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知らないからこその不安



 中間考査も終わり、ようやく星河祭の準備に集中できる十月二十三日。星河祭実行委員でもある俺……いや正式な実行委員ではないけれど、喜んでご奉仕させてもらっている俺は、リスケだとか展示品の確認のため各部活の視察に勤しんでいた。


 『これは夏のある日、月ノ宮海岸に海水浴に訪れていたとある家族を映した写真。幸せな家族と素晴らしい風景を映すはずだった写真の奥、海から大量に伸びる足が──』

 「あ、足が生えてる!?」


 俺はオカルト研究部の部室で彼らが星河祭当日に流す予定の心霊動画を見せてもらっていたのだが、早速海から伸びる無数の足とかいう奇怪なものを見せられた。なんか一瞬ゾクッてしたけど、なんだこれ。

 俺が若干震えていると、クロエ先輩がドヤ顔を決めながら言う。


 「どう、私が集めた心霊映像は」

 「これってクロエ先輩が集めたんですか!?」

 「そう。私のコレクションだから」


 その後も心霊写真が何枚か紹介されて俺は震え上がっていたが、とうとう本題の映像系が始まる。


 『こちらは夏のある日、月見山のバンガローを利用した学生達の日常を映した映像だ……』

 『おはよ~ございま~す』

 『今からスヤスヤ寝てるス【ピー】ちゃん達に寝起きドッキリをしかけたいと思いま~す』


 映像にはモザイク処理が施され、音声も加工されているが、何か見知った面子が映っている気がする。

 これはもしや……俺達が定期的に開催している天体観測の時の映像か? 男子組と女子組に別れてバンガローを利用しているが、なんか楽しいことしてるな。

 モザイクで個人は特定できないようになっているが、多分美空とムギ、乙女の三人が、寝ているスピカとレギー先輩にドッキリを仕掛けようとしているらしい。


 『そしてドッキリのために用意したのがこちら。レ【ピー】先輩の知り合いに作ってもらったム【ピー】ちゃんの精巧な骸骨です。目が覚めた時に側に骸骨があったら、きっと良い驚き方してくれるよね~』

 

 結構ヤバいドッキリしてるじゃん。もしかしてレギー先輩が所属してる劇団の小道具さんあたりに頼んだのだろうか、こんなことのために?


 そして美空達三人はスピカとレギー先輩が寝ている部屋にビデオカメラを設置して部屋を出ていった。あとはこのまま二人が起きるのを待って、反応を楽しむだけなのだが──美空達が出ていってから数十秒後、目を覚まして起き上がったのはスピカでもなくレギー先輩でもなく、ドッキリのために置かれていた骸骨であった。


 『おわかりいただけただろうか……』


 え? 何か骸骨が起き上がってゆっくりとカメラの方を見てきた瞬間に映像止まったんだけど?


 「あの、クロエ先輩」

 「どうかした?」

 「これって僕の同級生からもらいました?」

 「うん。滅茶苦茶面白かった」


 いや面白かったじゃなくて、この後美空達は一体どうなってしまったの? 俺が今も普通に接している美空達、実はもうこの世の存在じゃなかったりする?

 むしろ美空達からこの話を一切聞いたことがない方が怖いが、映像は続く。


 『こちらは夏祭りを訪れた、とある夫婦を映した映像だ……』


 やはり個人の特定を避けるためモザイク処理が施されているが、なんか天野先生とブルーさんのような二人が映し出された。おそらく七月の七夕祭を映した映像のようだが──屋台を巡っている二人の背後に映る、異常な存在が──。


 『うらめしや~♪』


 ……。

 ……なんか、月学の制服を着た知り合いが天野夫婦の後ろでダブルピースしてるんだけど。


 「あの、クロエ先輩。これ、カグヤさんじゃないですか?」

 「心霊でしょ?」

 「いやそりゃそうかもしれないですけど」


 カグヤさんがニッコニコしながら天野夫婦の後ろでダブルピースを決めている。幽霊がダブルピースしてることあるの?


 その後もいくつか心霊映像を見せられたが、どれもカグヤさんと思しき幽霊が出てくるだけで、最後を締めくくるのはやはり、月ノ宮駅での百鬼夜行騒動であった。


 「結構なボリュームですね」

 「本当はもっとあったけれど、一日じゃ流しきれないから諦めたの。良かったらあげようか?」

 「いえ間に合ってるので」


 俺もホラーにそんなに耐性があるわけではないが、身近にカグヤさんという存在がいるから、幽霊という存在を大分コミカルに受け入れられるようになってきた。俺の感覚、大分狂ってきてないかな。



 その後もデリバリー部だとか遠山の金さん部とかヘンテコな部活の視察へ向かい、星河祭前の調整も大詰めというところで、俺は本日の仕事を終えて帰路につこうとしたのだが……ローラ会長からLIMEで連絡が来た。


 『体育館の男子トイレの一番奥の個室のドアを六回ノックして』


 何この連絡。これってトイレの花子さんを召喚する時の儀式じゃないか?

 半分おふざけかもしれないが、まぁ彼女のことだし多少は意味のあることなのだろうと信じて、俺は体育館にある男子トイレに入り、一番奥の個室を手順通り六回ノックした。


 『ノックしたぞ』

 『じゃあその場で三回回ってワンと鳴いて』


 やっぱり俺は彼女のおふざけに付き合わされているだけなのだろうか。しかし今更拒否してもしょうがないため、俺はその場で三回回ってワンと鳴いた。


 『鳴いたぞ』

 『じゃあドアを開いてみて』


 言われた通りドアを開くと──そこには洋式トイレではなく、地下へ伸びる階段が続いていた。想像していたものとは全く違う攻撃が広がっていて驚いたが、無機質なコンクールとの空間を降りていくと、とても学校の敷地内とは思えない、何か大きな銀行とかにありそうな厳重な扉に突き当たった。

 もしやと思いながら扉の前に立つと、やがてゴゴゴと重低音を上げながら扉がゆっくりと開き、中からローラ会長が現れた。


 「ごきげんよう。核シェルターへようこそ」

 「いやようこそじゃねぇんだよ」


 普通の学校に核シェルターが備わっているだなんてどんな世紀末な世界って感じだが、これは来たるべき宇宙からの攻撃に備え、シャルロワ財閥主導で秘密裏に建設されたものだろう。

 中はインテリアなど小洒落た小物が置いてあるわけもなく、無機質な鉄筋などがむき出しになっているが、月学の全生徒どころか周辺住民も収容できそうな空間が広がっていた。


 「すげぇ広さだな。いつの間にこんなの作ってたんだ」

 「夏休み期間よ。月ノ宮学園の理事長や月ノ宮の町長からも承認を得たプロジェクトだけど、費用は全てシャルロワグループで負担したわ。かなりの出費になってしまったけれどね。これで何も起こらなかったら笑いものだけど」


 だが備えるに越したことはないだろう、かなりの数の人の命がかかっていることだし。攻撃に備えて準備できることがあるなら、最大限のことはやっておくべきだ。


 「本当は避難訓練とか出来たら良いんだけどな。防災訓練とかはあっても、宇宙人の侵略から避難するってケースは普通想定しないもんな……」

 

 七夕の前例はあったが、じゃあ宇宙からの侵略に対してどう対応するかというのは各国異なっている。一応全世界的な取り組みとして宇宙への監視体制を強化したり、日本では自衛隊の即応体制を整えたりしているが、やはり敵の手の内をよく知るネブラ人しか迎撃は出来ないだろう。この世界でSF映画みたいなことは起こしたくないし……。


 「でもあんな面倒な入り方する意味あるのか? もっとキーパッド式のパスワードとかで良かっただろ」

 「いえ、あれはおふざけよ。別にワンワン鳴いてる意味なんてないわ」

 「意味ないんかーい!」


 俺がただ辱めを受けたのは腹立たしいが、核シェルターの中を見せてもらった後、俺はローラ会長と核シェルターを出てそのまま校門へと向かう。

 すると校門を出てすぐのところでローラ会長がふと立ち止まって言う。


 「貴方は、セカイ系って言葉の意味を知ってる?」

 「あぁ……なんとなくでしかわからないが、要は今の俺達がいるこの月ノ宮を中心に物語が進行してるってことだろ?」

 「要するにそういうことね。普通、敵がいつどこに攻撃してくるか、今の技術じゃそんな正確にわかるわけないのに、私と貴方は星河祭当日、彼らが月ノ宮を攻撃することを知っている。

  不思議なものね。こればかりは、私達がどう運命に抗おうとしても、とても避けられそうにないんだもの」


 この世界がNebula's(ネブラズ) Space(スペース)2ndという美少女ゲームの舞台であることを知っているのは、現実世界から転生してきた俺とローラ会長だけだ。だからメタ推理のようなものでこの先に起こり得るイベントをなんとなく予測できるが、この世界の住人達は違う。

 だが急に何の話だろうと俺が不思議に思っていると……ローラ会長は儚げな笑みを浮かべて俺に言った。


 「じゃあ、私達の関係って、一体どうなるのかしら?」


 この世界にとって、月野入夏と月見里乙女という存在はイレギュラーだ。本来この世界に存在するはずがないのだから。

 本来、ネブスペ2では……こうして烏夜朧とローラ会長が二人で一緒に帰るだなんて、ありえない。だからこそ彼女は、しきりにそんな不安に苛まれてしまうのだろう。


 「どうなるもこうなるも、終わってみないとわからないだろ」


 原作のストーリーに沿って世界が進むならまだしも、俺達は原作にはない真エンディングを目指して進んでいる。俺達が本当の意味で自由になるのは、ネブスペ2のストーリーが終わる来年の三月のことだろう。


 これまでのループでは、そこまで辿り着いたことがないため、ネブスペ2の物語が終わったらどうなるかはわからない……そんな不安が彼女を襲ったのだろう。

 ローラ会長は不安げな表情で、俺に抱きついてきた。


 「私は、入夏が突然いなくなってしまいそうで、怖いの……」


 俺は今までに何度も死んできた。まだ見ぬ真エンドを求めて。

 きっとそれが、彼女の脳裏に色濃く残っているのだろう。


 「そんな顔されたら、置いていけるわけないだろ……」


 幸い周囲に通行人はいないが、誰かに見られたら大変な場面だ。しかし俺は彼女の不安を少しでも和らげようと、彼女の体を抱きしめ返した。前世で、彼女を置いていった俺が言える口ではないが、それが今の俺に出来る精一杯の行動だった。


 

 元々、ローラ会長のメンタルは限界を迎えていたのだ。俺がこの世界に転生したことに気づく前から何度もループを繰り返していて、強制的にバッドエンドを迎えさせられる世界で生きることを諦めた。

 一度壊れてしまった心がそう簡単に回復するわけがない。本当は今の立場も投げ捨てたいぐらいだろうに、彼女は今もエレオノラ・シャルロワとして生きている。

 

 だからこそ、諸般の事情を知っている俺が彼女を支えないといけないのだが……それよりもここ最近、朽野乙女とローラ会長とのイベントが立て続けに起きていることが、とても恐ろしく感じられた。



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