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死に方は選ばせてあげるわ



 「分裂したい」


 それが、俺の今の率直な気持ちである。


 「へ? 急にどうしちゃったの烏夜先輩?」


 放課後、俺がただただ無意味に時間を潰していたノザクロでバイトしていたワキアが、不思議そうな表情で俺の顔を覗き込んできた。

 

 「ほら……ゾウリムシみたいに分裂できたら便利そうだなと思ってさ。同時に二つ消化したいタスクとかあるでしょ?」

 「確かに。ご飯食べるのとお風呂に入るのを同時に出来たら時短になるもんね」

 「僕が単細胞生物だったらなぁ……」

 「烏夜先輩はがん細胞じゃなくて?」

 「ワキアちゃんも中々尖ってきちゃったね……」

 「こういうこと言えるの烏夜先輩相手ぐらいだよ」


 あれからずっと俺は放心状態にあるというか、この世を生きている感じがしない。家に帰ると夢那や望さんが、そして学校では大星達が俺の異変に気づいて心配してくれたのだが、何があったかなんて言えるはずがない。

 だって乙女は、今日も何事もないように過ごしていたのだから……。


 「でも烏夜先輩って最近そんなに忙しいの? 星河祭の準備、そんなに大変?」

 「いや、そっちは人手もあるし順調に進んでるよ」

 「じゃあ同時に二人以上にナンパしたいとか?」

 「それはやりたい願望があったとしても、人としてどうかと思うよ」


 と、俺はワキアの問いに真面目に答えていたのだが、ワキアは訝しげな表情で俺をジーッと見つめてきた。


 「……そういえば最近の烏夜先輩ってあまりナンパとかしてないもんね。さては愛人が出来たとか?」

 「いや愛人じゃなくてせめて彼女って言って欲しいんだけど。それにそういう話じゃないし」

 「でも烏夜先輩、なんだか妙にローラお姉ちゃんと仲良いよね……あの鉄仮面をどうやって籠絡したの……?」

 「いやいやいやいや、あの人が彼女だなんて恐れ多いよ」


 そうか、やっぱりワキア目線でもその関係を怪しく感じてしまうのか。ワキアはローラ会長と仲が良いし。

 だが惜しいんだよワキア。やはりこの子は侮れない。


 「ちなみにさ、アルちゃんの体も分裂したら良いなぁって私は思うんだよね。今、お姉ちゃん達とどうやってアルちゃんの体を分け合おうか話し合ってるんだけど、綺麗に分けるのが難しくて」

 「え? 分け合うって何? 体の部位ごとってこと?」

 「そうそう。私はアルちゃんの鎖骨とか肋骨とか、あの骨が浮き出てる感じが好きなんだけど……」


 何を当たり前のように言ってるのこの子? もしかして第二部のヒロイン勢で文字通りアルタの体を分け合おうとしてるの? なんか前にも分け合おうとしてなかった?


 「……ちなみに夢那はどこを欲しがってた?」

 「膝とくるぶし」

 「そうか……」


 頑張れ、アルタ。俺は君の体がバラバラになって発見されても驚きはしない。どうも君が少々癖の強い子に好かれるのが運の尽きだったのさ……。



 その後、ノザクロの閉店時間が迫ってきたため、俺は退店して一人で月ノ宮海岸を歩いていた。十一月も迫ってきて、日中はまだ暖かいが日が沈むのも早くなってきたし、この時間になると潮風で凍えてしまいそうだ。

 でも今は、そんな潮風に吹かれながら感傷に浸りたい気分だった。


 『好きだよ、朧』


 一日経った今でも、何度もあの時の情景が目の前に蘇る。


 『私の、ただ一人の、大切な人でいてほしい』


 薄々、いつかその時が来るだろうと俺もわかっていたはずだ。彼女は何度も勇気を出して、俺にその思いを伝えようとしていた。その度に色々邪魔が入ってしまって有耶無耶になっていたが……そうだ、彼女は朽野乙女なのだ。俺が知っている前世の幼馴染よりも、ほんのちょっとの勇気があったが故に……。


 『僕みたいな奴に絆されちゃダメだよ、乙女』


 あれは、烏夜朧としては許されない言葉だっただろう。


 『僕はまだ、大切な人なんて選べない』


 烏夜朧が、あんな情けない言い訳をして、あんな口実で幼馴染の告白を蔑ろにするわけがない。

 でも、俺は……烏夜朧の皮を被った月野入夏という人間は、朽野乙女の告白を受け入れることが出来なかった。


 烏夜朧という人間は、朽野乙女のことが好きだったのだろうか?

 それは、今の俺にもわからない。

 ただ……幼い頃の自分を救ってくれた大切な人の真剣な告白を、あんなふうに断るとは思えない。


 本来は俺も、朽野乙女の恋を応援するべきだった。俺は彼女をこのネブスペ2という世界でヒロインにしたかったのではないのか? 一体どれだけ前世で、彼女がヒロインじゃないことを嘆き悲しんだと思っている?

 もしも俺が烏夜朧でない第三者に転生していたなら、彼らの背中を快く押していたことだろう。

 だが……どうやら俺の本心は、それを許せなかったらしい。



 『ねぇ、入夏。私の恋人になってよ』


 月野入夏の記憶には、もう一人の乙女の存在が色濃く残っている。あの時、俺が朽野乙女からの告白を断ったのは、彼女の顔が頭に浮かんでしまったからだ。


 いずれ、そんな究極の選択を強いられるのではと俺も危惧していた。だがこんなにも早いとは思っていなかった。

 でも今の俺は……朽野乙女を選ばなかった。今の『俺』という存在はそれだけ、月野入夏としての意思が強いということなのだろうか?


 あぁ、情けない。

 俺は何を、こんなにウジウジと思い悩んでいるのだろうか。

 朽野乙女を傷つけたと思い込んでいるから? 否、彼女は俺が思っている以上に強い人間かもしれない。

 ただ……月野入夏という存在が、朽野乙女と烏夜朧という二人の関係を崩してしまったかもしれないという悔しさが、ひたすらに襲いかかっていたのだった。



 『……ズルいよ、そんなの』


 あの時、乙女はどんな思いだっただろう。

 きっと、自分が知っている幼馴染とはかけ離れた言い訳の数々に失望したことだろう。


 『それに……私が、私が大好きな人のことを、そんな貶さないでよ……!』


 例え断られるにしても、きっと烏夜朧なら違う答え方をしていたはずだ。後腐れもなく、いつもと変わらない日常に戻っているだろう。

 

 じゃあ……もしも相手が朽野乙女ではなく、月見里乙女だったなら?

 俺は受け入れるのか? 受け入れることが出来るのか?

 その時は、自分の中にまだ残っているかもしれない烏夜朧のせいにして、なんとなくはぐらかすのでは?


 

 俺はローファーのまま砂浜の上に立ち、砂浜に押し寄せる白波を眺めていた。今日はあまり波が立っていないからかサーファーの数も少ない。

 いっそのこと台風の時ぐらい海が大しけで嵐のような天候だったなら、俺はこのまま砂浜に膝をついて自分の情けなさを、愚かさを嘆いて喚き叫んでいたかもしれない。

 それぐらいの刺激があった方が楽だったのに……どうして海はこんなにも穏やかなんだ。


 「何か悩み事?」


 俺は突然声をかけられ、声がした方を向いた。すると、魔女のような黒いローブを羽織り、フードを被ったいかにも魔女っぽい人が砂浜を歩いて俺の方へ近づいてきていた。


 「……テミスさん。どうしてこちらに?」


 テミス・アストレア、スピカとムギの母親であり凄腕占い師。その数々の占いで、というかもはや超能力じみた奇跡の力で、俺を何度も助けてくれた人だ。

 テミスさんはフードを取ると、俺に笑いかけながら口を開いた。


 「だって、今にも入水自殺しますって雰囲気の人が波打ち際にいたら声もかけたくなるでしょ?」


 諸事情あってこのループではテミスさんを頼っていないが……こんな時に彼女と出会うとは、なんて運命的なのだろう。


 「そうですね。そんな気分でした」

 「あら、そうだったのね。じゃあこれから私の家に来ない? ウチの娘達は今日、友達の家に泊まるって言っていたし、死に方は選ばせてあげるわ」

 「あ、止めてくれるわけじゃないんですね」


 俺は、自分の素性がバレるのも覚悟の上で、テミスさんを頼ることにした。



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