修学旅行in京都
月ノ宮学園の修学旅行の行先は京都・奈良・大阪の名所を巡る二泊三日の日程で執り行われる。高校の修学旅行ならもう一泊したいところだが、ネブスペ2においては現段階で一番先輩達三年生をメインとするシナリオが進行中で、俺達二年生のイベントはサブみたいなものなので、あまり濃密には描かれていない。
「うわぁ金閣寺だぁ」
金閣寺を見るのは一体何度目だろう。俺は今までのループで何度か修学旅行に同行しているし、毎度ほぼ同じルートを辿っているから、金閣寺とか清水寺を何度も見に来ている。だから全然感情のこもっていない、よくわからない感想しか言えない。
一方で人生で初めて金閣寺を拝んだらしい大星や美空達は携帯でパシャパシャと写真を撮っている。
「確か金閣寺を建てたのって足利のところのよしみっちゃんだよね?」
「お前は足利義満のマブダチなのか?」
「えっと……義満って鎖国を始めた人だっけ?」
「それ別の三代目が混じってるよ、乙女」
「とりあえず乙女は帰ったら日本史の復習だね。スピカがホテルで全部叩き込むから」
「まず鎌倉時代の摂家将軍から復習しましょうね」
「ひぇ……」
京都に着いたらそのまま班ごとに自由行動のため、俺達は事前に計画したルートに沿って移動しながら寺社仏閣を見学していた。バスとか地下鉄とかギリギリの乗り換えで計画を組んでいたため何度も慌てる場面もあったが、当初の予定通り自由行動を満喫していた。
「後は伏見城と伏見稲荷だけだね。何とか間に合いそうだし後は八ツ橋食べて集合場所に戻ろう」
「八ツ橋はお土産にとっとけよ」
「延暦寺で信長ごっこしたかった……」
「ムギ、もしかして焼き討ちしようとしてたの?」
「あと京都競馬場も……」
「修学旅行のついでに競馬を見に行こうとしてたの?」
「今日はエリザベス女王杯をやってるんだって」
「いや見に行かないからね?」
結構なハードスケジュールだったが、京都での自由行動も残り僅か。色んなところを巡ったが、時間はあっという間に過ぎてしまう。
まぁ俺にとってはこれまでのループと殆ど変わらない修学旅行の一幕なのだが……唯一違うのは、朽野乙女の存在だ。
伏見稲荷大社に到着した俺達は、伏見稲荷の名物である千本鳥居を生で見て早速浮かれていた。
「何だかこの世とあの世の境目のような雰囲気を感じますね。どこかに迷い込んでしまいそうな……」
「かくれんぼしよ!」
「美空。お前もスピカみたいにもうちょっと情緒的な感想をだな……」
「じゃあじゃんけんで負けた人が鬼ね」
「乙女、お前もだ」
「最後まで残った人にはぶぶ漬けをプレゼントしよう!」
「朧、お前もか」
流石にこんな神聖な場所でふざけたことをやるわけにはいかず、俺達は浮かれながらも千本鳥居の中を歩いていた。
大星、美空、スピカ、ムギの四人が先を行き、俺と乙女の二人は楽しげに盛り上がっている彼らのちょっと後ろをついて行っていた。
「何だか、不思議な気分」
俺の隣を歩く乙女が、大星達の背中を笑顔で眺めながら呟いた。
「どうしたの? 何か神秘的な力に引き込まれたのかい?」
「あ、もしかして私も巫女になれる?」
「コスプレは似合うだろうけど、巫女というには穢れが多いかもね」
「おい、どういう意味よ」
俺は乙女にゴンッと背中を叩かれた。たったそれだけの些細なやり取りだけでもおかしくて、俺はつい笑ってしまったが……やはり、隣を歩く乙女の表情は違った。
「ねぇ、朧……」
すると乙女は、俺の左手に恐る恐る手を近づけてきて、そのまま優しくギュッと俺の左手を掴んだ。
「こういうのも、良いでしょ?」
乙女は少し頬を染めながら、俺に照れくさそうに笑って言う。
「こういうのも、悪くないかもね」
そんな彼女に俺はそう答えて、動揺が悟られないように平静を装って笑顔を向けた。
「乙女。絶対にこけないでね。このままこけちゃうと僕は骨が折れている右腕を地面につくしかないんだから」
「顔からいけば良いじゃない」
「そんなバカな」
俺達はそのまま大星達にバレないように、手を繋いで彼らの後ろをついて行っていた。
確かに、悪くない。
悪くないはずなんだ、何もかも……でもどうして、俺は朽野乙女とのイベントを素直に喜ぶことが出来ないのだろう。
俺は、こんなにも幸せなはずなのに……。
乙女から告白されたあの日、俺達の関係は以前と比べて明らかに変わったはずだ。いつもなら何気なく交わしていたくだらない会話にもどこか歪な感じが生まれていた。俺達とよく一緒にいる大星達はそれに感づいて、俺と乙女が喧嘩したのではと勘違いしていたが……乙女は普段通り振る舞うどころか、むしろアピールが強くなったように感じる。
『私、今度の修学旅行で絶対に朧を落としてみせますから』
朽野乙女は本気だ。
アイツは言っていた。朽野乙女というキャラは、あの時の自分にほんの少しの勇気を加えた存在なのだと。これまでの関係が壊れるのではないかと恐れていた俺達とは違う。
彼女は……前に進もうとしているのだ、大切な人のために。
俺は、そんな彼女の気持ちに応えることが出来るのか……?
俺達は伏見稲荷から京都駅へと移動し、月ノ宮学園の二年生一同が集合すると、今度はバスに乗り込んで奈良方面へと向かった。
奈良市内の旅館に到着すると自分達の部屋へと向かう。ここでは班ごとではなく男子と女子で分けられるのだが、他は三~四人ずつで一部屋与えられているのに、どういうわけか俺は大星と二人だけなのに大きな部屋を割り当てられていた。
「俺達だけ余り物みたいだな」
「やっと二人きりになれたね、大星……」
「左の腕も折ってやるぞ」
「ごめんて」
まぁ俺と大星の二人だけっていうのは物語の都合上仕方ないことなのだ、これまでのループでもそうだったし。
その後、大広間で美味しい夕食をいただいたり、露天風呂でゆっくりと疲れをとったり、他の部屋にお邪魔して枕投げをして騒いだりして修学旅行の夜を楽しく過ごしていた。右腕を骨折していたからサウスポーでやっていたが、やっぱり何度やっても枕投げは楽しいものだ。
やがて就寝時間を迎え、俺は大星と部屋に戻った。普段は中々見ることの出来ない関西地方の天気予報をテレビで見て旅行に来たのを実感していると、大星がふと口を開く。
「明日は大仏と鹿を見に行って、大阪に移動して自由行動か。明日も忙しくなりそうだな……」
「美空ちゃんの食べ歩きに付き合うことになりそうだけどね。美空ちゃんって鹿せんべいとか食べるのかな」
「いや、流石に食べないだろ」
大星、美空を舐めてはいけないぞ。アイツ、これまでのループで何度も鹿せんべいをバリバリ食べてるからな。奈良公園の鹿もドン引きしてたぞ。
「大星はどう? 美空ちゃん達との新婚旅行は」
「何が新婚旅行だボケ。あと達ってなんだ達って」
「僕と乙女は、仲睦まじい大星達四人を微笑ましく見守っていただけだよ」
その節はごちそうさまでしたという感じだが、大星は呆れたように溜息をついた後、俺に向かって枕をボンッと投げつけてから言った。
「お前と乙女と大概だろうが。お前、乙女に告白したのか?」
やはり、大星には気づかれてしまっていたか。俺と乙女の間に何が起こったのかを。もしかしたら美空達も何か感づいたかもしれない。
「いいや、逆だよ。そして、僕は断ってしまったんだ」
「は? 断ったのか?
俺がそう言うと、大星はあまりに意外だったのか目を見開いて驚いていた。きっと、烏夜朧と朽野乙女のどちらかが相手に告白したら、どちらも断ることはないと思っていたに違いない。
「僕には、今を変える勇気が無かったから……」
そう言って俺が自嘲気味に笑うと、大星は笑うことなくいつになく真面目な表情で言う。
「……朧。俺達自身の性根が変わることはなくても、外から変化を強いられることもあるんだ。
変わりたくないと願ってもな……」
外から強いられた変化。大星が言うそれは、きっと八年前のビッグバン事件のことだろう。
「あぁ、わかっているさ」
俺はそう答えて、布団の上に寝っ転がった。
「さて、大星。せっかくの修学旅行の夜だし恋バナでもしよう」
「ぐごー」
「大星、寝るのはまだ早いよ!」
しかし大星はびっくりするぐらい早く寝付けてしまったため、俺も大人しく寝ることにした。
また、変な夢を見てしまうのではないかという不安を抱えながら……。




