青春なら合法
星河祭にてウチのクラスが催すのはメイド&執事喫茶。これはネブスペ2原作と変わらない。俺、烏夜朧がおふざけで提案したものが何故かそのまま通されたのだ。まぁ多数決で決まったのだから仕方ない、決して俺の趣味なんかではないのだ。
さて、やはり文化祭は当日も楽しいものだが、その準備も中々青春というものを感じられる……まぁ、俺はこの世界を何十周もループしているから、何度も星河祭に参加したし、何度も星河祭当日に殺されたからね。良い思い出も嫌な思い出もいっぱいだ。
やはり喫茶店を開くともなればどんなメニュー、材料、機材を用意するか考えなければならないが、俺達のクラスのコンセプトはメイドと執事。当然その衣装を用意しなければならない。
俺達はノザクロにてその作戦会議を開いていたのだが、そういった衣装を頼む相手といえば……。
「ぐへへ……元々素晴らしい素材の可愛いおにゃのこを、私が作った完璧なデザインの衣装で染め上げるの、最高だぜぐへへぇ……」
初代ネブスペのヒロインの一人、ネレイド・アレクシス、通称レイさん。現在は隣町の葉室市郊外でアパレルショップの店長をやっているため気軽に呼びやすくなったが、メイド服の少女を眺めながら気色悪い笑い方をしているのはヤバいと思う。
そしてそんな衣装を着せられているのは、烏夜朧の幼馴染である朽野乙女である。
「え、えぇっと……ど、どう? 似合ってる?」
元々ノザクロで働いている乙女や夢那達が着ているメイド服も、かつてここでバイトしていたレイさんが自分でデザインしたものであり、それがいつしか制服(非公式)になっていたのだ。そのメイド服も結構可愛いデザインだが、今回レイさんが試案として用意したものはさらにミニスカでフリルもたくさんついていて、さらにネコ耳や尻尾も着けており──。
「これは十八禁だね」
「そんなレベル!?」
どんだけループを繰り返してもこういうメイド服のデザインが変わることはなかったのだが、今回はネコ耳と尻尾が追加されている。何度も苦労してきた俺への神様からのプレゼントだろうか。お金を払わずに合法的にこれを見ることが出来るなんて、やはり青春は最高だ。
「倫理シール貼らないと……あと黒幕とかで覆わないといけないね、教室」
「いかがわいいお店みたいになりませんかそれ」
「大丈夫、ウチらが学生の時もそんなノリだったから」
「……さぞかしマルスさんがキレてたんじゃないですか?」
「ご明察。最終的にマルちゃんもメイド服着てたけどね」
そして乙女だけでなくスピカやムギ、美空、そして全然関係ないのに暇そうだったから捕まえられたレギー先輩もレイさんのメイド服を着せられていた。
「なんで……なんでオレがこんな格好を……!」
「良いね~レギー先輩。くっ殺感ある」
「くっ殺感……?」
「レギー先輩も最後の星河祭なんだし、記念にそれで一日過ごせば良いんじゃない?」
「無理だ……こんなの階段登れねぇ……!」
本当に関係ないのにレギー先輩が可哀想だ。でもレギー先輩、貴方は第一部のヒロインなんだからこのイベントに巻き込まれたんだと思います。
そして、その第一部の主人公である大星はというと……。
「屈辱だ……」
何故か大星までメイド服を着せられていたのであった。すんごいやさぐれた顔でネコ耳とか尻尾までちゃんと着けてるの面白い。
そんな彼を見て、美空達はニヤニヤしながら彼の屈辱的な姿をジロジロと物色しながら言う。
「良いじゃ~ん。大星、似合ってるよ。写真撮って良い?」
「ダメに決まってるだろうが」
「でも大星、タキシードより似合ってるよ」
「そんなこと言われても嬉しくないんだが?」
「でも男性がタキシードを、女性がメイド服を着なければならないという固定観念ももう時代に置いていかれてしまうのでは?」
「オレもそう思う」
「いや、本人が嫌がってるなら別だろうが!」
でもこういうのりも学生ならではという感じだ。俺も前世の学生時代、友人達がこういう風にふざけているのを見たし。
そして美空達に茶化されて苛立っている大星が、今度は俺の方を見て言う。
「朧! どうしてお前もメイド服を着せられているのにそんな平気そうなんだ!?」
……。
……ま、実は俺も大星達と同じくミニスカメイド服を着て、頭にはネコ耳を付けて、そして尻尾まで装着していたんだけどね。
「大星。考えてもみなよ、こんな素晴らしい服を合法的に着ることが出来るなんて最高じゃないか?」
「わかるかぁ!」
何度も死を乗り越えてきた、いや乗り越えたんじゃなくて死んできた俺に怖いものなんてない。死の運命を回避できるなら俺は喜んで女装するさ……いや、絶対こんなイベント関係ないだろうけど。
そして、実は大星以外にも被害者が一人。大星の背後に隠れていた『彼』は気配を消していたようだが、残念ながら美空達に見つかってしまう。
「……お~やっぱり素材が良いと似合ってるね~流石はアルタ君だね~」
と、彼の従姉である美空がニヤニヤしながら彼の頭をポンポンと叩いていた。
そう、乙女と共にノザクロのシフトに入っていたアルタも何故か巻き込まれてしまい、大星や俺と同じようにメイド服を着せられていた。だがウィッグを着けているわけでもないのに、パッと見は完全に女の子である。
そんな彼を見てレイさんが目を輝かせる。
「まさかこんな逸材がこのお店に残ってたなんて……! ねぇ君、チャイナ服とか興味ない? チアリーダーとかどう?」
「嫌です」
「まぁまぁそう言わずに。お姉さんが可愛くコーディネートしてあげるから、ぐへへ……」
アルタは俺に助けを求める目を向けてきたが、俺はスッと視線を逸らした。この前の七夕祭でもアルタは巫女服を着せられていたが、なんでアイツはあんな破壊力を出せるんだ。アルタもヒロインの一人とカウントして良いのではないだろうか?
なんてイベントを終えた後、いつもなら乙女と一緒に帰るところなのだが……俺は用事があると断って、一人で夕方の海岸通りを歩いていた。水辺だと涼しさも感じられるのだが、中々夏の暑さが消えゆく気配はない。
すると、一台のリムジンが俺の側で停車した。いや、なんかお迎えが大袈裟過ぎないかと怖いのだが、今の彼女の立場を考えれば当然の処置だろう。俺はリムジンに乗り込み、中に乗っていたローラ会長の隣に座った。
「今日はどっか遊びに行ってたんじゃないのか?」
先日、星河祭実行委員会の事は自分達に任せろとオライオン先輩や一番先輩に言われたローラ会長は殆ど委員会を欠席している。今日はノザクロで乙女達と衣装合わせする予定があることを彼女に伝えていたから来るだろうと思っていたのだが……そんな呑気なことを言っていられるほど、彼女の表情は明るくなかった。
「再び、太陽系に彼らが現れたかもしれない」
彼ら、というのは……およそ三ヶ月前、地球を襲撃したネブラ人の船団のことだろう。
「一時期離れていたのか?」
「そうみたいね。おそらく私達からの反撃を恐れていたか、私達の迎撃能力を伺っていたのでしょうけど……その危険性はないと見て、また現れたみたいね」
「いつ地球に来るんだ?」
「当然、星河祭当日でしょうね」
向こうが立てている計画の内容を知ることなんて出来ないが、ネブスペ2原作のことを考えると、十一月一日、星河祭当日が物語上において大きな転機となるはずだ。
そしてトゥルーエンドの世界線なら、ネブラ彗星が観測されるだけでなく、それに伴って新たなネブラ人の船団が現れ、同時に地球ではネブラ人の過激派が混乱を引き起こすはずなのだが、俺とローラ会長が目指している真エンドの世界では、全く異なるイベントが起きてしまうだろう。
「じゃあ、うかうか星河祭なんてやってる場合じゃないってことか?」
当然、敵のネブラ人の船団は月ノ宮を襲撃するだろう。そう決まったわけではないが、運命がそう告げているような気がした。
しかしローラ会長は首を横に振ると、俺に笑顔を向けて言った。
「いえ、私達はあくまでいつも通り過ごさないといけないの。
これは、起こるべくして起こることなんだから」
……まるで悪人みたいな言い草だなぁ。




