表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

442/465

エロゲ収集担当、月野入夏



 『皆、今日は集まってくれてありがとう』


 居酒屋の一角のテーブル席。各々が頼んだ生ビールだとかレモンサワーだとかカルアミルクやおつまみがテーブルを埋め尽くす中、一人立ち上がった月見里乙女がジンジャーエールが入ったジョッキを片手に言う。


 『これは私達にとっては小さな一歩かもしれないけど、人類にとっては大きな一歩になるよ!』

 

 かのアポロ宇宙船の船長の名言を借りて彼女はふふーんと胸を張っていたが、周囲の皆は苦笑していた。


 『いや、同人サークルの立ち上げだってのに大袈裟すぎるって』

 『しかもエロゲを作ろうって話なのに』

 

 そう。この集まりは、同じ志を持つ物達が集まったサークル……月見里乙女の長年の夢である、エロゲを開発するために集めた仲間達だ。

 

 『いや、皆。エロゲを舐めちゃいけないよ。私は……エロゲからしか摂取できないエモさを全世界に広げるために、皆を集めたんだよ』


 そこのこだわりがそんなに必要かという感じだが、そんな彼女の願いを叶えるべく俺達は集まったのだ。

 まず、昔からシナリオを練りまくっている月見里乙女。そして大学やバイト先で知り合った、絵を書くのが趣味な男女三人組──。


 『やっぱりエロといえばおっぱいだな。巨乳は正義』

 『やっぱりエロといえばお尻だよね。あの柔らかさを知るのは私しかいない』

 『やっぱりエッチなのは腋だね。異論は認めない』


 なんでこんな趣味が違う奴らを三人も集めちゃったんだろう。


 『胸!』

 『尻!』

 『腋!』

 『お前ら、居酒屋であまりそういうことを叫ぶんじゃない』

 『月野君は女性の何を見て興奮するんだい!?』

 『鎖骨』

 『月野君……私達を戦争を始めるつもりなんだね……』

 『やめろやめろ、戦火を広げようとするんじゃない』


 同じオーダーで依頼したのに全然違うイラストを完成させてしまうが、イラストの腕前は他の面子も認める上手さだ。何より俺や乙女の趣味にドンピシャの絵柄なのである。


 『システム面では僕に任せなよ。小学生の時に数学オリンピックで金メダルを獲得し、飛び級で海外の大学院を卒業し、国内外のIT大手から引っ張りだこの僕が、最高のゲームを開発してみせるよ』

 『なんでこんな人がこんなところにいるのん?』

 『経歴詐称してるんじゃないかって思ったけど、どうやら本当らしいよ。ちゃんと論文が載ってたもん。アキバで大量のエロゲを買っているところを私がヘッドハンティングしたの』

 『よくそんな奴に声かけたな……』

 『ちなみに僕が好きなのは飲【ピー】モノだよ』

 『結構ハードコアだな……』


 何か経歴を聞くとびっくりするぐらいの天才というか神童がこんなサークルにいるんだけど、コイツがこんなところにいるの、もしかして人類史にとっての大きな損失なんじゃないのか? でもエロゲマニアらしいし良いのかな。


 『資金調達なら俺に任せろ。まず手始めに情報サービスを取り扱う会社を立ち上げて、今後急速に需要が高まるであろうインフラに投資もしつつ、今後少子高齢化で人手不足にあえぐであろう日本が求める省人化のために、より低コストで簡単に運用できる……』

 『ストップ、ストップ。私達、エロゲを作りに来たんだよ? なんか違うことやろうとしてない?』

 『いや、まずそのためには安定した経営基盤が必要で……』

 『でも神童がいるんだったら、そっちをやった方が儲かるんじゃ……?』

 『ちがーう! エ・ロ・ゲ! 皆! 本題を忘れちゃダメだよ!』

 『エ・ロ・ゲって何か顔文字みたいだよね』

 『知るかー!』


 もしかして一番狂ってるのコイツなんじゃないだろうか。何か志同じくする者が集まっているはずなのだが、絶対向かうべき方向性が違うような気がする。

 まぁ、情報サービスだとか人工知能がどうとかうるさいコイツを連れてきたのは俺だけど……先見の明があり過ぎてたまに何を言っているかわからないこともあるが、多分経営のセンスはあると思う。


 

 何か変な奴が色々集まってしまったが、この同人サークル結成を祝して俺達は乾杯した。俺と乙女が昔から語り合った夢が、とうとう実現……いや、まだそのスタート地点に立っただけだ。本当に作りたいエロゲがちゃんと完成するか、それが売れるかなんてわからない。しかし、その自信があるからこそ俺達は集まったのだ。


 『ITってエロいよね』

 『何この人こわい。乙女ちゃんはどうしてそう思ったの?』

 『いや……なんかこう、情報の海に溺れて脳が溶かされていくの、なんかエッチじゃない?』

 『流石は僕達のリーダーだね。情報の海にエロを求めるなんて……良いだろう、僕が実際に情報の海に脳を溶かされるアンドロイドを開発しようじゃないか!』

 『だからエロゲ作れって言ってるでしょ!』


 周りに他の客がいるってのに、こいつら堂々と猥談してやがる。もう人工知能やアンドロイドを題材にしたエロゲも存在するが、あまり要素を詰め込みすぎると話がブレッブレになってしまいそうだだ。

 そんな猥談を冷めた目で見つつ俺がサワーを喉に通していると、隣に座っていた資金集め担当が話しかけてきた。


 『なぁ、彼女はお前の幼馴染なんだろ?』

 『あぁ、そうだけど』

 『なんか……こういっちゃなんだけど、絶妙にバカっぽいよな』


 彼のそんな評し方があまりに的を射すぎていて、俺は思わず吹き出して笑っていた。

 そしてそれが聞こえていたのか、乙女の奴がこっちを向く。


 『ぜ、絶妙にバカってどういうこと!?』

 『いや、そのまんまだろ。なんかこう、たまに空回りしたりおっちょこちょいなところが』

 『褒め言葉だから』

 『バカが褒め言葉なわけないでしょー!』

 

 大分酔いが回ってきているのか、乙女はプンプンと怒りながら俺の頭を拳でグリグリと攻撃し始めた。


 『痛いって! そもそも言ったのは俺じゃなくてコイツだ!』

 『笑ったんだから同罪!』


 と、俺と乙女のいつもの夫婦漫才を見て他の連中はジョッキを片手に大爆笑。いつもこれを酒の肴にされてしまう。

 すると、今日集まった面子の内の一人がふと口を開く。


 『そういえば、月野君って何を担当するの?』


 今日、このサークル立ち上げのために集まった面子は、俺や乙女が担当を決めて集めたスペシャルな有志達だが……そういえば俺は、乙女の幼馴染だからという理由でここにいるだけだ。プログラムとかはちょっといじれるが、何か際立って得意なことがあるわけではない。


 『あ、入夏はエロゲ収集担当だから』

 『どゆこと?』

 『資料として今までに発売されたエロゲを全部集めてもらう』

 

 え? 俺は買い出し担当ってこと? しかも今までに発売されたエロゲ全部って言ってもかなりの量があるぞ。

 すると乙女はタブレットを取り出して、その画面を俺に見せてくる。


 『はい、入夏。まずはこのリストのゲーム買ってきて』

 『……おい待て。このリストにあるの、どれもこれもプレミアが付いて最低でも十万はくだらない奴ばっかりじゃねーか!?』

 『大丈夫。今後さらにプレミアが付いて元は取れるから!』

 『エロゲが投機対象になるわけねーだろうが!』

 『月野。やっぱりまずは起業して安定した経営基盤を……』

 『僕のおすすめは社内データーベースを管理するシステムの開発なんだけど……』

 『うるせーよ!』


 今じゃダウンロード販売で昔のエロゲを遊べるようになったが、パッケージ版はとんでもないプレミアが付いているものも存在する。ショップに行くとよくショーケースの中に入っていて興味はそそられるが、勿論手を出せるわけがない。

 でも……何かコレクションすると壮大な景色になりそうだな……。


 『というわけで入夏はエロゲコレクターっていう枠で』

 『いや、チーフプロデューサーみたいなノリで言うんじゃない。俺も開発に携わらせろよ、スクリプトとか』

 『じゃあ月野君、今度裸を見させてもらいたいんだけど……』

 『俺にモデルになれと!?』

 『ちなみに剝けてる?』

 『うるせーわ! 剝けとるわ!』

 『じゃあよりテキストのリアル感を出すために喘いでもらって……』

 『アホかぁ! てめーら、酒が入ったら何でも言っていいと思うなよー!』


 ダメだ、こいつら自由過ぎる。こんな一癖も二癖もある連中を集めた俺の責任でもあるが……でも、こんな集まりをとりまとめるのも悪くない────。



 ---

 --

 -



 「朧! 早く起きなさいよ!」

 「ぐぼぉっ!?」


 腹部に鈍痛を感じて俺は目を覚ました。何事かと思って飛び起きると、正面にあった物体に頭をぶつけてしまい、頭を擦った。


 「ちょ、ちょっと大丈夫? ごめん、強く起こしすぎちゃった?」

 「あぁいや、大丈夫だよ。軽くぶつけただけだから」


 隣に座る朽野乙女が少し不安そうな面持ちで俺を見つめていた。

 夢の中の景色と一変したため少し混乱したが、俺達は新幹線の座席に座っていた。飛び起きた勢いで正面の座席に頭をぶつけてしまったのだ。

 そして、車内アナウンスはもう少しで京都に到着することを伝えていた。


 「ついさっきまで会話してたのに、まさか朧がいきなり寝ちゃうなんて思わなかったわ。昨日、楽しみすぎて眠れなかったとか?」

 「うん、そうだね。朝日が上がるまで寝れなかったよ」

 「それ殆ど寝てないじゃない……」


 そう、俺達は修学旅行のため、新幹線で京都に移動していたのだ。乙女の向こう側の席では引率で付いてきていた天野先生がスヤスヤと寝ている。

 そして通路を挟んで向かいの座席には大星と美空が座っていたのだが……美空の前のテーブルには、空になったであろうお弁当が山積みにされていた。


 「……え? もしかして美空ちゃん、ずっとお弁当食べてたの?」

 「そうよ。朧が寝てた間もずっと」


 いや、いくら車両貸し切りだからって自由過ぎるだろ。あれどうやって片付けるんだよ。


 とにもかくにも、俺は右腕に固いギプスを巻いたまま月ノ宮学園の修学旅行に参加することになったのだが、今回はこれまでのループでは一度も実現できなかった、朽野乙女と一緒に来れたのだ。

 それが楽しみで昨夜あまり眠れなかったのは確かだが……あの夢は一体、何だったのだろう……?

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ