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これは激しめのクリームパイ



 テミスさんの部屋に入るのはかなり久しぶりのことだ。このループでは物語の進行への影響を最小限に留めるため、俺達の素性を悟られないように極力接触を避けてきたのだが……黒いカーテンが締め切られた部屋の真ん中、本当に占いで使うのかもわからない水晶玉が置かれたテーブルの前に俺は座った。

 そして俺の正面に座るテミスさんは、ニコニコと不気味な笑顔を浮かべながら口を開く。


 「さて、ボロー君。今日はどんな占いが良いかしら?」

 「それって選べるものなんですか?」

 「えぇ。松・竹・梅から選べるわ」

 「旅館のお食事コースみたいですね。では松で」

 「わかったわ。ちょっと準備してくるから待ってて」


 するとテミスさんは一旦部屋を出ていって、一時すると何かの機械の駆動音のようなものが外から聞こえてきた。そして戻ってきたテミスさんが部屋の扉を開いた時、その駆動音の正体がチェーンソーであると気付かされた。

 あれ? もしかして死に方を選ばせてくれるって話、まだ続いてる?


 「あの、テミスさん」

 「何かしら?」

 「それって本当に占いに必要なんですか?」

 「えぇ、そうよ」

 「他のコースに切り替えられませんか? 竹コースで」

 「わかったわ」


 凄腕占い師のテミスさんのことだから、やり方はおかしくてもちゃんとした結果が出るはずなのだろうが、一歩間違えると俺の体がバラバラになってしまいそうだ。

 そしてチェーンソーを持って部屋を出ていったテミスさんが再び戻ってくると、今度は散弾銃らしき銃を持ってやって来た。


 「あの、テミスさん」

 「安心なさい、これはエアガンよ」

 「それで占いをするんですか?」

 「えぇ、そうよ。これでロシアンルーレットをするの」

 「今から梅コースに切り替えられませんか?」

 「もう、仕方ないわね」


 ロシアンルーレットをするなら、せめてリボルバーにしてほしかった。

 そして散弾銃を持って部屋を出ていったテミスさんはガラガラとサービスワゴンを持ってきて、その上にはいくつかクリームパイが乗せられていた。


 「はい、じゃあパイ投げをしましょう。じゃんけんで勝った方は相手の顔面にクリームパイを投げつけて、負けた方はお皿で顔を守ること。相手の顔に二回パイを当てた方が勝ちね」

 

 まぁチェーンソーや散弾銃を使った占いよりかはマシだと思って、俺はテミスさんとパイ投げ勝負をすることになった。

 もうこれで何が占えるのかなんていう疑問は捨て、右手側にパイを、左手側に防御用のお皿を用意して、テミスさんとじゃんけんをする。


 「じゃーんけーん……ぽん!」


 俺はグー、テミスさんはパー。俺はすぐにお皿を持って防御しようとしたのだが──。


 「甘いわ」


 一瞬にして俺の顔がパイ生地に包まれた。


 「まだまだ若い子には負けられないのよ」


 もうそこら中にパイ生地が飛び散ってますけど大丈夫ですか。そして意外と容赦ないなこの人。

 気を取り直して二戦目。


 「じゃーんけーん……ぽん!」


 俺はグー、テミスさんはチョキ。俺はすぐにクリームパイを持って、テミスさんの顔に思いっきり叩きつけた。


 「やるわね」


 なんでこの人は顔面にパイ生地を食らってるのに、こんな優雅な佇まいなんだ。

 そして早速お互いリーチがかかった三戦目。


 「じゃーんけーん……ぽん!」


 俺はチョキ、テミスさんはパー。俺はまたテミスさんの顔面にクリームパイを思いっきり叩きつけるも、即座にお皿で防御されてしまう。


 「フフ、まだ甘いわ。このクリームパイより甘いわ」


 いや、絶対それ言いたかっただけだろ。


 その後もお互いリーチがかかった状態で両者一歩も譲らぬ戦いを繰り広げ、迎えた十戦目……。


 「あら、負けちゃったわね」


 ようやく俺はテミスさんの顔にパイ生地を投げつけることに成功したが、お互いの体どころか部屋中パイ生地が飛び散っている。しかも負けた割にはテミスさんはフフフと笑いながら、顔面にべったりとついたクリームを舐め取っていた。


 「ちなみにクリームパイには中◯しという意味のスラングもあるのよ」

 「いや別に聞いてないんですけど、そんなこと」

 「とても激しかったわ、ボロー君の」

 「いや変な意味に聞こえるのでやめてくださいよ」

 「しかも二回もだなんて……」

 「こう仕組んだのはテミスさんじゃないですか!」


 どういうわけかパイには色々なスラングがあるが、それは置いといて。

 なんかただただお互いにパイを投げつけあっただったが、これも一応テミスさんの占いだ。テミスさんは自分の顔についたパイ生地を手で掴んで食べながら言う。


 「さて、ボロー君のを散々搾り取らせてもらったけれど……」

 「ここに来てから、そんなくだりありましたか?」

 「そう思うと私の体に飛び散るパイ生地も……」

 「占い! 占いの結果を!」

 「そうだったわね」


 俺も自分の顔についたパイ生地を食べているが、結構美味いなこれ。残ったパイ生地もモグモグといただきながら、俺は占いの結果を聞く。


 「そうね……今の私からボロー君に助言できることと言えば、『貴方の目標に到達した時、貴方自身がどうなるかを考えてみなさい』、というところね」

 

 俺の目標……というのは、このNebula's(ネブラズ) Space(スペース)の世界で真エンディングに到達することか?

 その時、俺がどうなるか?

 ……どうなるんだ?


 「僕自身がどうなるか、というのはどういう意味ですか?」


 真エンディングなんて原作にもないから、どんな終わりを迎えるかなんて俺にもわかりっこないのだ。

 するとテミスさんは、なおも自分の顔についていたパイ生地をつまんで食べながら言う。


 「私は、ボロー君が……いえ、貴方の魂が、他の世界から来ていることを知っているわ」


 ……流石はテミスさんだ。

 一体このパイ生地の投げつけ合いでどうやってそれを知ることが出来たのかはわからないが、全てお見通しということか。


 「でも、ボロー君の素性を詮索したりはしないわ。貴方はそれを嫌がっているみたいだから」

 「どうして、僕が他の世界から来たと信じることが出来るんですか?」

 「私もね、趣味でこの世界とは別の並行世界が存在するんじゃないか、高次元、低次元の世界が存在するんじゃないか、この世界、いえこの宇宙はどうやって始まって、どうやって終わるのか、それを占いで導き出そうとすることもあるのよ。あくまで趣味だけどね。

  未だに宇宙の全てを解明できたわけでもないのに、他の宇宙があったって別に驚きはしないわ」


 このNebula's(ネブラズ) Space(スペース)の世界が、前世の俺が生きていた世界から見てどういう位置にあるのかはわからない。ゲームの向こうだし低次元だろうか? それとも並行世界?

 今の俺にとっては、幸か不幸か現実そのものだが……。


 「今のボロー君を悩ませているのは、どうも貴方の生い立ちとか色々複雑に関係しているみたいね。ボロー君が恋愛に悩むなんて意外だったけれど、今の私から他に言えることは無いわ。

  少なくとも、貴方が恐れるような未来は来ないはずよ」

 「僕に死相とか見えませんか?」

 「死相? いえ、むしろ逆ね」

 「逆というと?」

 「うーん……なんだか表現しにくいけれど、貴方がそう簡単に死ぬとは思えないわね」


 以前、あんなにもしつこく死相が濃いと言われ続けていたのに、それが無いなんて新鮮だ。やはり常に死相が濃かった頃は異常だったのだろう。


 「それにまだ若いんだし、迷ったらこれぐらいやっちゃってもいいのよ」


 テミスさんは自分の体や顔にべったりと付いたパイ生地を俺に見せながら言う。


 「いやどういう意味ですか?」

 「だからパイ生地を……いや逆ね。相手のパイに……」

 「これ以上はやめましょう、テミスさん」

 「それは残念」


 その後、俺は顔や体に付いたパイ生地を拭き取って、アストレア邸を後にした。

 

 俺はテミスさんに素性を明かすことも覚悟していたが、どうやらテミスさんは俺達の事情を察してくれたようだ。今の段階でも殆どバレそうだし、テミスさんが本気を出したらあっさりバレてしまいそうだが……テミスさんの占いの助言をイマイチ理解できないまま、何も出来ない内に星河祭当日を迎えようとしていた……。



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