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ゾッコンなんですね



 十二月十日、今日は持久走大会。月学の校庭からスタートし、海岸通りを通って月見山の展望台を経由してまた戻ってこないといけない。

 陸上部とか運動部に所属している子はやる気満々で、スタートと同時に私達を置いて遥か彼方まで駆けていってしまう中、私はすーちゃんとむーちゃんの三人で一緒にゆっくりと走っていた。


 「ぜぇ、ぜぇ……もう私無理……」

 「ムギ!? まだスタートしたばかりだけど!?」


 月学をスタートしてすぐにむーちゃんは力尽きてしまったため、私達は殆ど歩いているのと同じぐらいのスピードに落として三人で並んでいた。女子でも速い子は速いけれど、大体の子は友達と集まっておしゃべりしながらゆっくり走っているだし、制限時間も十分にある。

 こんな調子のむーちゃんが無事ゴールにたどり着けるかはわからないけど……。


 「さて、せっかくですし何かおしゃべりしましょう。来年の受験の話とかいかがでしょうか」

 「なんでこんな嫌なことやってる時にそんなこと考えないといけないの?」

 「ふふ、冗談です。でも乙女さんも段々と成績は良くなってるので、進学というのも良いんじゃないですか?」


 この間の期末テストも、私は無事に赤点を回避することが出来た上、何なら今までで一番点数が良かった。

 これまではどれだけテスト勉強に打ち込んでも中々良い結果が出なかったから、勉強なんて意味がないと思っていたけれど……こうやって明確な目標を設定して達成するのは、案外楽しいことなのかもしれない。


 「でも、大学とかは中々考えられないかな。やりたいこともないし……」

 「でしたら大学で見つければ良いだけですよ。今後もずっと頑張れば、いずれは上位に食い込むことだって出来るはずです」

 「乙女もスピカと一緒の大学に行けば良いんだよ。私だけハブって」

 「まぁ、ムギは芸術系の大学か専門学校だから……」


 たまに勉強することが楽しいなんていう変人と出会い、そんな彼らの言うことが今まではさっぱり理解できなかったけれど、こうして結果が出ることがやりがいに繋がるのだろう。

 と、私がちょっとだけ達成感を感じていると、隣を走るすーちゃんがニコニコと微笑みながら言う。


 「今回、乙女さんがこれだけ頑張れたのは、やはり烏夜さんからのご褒美が待っていたからですか?」

 

 まさかすーちゃんの口からその話が出てくるとは思わなくて、私は驚いて何もない地面でつまづきそうになってしまった。


 「ど、どうしてすーちゃんがそれを知ってるの!?」

 「中間考査の時、乙女さんは赤点を回避して烏夜さんと遊園地に行ったらしいじゃないですか。なので今回も烏夜さんから何かご褒美を提示されたのではないかと考えただけですよ。

  そうですね……時期も時期ですし、クリスマスデートのお約束ですか?」


 な、なんでそこまで見透かしてるの?

 この間、朧と遊園地に行ったことは二人にも伝えたけれど、そこでの出来事は秘密にしてある。でも……今のすーちゃんの笑顔は、私と朧の関係に何かあることを期待してワクワクしているみたい。


 「すーちゃんの言う通りだよ……でも、そのデートを提案したのは私の方だから」

 「やはりそうでしたか。そのご褒美のために勉強を頑張るのも良いことだと思いますよ。

  そして、お二人はクリスマスデートはどちらに行かれるつもりで?」

 「まだ決めてない……」


 クリスマスまで残り二週間ちょっと。朧が約束を忘れているとは思えないし、私も彼を急かしたいとは思わない。

 私が考えてもいいけれど、私が朧をエスコートできるとは思えない……そんな私を見たすーちゃんは、心配そうな面持ちで口を開く。


 「乙女さん。烏夜さんと上手くいってないんですか?」

 「へ? ど、どうして?」

 「だって乙女さん、烏夜さんの話題になると途端に表情が暗くなってしまうので」


 ……すーちゃんの察しが良いのは、私が顔に出やすいってのもあるのだろう。このまま変に隠していると、二人に心配をかけてしまうだけだ。

 だから、話すしかない。

 持久走大会だというのに殆ど歩きながら、私は二人に朧とのことを赤裸々に話した。



 「奪っちゃえばいいじゃん」


 私と朧とシャルロワ会長の複雑な関係を聞いたむーちゃんが一言。


 「いや、でもそれは……」

 「仮に乙女さんが烏夜さんと結ばれたとしても、シャルロワ会長が奪いに来る可能性もあるじゃないですか」

 「そんなに略奪愛みたいな展開にさせたいの?」


 朧は今、決めあぐねているのだ。朧とシャルロワ会長はかなり親密だし、もしかしたら……朧もシャルロワ会長に告白されたか、告白したのかもしれない。

 でも朧が決断することが出来ないのは、彼が私のこともシャルロワ会長のことも、同じくらい大切に考えているから、そうだと信じたい。


 「でも朧があの会長さんとそんなに仲良かっただなんて信じられないね」

 「もしかしたら私達が知らないだけで、烏夜さんとシャルロワ会長には昔から何か接点があって、乙女さんと同じように幼馴染だったのでは?」

 「そ、そういえば朧、昔シャルロワ会長のことを助けたことがあるって言ってた……」

 「じゃあ会長さんは、その時からもう朧にメロメロだったのかもね」


 正直、人としての魅力という部分で、私はシャルロワ会長にとても敵いそうにない。唯一勝っているとすれば付き合いの長さだと思っていたけれど……実は二人が幼馴染だったりしたら、私の勝ち目はない。


 「ちなみに、乙女さんはどのくらい烏夜さんのことがお好きなんですか?」

 「ど、どのくらいって?」

 「乙女は朧のどんなところが好きになったの?」

 

 私が、朧の好きなところ……。


 好きなところ……?


 一丁前に顔が良いから? 頭が良いから? 優しく接してくれるから?

 そういう要素もあるのかもしれない。


 特別なデートなんていらない。特別な場所なんていらない。学校でも、帰り道でも、ノザクロでも、ゲームセンターでも、どこでも良い。


 今まで何度も経験しているはずなのに、でも一つ一つを思い出せるわけでもない、特別な出来事なんていらない。

 ただの何気ない日常を、朧と一緒に過ごせるだけで、こんな時間が永遠に続けば良いと、それだけで私は幸せだから……。


 それだけ?

 それだけって何?

 そんな時間が永遠に続けば良いって願うことが、それだけってこと?


 違う。

 それは、神様もびっくりするぐらいのワガママなんだ。


 でも、いつか朧と離れ離れになってしまうかもしれないと考えるだけで、そんな未来を予想するだけで体が震えてくる。

 ましてや、朧とはほぼ毎日会っているのに、明日もまた会えるはずだと信じているのに……朧にさよならと伝えるのが怖いし、寂しい……。



 あぁ、ダメだ……。


 私、もうゾッコンじゃん……。







 私は立ち止まって、恥ずかしくなって両手で自分の顔を覆った。そんな私の目の前に立つすーちゃんが言う。


 「ふふ。乙女さんは烏夜さんのことが大好きみたいですね」

 「……わざわざ言わなくてもいいよ」

 「そういうところを朧に見せてあげれば、きっとメロメロだろうに」


 ……どうだろう。きっと朧をますます悩ませてしまうだけだ。

 何とか恥ずかしさや体の熱が収まって、私達はようやく月見山までたどり着いたけれど、まだ恋バナは続いていた。


 「やっぱあれだね。もう朧を家に連れ込んで裸で迫るしかない」

 

 もう恋バナというか、段々と話がエスカレートしてきている。


 「さ、流石にそういうのは……」

 「でも烏夜さんも据え膳は食べると思いますよ」

 「うかうかしてると、もしかしたら会長さんの方が強硬手段をとってくるかもしれないからね。乙女は勝負下着とか持ってる?」

 「えっと……朧がどういうのが好みなのかわからない」

 「では今度一緒に買いに行きましょう。早めのクリスマスプレゼントとして私とムギが選ぶので」

 「私の勝負下着、友達からプレゼントされたやつになるってこと!?」


 そんな話をしていると、折り返し地点である月見山の展望台へと到着した。展望台には月学の先生方や保護者が集まっていて、私達に声援を送ってくれていたけれど……展望台の一角に設けられた給水ポイントに、見慣れた顔の奴が立っていた。


 「げっ、朧……」


 右腕にギプスを巻いた朧が、給水ポイントの係員として立っていたのだ。すーちゃん達も朧から水を受け取って、彼に話しかける。


 「あれ、烏夜さんではないですか。どうしてこちらに?」

 「本当は半分だけ歩く予定だったんだけど、ここで係員として働いてもらう方が助かるって言われてね。天野先生の車に乗ってきたんだ」

 「ずるー」

 

 すーちゃんもむーちゃんもいつものように朧と接していたけれど、私はさっきまであんな話をしていたから、ちょっと恥ずかしくて二人の後ろに隠れてしまっていた。

 当の朧も、いつもと変わらぬ様子で二人と話しているけれど……。


 「もしかしてスピカちゃんとムギちゃんは、明日の生徒会選挙の票を集めているところ?」

 「そうですね。乙女さんの一票は一万票の価値があるので……」

 「全校生徒よりも多いんだけど」

 「私にも清き一票をよろしくぅ!」


 明日は生徒会選挙。そしてそれに立候補しているのは、なんとすーちゃんとむーちゃんの二人。私はどっちに票を入れたらいいかわからないなぁ……。


 「それにしても、三人は結構ゆっくり来たみたいだけど大丈夫かい? 時間ギリギリだと思うけど」

 「大丈夫です。もし何かあったら、私は二人を置いていくので」

 「え、マジ?」

 「一緒にゴールしようって言ったの、すーちゃんじゃん!?」

 「ではここから月学まで勝負です!」

 「って、ちょっと待ってー!」


 まさかのすーちゃんが裏切って、ふふふと笑顔で月見山の麓へ駆け出してしまった。むーちゃんが慌てて追いかける中、私はチラッと朧の方を見て、何か言おうと思ったけれど──。


 「頑張れよ、乙女」

 「……うん!」


 私は朧からエールを受けて、そのまますーちゃんとむーちゃんを追いかけたのだった。

 


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