじゃないかという噂も立っているが」
「そう見えるかしら?」
「はぐらかすんじゃない。それとも、アイツとの関係は何か隠さないといけない事情でもあるのか?」
果たして、それを明星一番に隠す必要があるだろうか?
私と彼はまだ付き合っているわけではないけれど……私が彼に思いを寄せているのは事実。
でも、おかしい。
こんなことがあってはならない。
私は、エレオノラ・シャルロワは、烏夜朧との関係を絶対に認めてはいけないのだ。
でないと、明星一番とのフラグが折れてしまう。
いや、違う。
もしかして、もう詰んでる?
こんなイベントが起きること自体、あり得ない。第三部のシナリオでもトゥルーエンドのシナリオでもあり得ない。
もしかして……私、星河祭の日に、明星一番に告白しないといけなかった? え? あんな敵の宇宙船がすぐそこに迫ってるという状況で告白しろと? それはちょっと流石にそんなムチャクチャなことを考えた奴に文句を言いたい…って、それは前世の私か。
え? どゆこと?
明星一番とエレオノラ・シャルロワの二人のフラグが折れてるってことは、もうバッドエンド直行ってこと? 私は一応彼の好感度も着々と上げていたつもりだったけれど、入夏とイチャイチャしすぎた? 好感度が高い方のルートが優先された感じ? このゲームってそんなシステムだったっけ?
一人混乱している私を見て、明星一番は私が烏夜朧との関係について悩んでいるのだと勘違いした……いや勘違いというわけじゃないけれど、溜息をつきながら彼は言う。
「まぁ、シャルロワグループの会長たるお前の立場はわからなくもない。伴侶を選ぶどころか、自分の思い通りの自由恋愛というのも難しいだろう。
それに、烏夜は朽野とも仲が良いからな。あの二人は長い付き合いにもなる。俺にとっては、あの二人がまだ付き合ってないというのも不思議な話だ」
こんなの、おかしい。
どうして、私にそんなことを言うの?
私達は、真エンディングへ向かうはずじゃないの?
違う……そもそも真エンディングなんて存在しないってことなの? 前世の私の構想にはあったけれど、それは結局実装していない。
この世界が真エンディングへ向かうために進んでいる、そう考えているのは私と入夏だけ。
じゃあ、もしも……その前提が間違っていたとしたら?
「お前は、烏夜のことが好きじゃないのか?」
彼にそう問われても、私は答えることが出来なかった。
今、一瞬だけ、自分の頭をよぎったことが信じられなくて、信じたいけど信じたくない真実に気づいてしまって……私は、逆に彼に問う。
「あり得ないわ」
こんなこと、あってはならない。
「私と彼は、結ばれない運命にあるのだから」
私は、ここで軌道修正しなければならない。でないと、私達の努力が水の泡となってしまう。
でも……もう、私達は道から大きく逸れていたのかもしれない。
「お前は、運命という言葉を使って言い訳しているだけだろう」
やめて。
「お前は、仕組まれた運命なんて存在すると思うか?」
私の、背中を押そうとしないで。
「この宇宙が生まれたことも、誰かの気まぐれだと?」
気まぐれ……気まぐれだったのかな?
私は、どうしてこの世界を作ったのだろう。
「俺は、そういう存在を否定するつもりはない。
だが自分の選択は、例えその裏に自分とは違う存在、自分には観測できない第三者による介入があったとしても、俺は自分の意思で決めたのだと信じていたい」
私の、意思。
それが、この世界を生み出した根幹にあるはず。
それが、彼をこの世界に呼び寄せてしまった原因でもあるはず。
でも……彼は、この世界にいてはいけない。
「もう一度問おう。お前は、烏夜のことが好きじゃないのか?」
好きじゃない。
「私は……」
大嫌いだ。
「私、は……」
そう答えないといけないのに。
どうしても……入夏のことが頭に浮かんでしまう。
「わたし、は……」
あぁ、ダメだ私。
「彼と、ずっと一緒にいたい……」
こんなに、ゾッコンだったなんて。
「正直に言えたじゃないか、お嬢様」
そう言って明星一番は笑う。そして私は気付いた。もう、彼の恋愛相関図の中に私はいないのだと。
元から……この世界に真エンディングなんてなかったのだと。
ごめん、入夏。
私は、貴方のことを好き過ぎたみたい。
だから私は……入夏と、離れ離れにならないといけないの。




