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ちょっぴりだけ……



 修学旅行二日目の午前中は奈良の観光を済ませて午後は大阪へと移動し、短い時間だが大阪市内で自由行動となった。俺達の班は大阪城をぶらりと寄ったぐらいで、自由行動の時間の殆どは大阪グルメを満喫するために費やされた。

 あらゆる粉ものがブラックホールのような美空の胃袋に吸い込まれていく光景を唖然としながら見た後、本日の最終目的地である大阪市内のホテルへと集合した。昨日泊まった旅館とは違って洋式のホテルだが、相変わらず俺は大星との二人部屋だった。


 「美空ちゃん、どれだけお好み焼きとか食べたんだろうね」

 「積み上げたら通天閣ぐらいはあるんじゃないか?」

 「あながち大袈裟とも言えないね……」


 俺や大星達はもう食べ物を見るだけで吐き気がするぐらいに満腹で、せっかくの夕食を殆ど食べることは出来なかったが、一番大阪グルメを満喫していた美空の胃袋は限界知らずであった。

 

 「朧は体調大丈夫そうか?」

 「うん、全然問題ないよ。右腕もこの通り」

 「いや……お前、朝はかなり具合悪そうだったが」

 「それは、ちょっと怖い夢を見ただけだよ」


 あれは悪夢ではないはずだ。気味が悪い……と言うには、あまりにも幸せな夢だった。


 「それより、明日はいよいよ待ちに待ったU◯Jだよ。大星、楽しみすぎて眠れなかったら笑いものだよ」

 「お前も、今日ぐらいはちゃんと寝るんだぞ」


 せっかくの楽しい修学旅行のはずなのに、あの夢のせいで俺はずっと気が気でない。俺を心配してくれているのか、乙女も日中は俺にずっと付き添ってくれていたのだが……どうしても、違う人のことが頭に浮かんでしまうのであった。

 未だに気分は落ち着いていなかったが、精神的な疲労もあったのか、明かりが消えると俺はスッと眠りについた……。



 真夜中の二時頃、俺はふと目を覚ました。隣のベッドでは大星が布団をかぶって眠っている。明日の朝も早いためもう一眠りしようと思ったのだが中々寝付けず、部屋の窓から大阪の夜景でも眺めようかと思ってカーテンを少し開いた。


 月ノ宮のように綺麗な星空が見れるわけもないのだが、ホテルが大都会の真ん中にあるというのもあって、賑やかな都市ならではの明るい夜景を望むことが出来た。修学旅行ももう明日で終わりかと物思いにふけていると……窓に反射した部屋の景色を見て俺は違和感を覚えた。


 ベッドで眠る大星以外にも、この部屋に誰かがいる。俺が恐る恐る後ろを振り向くと……俺が寝ていたベッドに、長い青髪で、月学の制服を着た少女が笑顔で腰掛けていた。


 「か、カグヤさん……?」

 「やぁ久しぶり~」


 そこにいたのは、紀原カグヤ。初代ネブスペの隠しキャラであり、八年前のビッグバン事件で亡くなっている……つまり今、俺の目の前にいるのは幽霊なのだ。

 まぁ今までに何度も見てきたから慣れてしまったけど。


 「ど、どうしてカグヤさんがここに?」

 「いや、せっかくの修学旅行だから楽しそうだと思って、新幹線にしがみついてきたんだよ~。いやー振り落とされるかと思ったよね」


 幽霊って新幹線にしがみつけるんだ。絶対中に乗り込んだ方が移動は楽そうなのに。


 「何だか悩んでるみたいだね。お姉さんに何でも話してごらん?」

 「いや、大星が起きてしまいますよ」

 「だいじょーぶっ、私の術で寝かしとくから」

 「それ、ちゃんと大星は目覚めるんですか?」

 「多分大丈夫」

 「多分……?」


 これも若干夢の中の出来事ではないかと思うぐらいだが、初代ネブスペの面々の恋路を見てきたカグヤさんなら頼れるかもしれない。

 俺はカグヤさんの隣に座って、自分を取り巻く環境について説明した。勿論俺やローラ会長の前世などについては伏せたが、カグヤさんは笑顔でウンウンと頷きながら俺の話を聞いてくれていた。


 

 「贅沢な悩みをしていることは、僕もわかっています」


 俺を取り巻く環境を一番ややこしくしているのは、烏夜朧というキャラの中に月野入夏という人間の魂が転生してしまったことだ。

 だがそれとは別に、朽野乙女と月見里乙女の二人のどちらかを選ぶことが出来ずにいるという問題もある。


 「でも、二人共……僕にとっては大切な人なんです」


 俺はそんな自分が情けないが、悩んでいるだけでは前に進めない。いずれ、二人との関係を変えなければならないと理解しているつもりだ。

 すると俺の話を聞いてくれていたカグヤさんは、人懐っこい笑顔を浮かべながら口を開いた。


 「そんなの、誰も幸せにならないよ」


 カグヤさんのその言葉は、俺の胸にグサリと突き刺さった。


 「きっとね、君のことが好きな乙女ちゃんは君と接している時のローラちゃんを、ローラちゃんは君と接している時の乙女ちゃんのことを羨ましく思っていると思うよ。隣の芝生は青く見えるって言うけどさ、私もそういう経験あるもん」


 すると笑顔を浮かべていたカグヤさんの表情が少しだけ曇った。


 「私もね、ちっちゃい時からずっと一緒にいた幼馴染のことが好きだったんだ。幼馴染って関係性を羨ましがられることもあったけれど……でも、彼が他の女の子と接している時の様子を見て、ちょっぴり羨ましくなることもあったの。彼は私のことを大事に、大事に扱ってくれたから……テキトーにいなされたり、ガサツに扱われたり、ちょっぴり汚い言葉を言われたりしたいなぁだなんて、変なこと思ってたんだ」


 初代ネブスペの主人公である天野太陽の幼馴染だったカグヤさんは、八年前のビッグバン事件で亡くなってしまった。天野先生がどれだけカグヤさんのことを大切に思っていたかは、事件後の彼の様子を見れば可哀想なほどひしひしと感じられるものだった。


 「もしかしたら……コガネちゃん達は恋路の邪魔になる私が死んで、せいせいしてたかもね」

 「いや、コガネさん達はそんな人じゃないですよ」

 「ふふ、イジワルなことを言っちゃったね、ごめん。うん、コガネちゃん達は、ずっと彼のことを支えてくれたから……それは、生きているからこそ出来る特権なんだよ。私はただ、見ていることしか出来なかったから」


 今でこそこうして新幹線にしがみついてはるばる関西までやって来ているが、元々コガネさんはビッグバン事件の慰霊塔がある月研周辺に縛り付けられていた地縛霊だったのだ。あの事件に対してトラウマを抱える天野先生は一時そこに近づこうとしなかったため、ずっと会えずじまいだったのだろう。


 「……僕は、どちらかを不幸にしなければならないんでしょうか」

 「どっちを不幸にしたい?」

 「僕が望んで不幸にしたいわけじゃないですけど……でも、僕より良い人を見つけて欲しいという思いもなくはないです」


 俺がもう少し利己的だったなら、朽野乙女のことなんか気にせずにローラ会長を選んでいたかもしれない。あるいは過去のことなんて気にせず、朽野乙女を選んでいたかもしれない。

 いずれそうしなければならない時が来るだろうが……どうしたって、俺にとっては解釈違いなのだ。

 

 

 最近の夢のこともあり、精神的にこたえてきたからか俺は大きな溜息をついてしまっていたが、隣でそんな俺をジーッと眺めていたカグヤさんがふと口を開く。


 「ちなみに、君は二人とのおせっせはもう済ませたの?」


 いきなりなんてこと聞いてくるんだと俺は彼女を叩きそうになったが、なんとか思いとどまった。


 「いや、まだですけど」

 「いっそのこと、体の相性で決めたら?」


 忘れていた。

 そういえばコイツもエロゲのヒロインだったわ。


 「相性も大事だよ。相手をちゃんと満足させられないと寝取られちゃうかもしれないからっ!」

 「もしもどちらとも相性が良かったらどうするんですか!?」

 「その時はまぁ、もうちょっと踏み込んでアブノーマルなプレイを受け入れてくれる方を……」

 「僕にそんな趣味はありません!」


 さっきまでは真剣に話していたのに、何か急に悩んでいるのがアホらしくなってきた。俺が若干苛立っているのを見てカグヤさんは子どものようにケタケタと笑っていた。


 「僕は言いたくないですよ、君とは体の相性が悪いからちょっと……って」

 「百年の恋も冷めちゃうかもね。そう思うと、ブルーちゃん達は上手くやったなぁと思うよ。彼も可愛い女の子達に囲まれた青春を送っていたのに、ただ一人を人生のパートナーとして選んだんだから」


 天野先生が自分の恋路に思い悩む様子は初代ネブスペでも描写される。しかしそれは、コガネさんやレギナさんなどのヒロイン達の中から誰を選ぶかというものではなく……彼の思い出の中で生き続けていた、カグヤさんの存在があったからだ。

 そんなカグヤさんはこの世への未練なんて感じられないぐらい自由に生きているが……。

 

 「カグヤさんは、天野先生とブルーさんが結ばれるのを、心の底から祝福できましたか?」


 この世界は、初代ネブスペにおいて天野先生がブルーさんを選んだルートを正史として進んでいるはずだ。きっと二人が結ばれる過程もカグヤさんは知っていそうなのだが……隣に座るカグヤさんの表情を見て、俺はそんな質問をしたことを後悔した。


 「うれしくないよ」


 幽霊のくせしていつも朗らかな雰囲気だったカグヤさんの、今にも、人を殺めてしまいそうな程の気迫が籠もった表情を見た。


 「太陽は絶対に私と結ばれるべきだった」


 そうだ。

 大切な幼馴染のことを想っていたのは、太陽さんだけではない。

 きっとカグヤさんにも、並々ならぬ想いがあるはずなのだ。


 「私ならもっと、太陽を幸せにできたのに……」


 今にも誰かを呪い殺すんじゃないかという物々しい雰囲気だったが、カグヤさんは俺の方を向くと舌をペロッと出して微笑んでみせた。


 「なんてね。ちょっぴり悔しいだけだよ」


 ……本当にちょっぴりですか?

 


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