乙女、エ◯ァに乗れー!
十月二十五日。星河祭直前の貴重な休日ではあるが、俺は先の中間考査で赤点を回避した朽野乙女との約束通り、テストを頑張ったご褒美として葉室市にあるテーマパーク、UniverseSpaceJapanを訪れていた。
ついこの前、ローラ会長と一緒に来たばかりだが、ハロウィンが近いこともあってか園内のスタッフやマスコットはハロウィンらしいコスプレをしていて、チケットも可愛らしいカボチャやお化けが描かれている特別仕様となっていた。
「よっしゃー! まずはジェットコースターよ!」
「子どもみたいなはしゃぎ方だね。昨日はちゃんと眠れた?」
「いや、流石にそこまで子どもじゃないわよ」
だが目の輝きっぷりと、今にも走り出しそうな程のウキウキしている姿は、まさに子どものようである。夏場に大星達と行けなくて残念だったが、まさかこんな機会があるとは思わなかった。
しかし……。
「ん? どうかしたの?」
「……いや、なんでも。それより早く並ぼうか、乙女はアトラクションを全部巡りたいんでしょ?」
俺は乙女の前を歩いてジェットコースターへと向かう。
これまでのループも含めると俺は何度もこの遊園地を訪れているのだが、朽野乙女と、しかもこうして二人きりで来るのは初めてのことだ。今までだと乙女は六月に強制退場させられていたから、かなりレアなイベントなのだが……乙女の私服姿なんて何度も見ているはずなのに、いつもとファッションは変わらないはずなのに、どうしてこうも胸が高鳴ってしまうのだろう?
「ふーっ。死ぬかと思ったわ」
「いや大袈裟だね。でも確かに死にそうな叫びはしてたね、乙女。まるで心臓発作で死んだ時みたいな」
「心臓発作で死ぬ時にそんなに叫ぶの? もっと静かに死なせてよ」
俺の耳の鼓膜が破れるかと思ったぜ。でもジェットコースターを含め絶叫系アトラクションは叫んでなんぼのものだ。
「にしても朧、結構平気そうね。そんなに絶叫系得意だったっけ?」
「ふっ、僕はもうこれぐらいじゃ動じないよ」
「何だか不服だわ……」
俺が今までどれだけこの遊園地のジェットコースターに乗ってきたと思っているんだ。まぁそれでも叫ぶことは叫ぶけど。
それに……なんだか乙女と一緒ということに付加価値でもついているのか、なんだかいつもより特別な時間のように思えた。
「次は何に乗ろうか……あ、何か仮装行列が来たね」
「いや百鬼夜行じゃない、あれ」
ハロウィンという時期だからか、俺達の前のメインストリートを仮装行列が練り歩いていたのだが……ろくろ首とかのっぺらぼうとかあずきあらいとか妖怪ばかりで、この前月ノ宮駅前に現れた百鬼夜行のようだ。
「何だかこの前のことを思い出すわね……」
「あ、ろくろ首がこっち来た」
「ろっくろ~」
いやろくろ首はそんな鳴き方しないだろ絶対。
「あ、写真撮ってくれるみたい。結構フレンドリー」
「じゃあカメラはのっぺらぼうに任せて……」
「いやのっぺらぼうがカメラ使えるの?」
「ぺら!」
「鳴き声それなんだ」
「ぺら足すぺらはー?」
「え? ぺらぺら?」
まさかネブラスライムとかの宇宙生物が変身しているんじゃないかと疑っていたが中にはちゃんとキャストさんが入っているようで、妖怪達と何枚か写真を撮ってもらえた。本格的に月ノ宮周辺が妖怪の聖地になってしまいそうだ。
「やっぱコーヒーカップは回してなんぼよね」
「後悔しても知らないよ」
「大丈夫よ!」
その後、コーヒーカップで調子に乗った乙女が案の定グロッキーになったり……。
「あ、見て。羊レースってのをやってるわ」
「競馬みたいだね」
「差せー! 差せー!」
羊達のレースを見て熱狂している乙女を見て苦笑いしたり……。
「見て、鯉に餌やりが出来るみたいよ。朧、飛び込んできなさいよ」
「オーケー、僕が餌になるってことだね……ってなんでだよ!」
遊園地の真ん中にある池に生息する鯉達にのどかに餌やりなんかをした後、俺と乙女は最新のVRを体験できるという屋内施設へ向かった。どうやら天体での船外活動を体験できるようで、俺と乙女の二人はVRゴーグルを被って宇宙へと飛び出した。
「うわ、やば。何だか体がふわふわするんだけど」
「乙女、身長の倍ぐらい飛んでるよ。今のうちに身体検査受けときな」
「私はそんな重くないわよ! それよりほら、早くミッションやらないと」
俺達はゴーグルをつけてコントローラーのスティックを動かしているだけだが、このゴーグル内の映像だけで本当に月面にいるかのような感覚に襲われてしまう。しかも映像もかなり鮮明で、自分達がいる星からは青い地球を見ることが出来た。
「んで、ミッションって何だっけ?」
「今、僕達がいる小惑星が地球に衝突しようとしてるから、ぶつかる前にこの小惑星の地中奥深くに核爆弾を仕掛けないといけないんだ」
「どっかで聞いたことのあるシチュエーションね……」
そして俺達の側には何かの映画で見覚えのある、巨大なドリルが装備された乗り物が。絶対二人でやるミッションじゃないってこれ。
「何か私、そういう映画で真っ先に死にそうな感じするわ……」
「そうかな? むしろ乙女は地球で大切な人の帰りを待ってる側じゃないかな?」
「それに対して朧ってガスの噴出とかに巻き込まれて、宇宙空間にふっ飛ばされてそうね……」
「うん、否定できない」
ドリルの操縦は乙女に任せて、俺はドリルがぶっ刺さっている地面を監視しようとしたのだが、突然警報音のようなものが鳴り響いて、画面が赤く点滅する。
「な、何事!?」
「乙女! あそこにガ◯ダムが!」
「なんでー!?」
何故か俺達がいる小惑星にガ◯ダムが現れ、俺達に銃口を突きつけている。急に世界観どうしちゃったんだよ、俺達には地球を救う使命があるはずなのに。
するとドリルを操作する乗り物に乗っていた乙女が叫ぶ。
「あ、何か赤いボタンが光ってるんだけど押しちゃって良い!? ポチー!」
「って、もう押してるー!?」
「何かヤバい音してるんだけど!?」
もしかして自爆ボタンなのではないかとも思ったが、乙女が謎のボタンを押した途端、彼女が乗っていた乗り物が変形を始め、まるでガ◯ダム……ってよりかトラ◯スフォーマーみたいなロボットになった。なんだこの世界観。
「いけ、乙女! そのロボを操縦して戦うんだ!」
「えぇ!? 私が戦うの!?」
「乙女、エ◯ァに乗れー!」
「アンタそれ言いたいだけでしょうが! ってかもう乗ってんのよ私は!」
いきなりロボットを操縦しろだなんて滅茶苦茶な話だが、意外と乙女はロボットを乗りこなして、ビームみたいな弾丸を撃ってくる敵ガンダムの攻撃を躱しながら接近し、拳でぶん殴って倒していた。
「ふぅ。やっぱりロボの戦闘は格闘戦に限るわね」
「乙女、パイロットの素質あるよ。将来連邦軍に応募してみたら?」
「ガ◯ダムよりかはゲ◯ターロボの方が好きかも……」
アル◯ゲドンみたいなミッションをさせられるかと思ったらガ◯ダムと戦わされてしまったが、何か見ていただけの俺も子どもみたいにはしゃいでしまった。ループを繰り返しているとたまにこういう細かいところが変わってくれているから、一応新鮮さもあるのだ。
それに……何よりも、朽野乙女と二人でこの場所に来れたのが、何よりも特別に感じられた。




