僕の好きなタイプは、まずシャツのボタンが……
最近、朽野乙女とローラ会長、いや彼女に転生した月見里乙女の、二人の『乙女』との関係性に悩んでいる中、俺は中間考査が終わった放課後に天野先生のオフィスを訪れていた。何故かペットとして飼われているネブラネズミのネ◯コ……じゃなかった、ネネコは餌をたらふく食べてスヤスヤと眠っていた。
俺はなんとなく暇を潰しに来ただけだったのだが、同じロケットに夢を馳せる者として天野先生を尊敬しているアルタが、憔悴しきった様子で訪れていた。
「実は、好きな人を一人に絞り込めなくて……」
なんか思ったよりもアルタは深刻な問題を抱えていた。俺はアルタの事情を色々知っているから思わず笑ってしまいそうになったが、一応は教育者である天野先生はアルタに優しい笑顔を向けながら言う。
「なるほど。確かに鷲森君って仲の良い女の子が何人かいるね。双子の琴ヶ岡さんのどちらかを選べないとか?」
「いや、六人ぐらいいて……」
「あぁ思ったより絞り込めてないんだね」
その六人の内訳は、琴ヶ岡ベガ、琴ヶ岡ワキア、白鳥アルダナ、十六夜夢那、鷹野キルケ、そしてカペラ・アマルテアだろう。意外とアルタも絆されていたんだなぁ。
俺も最初のループの時は似たような悩みを抱えていたから、彼の気持ちはよくわかる。俺は色々イベントもあってベガを選んだけど……元カノとかどうこうと考えるとややこしいことになってしまう。あの世界でベガが存在ごと消失してしまったのは、それだけ俺の決断が間違っていたという証でもあったのだろう。
俺も一応経験者とはいえ、彼にアドバイス出来るほどまともな経験があるわけではない。きっとアルタも彼なりに真摯に向き合いたいのだろう。
「昔はそういうことは一切考えなかったのに、いつしか恋というものを自覚するようになって……もしかして僕は、自分のことを慕ってくれている人達に良い顔だけして、実は酷いことをしてしまっているんじゃないかと、気が気でないんです」
ごめんアルタ、その言葉は俺に刺さるからやめてくれ。何度も死に戻りを繰り返して禊は終えたつもりなんだ。
「つまり、それは焦りってことかな? 自分達の関係をはっきりさせたいというわけだね?」
「そうですね……でも、自分が本当に恋をしているのかもわからないし、一番好きな人なんて選べなくて……」
アルタもそんな悩みをすることあるんだ。今までの世界だとちゃんと一人ずつ選べていたのに……アルタの中ではやはり幼馴染の琴ヶ岡姉妹の比重が大きいかと思っていたが、いつの間にかキルケやカペラも追い上げてきていたのか。一体林間学校で何があったというんだ。
しかし、そこで全員と中途半端な関係になるのを嫌がるのは、アルタらしい誠実さかもしれない。そんな悩みを俺にも打ち明けてくれるのは嬉しいし、そんな思春期の少年の悩みを、前作主人公の天野先生はどう答えるのか──。
「まぁ全員と付き合っちゃえば良いんじゃない?」
ごめんアルタ、やっぱこの人に相談するべきじゃなかったと思う。
「ぜ、全員と付き合う!?」
「別に付き合うって言ってもさ、誰だって最初から結婚前提とか、人生のパートナーを選ぶために付き合う人は少ないよ。そんなの短い付き合いでわかることじゃないし、こういう時期なら尚更ね。衝動的な恋もあるし、お金や性欲の発散が目的のこともあるし、全てが長続きするわけでもないんだから」
それは俺じゃないけど烏夜朧というキャラの心に刺さるからやめてくれ。
「それにね、僕も月学にいた頃は好きな人が十人ぐらいいたし、皆と付き合おうって本気で考えてたんだよ」
「先生って昔はかなりやんちゃだったんですか?」
「どうかなぁ。でも今の僕がただ一人の大切な人をパートナーに選べたのは、やっぱり何かあったんだと思うよ」
「その何かとは?」
「さぁ。あまり覚えてない」
「そこが大事なんですよ!」
流石前作でハーレム系主人公をしていた人だ。ネブスペ2は各主人公につき四人のヒロインがいるが、初代の主人公は天野先生ただ一人だ。何か大分落ち着いた風に見えたけど、やはり根はあまり変わっていないのかもしれない。
「でもね、鷲森君が好きな女の子を選べないっていうのは、ただたくさんの女の子とイチャイチャしたいって欲望があるんじゃなくて、君にとって大切なこと……自分の人生をかけるほどの、譲れないものが根幹にないのかもしれないね」
「それってアルタ君が好きなロケットとかではなく?」
「なんていうか、鷲森君自身が好きなものとかじゃなくて、ポリシーみたいなものかな。例えば自分の子どもがほしいとかほしくないとか、老後はこうしたいだとか、そういう人生の岐路において重要なこともそうだし、例えばテーブルマナーとか店員さんへの態度とか、そういう些細なことでも良いんだよ。それでぶつかって別れちゃうこともあるんだから」
アルタはロケットの開発に自分のエネルギーの大半を注ぎ込んでいて、良くも悪くもその要素を取っ払った時の彼らしさというものが無いのかもしれない、と天野先生は言っているのだろう。
「例えばね、優しい人なんてこの世界に探せば何人もいるし、笑顔が可愛い人なんてのもザラにいるよ。そこは人の好みも関係するから数はバラバラかもしれないけれど。
でも、自分の好きなタイプは優しい人です、って言ってる人だってこの世の優しい人全員がストライクゾーンに入るわけじゃないんだ。実はもっと細かい条件があることに自分が気づいていないこともある。例えば僕の好きなタイプは、まずシャツのボタンがはち切れそうな程おっぱいが大きくて、タイトスカートが悲鳴を上げるほどお尻も大きくて、唇も艷やかでプルップルで、褐色だけどシャツとか水着の日焼け跡が残っていて、太もももムッチムチで、いつでも自分を赤ちゃんのように甘えさせてくれる母性や包容力があって、毎日おでかけのチューとおかえりのチューをしてくれて、料理はいつも裸エプロンで……」
「先生、先生。もう大丈夫です」
天野先生、貴方の目の前にいる生徒を見てください。ロケットの技術者としての貴方を尊敬していたアルタが、すんげぇドン引きしてます。なんで生徒相手に自分の性癖を暴露してるんだこの人は。俺ももうちょっと早く止めるべきだったけど、本当はもう少し聞きたかった。
「まぁ僕は好きなタイプに色々こだわりはあるけれど、今の僕のパートナーは全然違うんだよ。土下座すればおでかけのチューやおかえりのチューをしてくれたり、裸エプロンもしてくれるけれど、そもそも褐色肌じゃないしかなりスレンダーな体型なんだよね。でも僕が彼女を人生のパートナーに選んだのは……」
天野先生は言葉を詰まらせたが、やがて天井を仰ぐと口を開いた。
「大切な思い出の、続きを見たかったからかもしれないね……」
……天野先生には紀原カグヤという大好きな幼馴染がいたのだが、彼女はビッグバン事件で亡くなってしまい、その直後にカグヤさんと生き別れの双子であるブルーさんと出会った、と。初代ネブスペの作中でも、天野先生自身がブルーさんにかつての自分の幼馴染の姿を投影しているだけではないかと苦悩しているシーンが何度もあるのだが……なんか半分ぐらいふざけた話だと思って聞いてたのに、急にしんみりしてきたな。ブルーさん相手に土下座してチューしてくれるようねだる話、絶対生徒に聞かせない方が良いと思うよ。
天野先生のアドバイスがどれだけ役に立ったかはわからないが、アルタは天野先生にお礼を言ってオフィスを出ていった。そしてオフィスに残っていた俺は天野先生に問う。
「先生って、月学にいた頃って結構モテてたんですか?」
「モテていたってよりかは、僕が一方的に好きだったんだよね。色々大変な時期だったから、そういう辛さから逃げたかったのかもしれないけれどね」
プレイヤー視点だとどう見てもモテてたけどね、この人。なんかちょっと片鱗は出てたけど、今の姿からは考えられないほどスケベ野郎だったこの人がそれでも好かれてたのは、他にも魅力があったからかもしれないが。
「それに、先生が言っていた思い出って……」
「あぁ、烏夜君も知ってるんだったね。最近、この月ノ宮のあちらこちらで出没してるっていうお化けさんだよ。彼女と色々な思い出を語り合いたいって気持ちもあるけど、今はあまり会いたくないかな……彼女に何を言われるかわからないからね」
と、天野先生は笑っていたが……先生、後ろの窓を見てください。天野先生を滅茶苦茶恨めしそうに見ている怨霊が窓に張り付きながらこっちを見てますよ。




