自分の命に代えられたとしても
十一月五日、木曜日。今日も昼間は学校があるため、俺は検査なんかも受けながらレギー先輩がお見舞いでくれたA◯……じゃなかった、映画を見て時間を潰していた。タイトルはすごくAVっぽかったが普通に良い映画だったと思う。
そして夕方になると、放課後にわざわざお見舞いに来てくれたベガとワキアが入院病棟の休憩スペースにてミニコンサートを開いてくれたため、俺もそれを見物させていただくことになった。
「流石はコンクールでトップをとっただけのことはあるね」
俺はベガ達の演奏を聞きながら、彼女達と同じくお見舞いに来てくれたアルタに言う。
「ここでコンサートをするのが勿体ないぐらいですよ。ワキアだってかなりの腕前なのに」
「コンクールとかに出たら良い成績残せそうなのにね。ヴァイオリンとピアノの腕前が超一流な双子の姉妹なんてそうそういないよ」
「でもワキア、今度コンクールに出たいとか言ってましたよ」
「え、ホントに?」
「はい。元気が有り余って、何にでもやる気を出すようになりましたからね」
それは良い兆候だ。ベガのヴァイオリンの腕前は勿論だが、ワキアだってピアノの腕前は相当で、彼女がもっと腕を磨けばより多くの人達を感動させられるはずだ。
「んで、アルタ君はベガちゃんとワキアちゃんのどっちの方が好きなの?」
「帰り道には気をつけてくださいね」
「いやいやいやいや、こんな問いかけだけで先輩に手をかけようとするんじゃないよ。
やっぱり、あの二人のことは特別かい?」
するとアルタは、今も素敵な音色を奏でるベガとワキアの方を見ながら、珍しく優しい笑顔を浮かべながら言う。
「……僕はあまり他人に興味がない薄情な人間だと思っていたんですが、誰かを特別に思うのも悪くないなと思いましたよ。僕におせっかいを焼いてくる皆のおかげです」
「アルタ君……!」
「あ、烏夜先輩は違いますけど」
「違うんかーい!」
前にアルタは誰を選べば良いかわからない的なことを天野先生に相談していたが、今の彼の表情を見るにそういった迷いは吹っ切れたのかもしれない。
きっとアルタは今後も、ベガやワキアのような愉快なヒロインに囲まれながら生きていくのだろう。あのヒロイン達の相手をするのは結構過酷だと思うが、アルタも満足そうにしてるし頑張ってもらおう。ウチの妹は中々にドSだと思うけど。
……でも良いよな君は! そうやって当たり前のようにハーレムを作れて! 選び放題で良いよな!
俺はもうどうすればいいのかわからねぇよ!
と、アルタに文句を言ってもしょうがない。かといって諸悪の根源である俺の前世の幼馴染に言ってもしょうがない。彼女を諸悪の根源と呼ぶのもおかしい話だ。
アルタやベガ達と別れて俺は病室に戻り、ベッドに寝転がって天井を仰いだ。
困ったことに、この世界はどんどん進んでほしくない道を進もうとしている。
ネブスペ2原作では、全てのヒロインのグッドエンドやバッドエンドを回収してからようやく、ニューゲームを選んでゲームを開始するとトゥルーエンドの世界を遊ぶことが出来る。俺が何度も死に戻りを繰り返してエンディングを回収してきたから、ある程度はトゥルーエンドの条件を満たしているはずなのだが、この世界では年が明けて早々に世界が滅ぶ運命にあるため、そこを切り抜けなければならない。
そこで俺とローラ会長が立てた仮説が、ネブスペ2だけでなく初代も含めたNebula's Spaceの世界を完成させることで、世界の滅亡を防ぐことが出来るのではないかというものだ。本来は前世で俺の幼馴染が完成させるはずだったそれは、彼女の死によって実現することはなかった。
この世界は、そんな世界を実現させるため……そして俺達も、そのために転生させられたのではないかと思っていた。
なのにどうして……俺が、この世界での幼馴染と、前世の幼馴染との間で板挟みに遭わなければならなくなったんだ?
答えは簡単だ。俺が烏夜朧に転生してしまったから、こんなややこしいことになってしまったのだ。俺がこの世界に転生するには、まず花菱いるかというキャラに転生して、八年前にビッグバン事故を起こして死ななければならないという手順を踏まなければならないが、どう足掻いても花菱いるかは八年前に死んでしまう運命にある。
本来は、俺の前世の幼馴染である月見里乙女が転生したローラ会長は第三部の主人公である一番先輩と、そして烏夜朧は朽野乙女と結ばれるのがごく自然な流れなのだ。
だが、何かが狂ってしまったのだ……。
「何辛気臭い顔してんのよ」
そんな声が聞こえたと同時に、天井を見つめていた俺の顔に何か柔らかいものが飛んできた。それを取って顔を上げると、ロザリア先輩、クロエ先輩、そしてメルシナの三人が病室を訪れていた。
「え、もしかしてお見舞いに来てくれたんですか!?」
「勿論ですっ。大切なローラお姉様を助けてくださったのですから!」
「シャルロワ家の家訓の一つでもあるよ。いざ鎌倉ってね」
「家訓にそんなのあるんですか?」
確かに俺はローラ会長を助けた形ではあるが、まさかこの三人がお見舞いに来てくれるとは思わなかった。
そして最初に俺の顔に投げつけられたものを見ると、それはゲーセンで取ってきたらしい動物のぬいぐるみだった。
「これ、ロザリア先輩達がゲーセンで獲ったんですか?」
「入院中でも寂しくないようにと思いまして」
「もしかして僕、結構子どもだと思われてる?」
「サザクロのお菓子はもう貰ってると思ったから、私からは経口補水液をプレゼントするわ」
「普通にありがたいですね」
「私からはスプーンを。これをマイスプーンとして授けよう」
「結構実用的なのくれるんですね」
骨が折れた右腕に巻かれたギプスは手の先まで固定しているため、結構指を動かすのが難しい。そのため病院食はスプーンで食べているのだが……何かすんごい高そうな箱に入ってるけどなにこれ? わざわざスプーンのためにこんな高級そうな包装が施されているの? 怖いから値段は聞かないでおこう、流石はシャルロワ家だ。シャルロワ家の人を助けて良かった。
俺はもうそれだけで満足していたのだが、ロザリア先輩達はすぐに帰ろうとはせずに俺が寝ているベッドを囲んでいた。
「そういえば、ローラ会長はどちらに?」
「何か予定があるって言ってたよ。今日も来るって言っていたけれど」
「でも、アイツがいない方が好都合ね。アンタに聞きたいことあるから」
「へ? 何ですか?」
するとメルシナがドンッとベッドの柵を掴んで、真剣な眼差しで俺を見ながら口を開いた。
「朧お兄様。単刀直入にお伺いします。
シャルロワ家に嫁がれるご覚悟はありますか?」
成程。
あー、ヤバいかも。
俺、すんごい選択を迫られてる。
どうやら彼女達は、俺がローラ会長のパートナーとして相応しい人物なのか、定めに来たらしい。
「ないです」
俺はきっぱりとそう答えた。
少なくとも、今の自分の正直な答えはそれだ。
「しかし、僕はローラ会長を守るためならば、この命を捨てる覚悟は出来ています」
俺がそう答えると、ロザリア先輩はいきなり俺の頭にゴンッと思いチョップを食らわせてきた。
「バカね。アンタが死んだらアイツが後追いしかねないわ」
ロザリア先輩は溜息をつきながら、呆れたようにそう言った。続けてクロエ先輩が苦笑しながら言う。
「そうだよ。君が寝てる間、ローラはすごく憔悴してたんだから」
「そんなに憔悴してたんですか?」
「メル達がいくら止めても、気分を紛らわすために永遠にラーメンを食べ続けてたんです」
「こわ……」
何か落ち込んだときに食欲を無くす人はよくいるが、そういう負の感情を食欲で発散しちゃうタイプだったかぁ。
でも、彼女が落ち込んでいる姿は直接見ていなくても容易に想像できる。
「烏夜朧。覚悟なんて出来てなくて当たり前よ、アイツと付き合うってなったら想像を絶するぐらい大変だと思うから」
「現に私達もいくらか手伝ってるけど、ヒィヒィ言ってるからね」
「で、でもっ! 朧お兄様なら、ローラお姉様を支えられるはずです!」
ダメだ。
俺にはまだ、迷いがある。
迷いがあるから、嫁ぐ覚悟があるなんて言えなかった。
あぁ、嫌になる。自分が烏夜朧の皮を被っていることが。
きっと、烏夜朧なら……彼なら、もっと格好良く、スマートに対処していたはずなのに……。




