誰かが頼ってくれないと怖い
気がつけばもう十月。まだしつこい夏の蒸し暑さが残る中、月学では十一月一日に迫る学園祭、星河祭に向けての最初の実行委員会が開かれていた。各クラスから選出された実行委員が参加し、帚木大星、鷲森アルタ、そして生徒会役員である一番先輩とネブスペ2の主人公達が勢揃いという中で、俺は生徒会の手伝いという名目でしれっと参加している。
いつもは生徒会長でもあるローラ会長が色々進行していくのだが、今日は副会長であるオライオン先輩や一番先輩の二人が中心となって委員会の議事を進めていた。
そして各クラスや部活動の出し物について時間や場所を調整している中、一番先輩がふと口を開く。
「今年は妖怪関連の出し物が多いな。ウチに妖怪部ってあったか?」
「オカ研のことじゃなくて?」
「そういえばこの前、創部の依願が来てたからハンコ押しちゃったわ」
ウチってそんな簡単なノリで部活動が作られているのか。オカルト研究部はまだ良いが、妖怪部は具体的に何をする部活なんだろうか。
と、資料を色々眺めていると俺はあることに気づいた。
「あれ? 妖怪部のすぐ側で幽霊部が出店するみたいですけど、こんな部活ありましたっけ?」
「もしかして、会長……」
「覚えてないわね」
「これは幽霊関係の部活なのか、あるいは存在しない部活なのか判断しかねるな」
もうまとめてオカ研ってことで良いだろと思っていると、三年生のクラスの実行委員として参加していたクロエ先輩が口を開く。
「じゃあオカ研はその目の前に出店するよ。圧倒的な恐怖でこの月学を支配する」
「それはもう恐怖政治だろうが」
「でも妖怪部も幽霊部も、何か心霊写真を展示するだけみたいだけど」
「じゃあウチは心霊ビデオを流すから」
「呪われそうだからやめてくれ」
月学の一角がすんごいホラーみたいになりそう。他のクラスでお化け屋敷とかやるんだから二番煎じ感は否めないが。
すると、今度は一年生のクラスの実行委員として参加しているアルタが手を挙げた。
「あの、そのオカ研の真後ろでロケット部が模擬ロケットの打ち上げを予定しているんですけど大丈夫ですか?」
「絶対大丈夫じゃないでしょ。もっと広いところで出来ない?」
「中庭は吹奏楽部がコンサートをする予定でステージが作られている。校庭はスリラー部がスリラーを踊る予定だし……」
「スリラー部ってなんですか!?」
「ダンス部のお家騒動で分裂した部活の中の一つね。でも星河祭の最後にロケットを打ち上げる予定だけれど、そのロケットとは違うものを打ち上げるの?」
「僕が天野先生と開発した新型ロケットを打ち上げる予定なんですけど、結構毒ガスが出るんですよ」
「そんなものを校庭で打ち上げようとするんじゃない!」
ヤバい、アルタがロケット技術者だった天野先生に師事したことでさらなる技術力を手に入れてしまっている。吹奏楽部がコンサートをやって、スリラーを踊っている連中がいて、心霊写真を展示したり心霊ビデオを流してる連中がいる中でロケットを打ち上げるとかカオス過ぎるだろ、ウチの文化祭。
こうやってどうして部活動として成り立っているのかわからない各部活動や各クラスの出し物の時間や場所を調節する作業は案外楽しいものだが……一旦星河祭当日の大まかなスケジュールや予算をざっくり決めて今日の実行委員会はお開きとなった。
各クラスの実行委員が帰っていく中、俺やローラ会長達は会議室に残って次の委員会の議題だとか話し合う予定だったのだが、一番先輩がふと口を開く。
「んで、どうして実行委員でもないお前がここにいるんだ?」
「今更ですか。僕は親切心溢れる生徒だから、きっと忙しいであろう生徒会の方々のお手伝いをしようと思って来たんです」
俺だってわざわざ忙しい仕事に参加したくはないが、ネブスペ2原作だとどういうわけか烏夜朧は星河祭実行委員会にしれっと参加しているから、俺も毎度ローラ会長達に無理を言って参加させてもらっているのだ。まぁ意外と楽しいものだけれど。
一番先輩は呆れたように溜息をつき、オライオン先輩も苦笑いしていたが、ローラ会長はニコニコと微笑みながら口を開く。
「でも良いじゃない、人手があって困ることはないわ。色んな仕事を押し付けてあげましょう」
「いや押し付けるのはやめてくださいよ」
だがローラ会長はこちらの事情を色々理解してくれているから、特に拒む様子もなく受け入れてくれる。彼女が協力者だと心強いと改めて気付かされる。
そして残った面子で軽く話し合いを始めようとしたのだが──。
「じゃあ、会長は烏夜君に仕事を任せて帰っちゃおう!」
「へ?」
「え?」
オライオン先輩の発言に俺もローラ会長も驚いた。
「確かにな。会長は働き過ぎだ、家のこともあるんだし少しぐらいは俺達に任せてほしい」
「いえ、そんなの悪いわよ。私は生徒会長なんだし、別にこれぐらいお茶の子さいさいよ」
「だーめ! こういう時は会長がさっさと帰らないと誰も帰れなくなっちゃうでしょ! ほら帰った帰った!」
「ちょ、ちょっとー!?」
と、ローラ会長はオライオン先輩に無理やり背中を押されて会議室から出て行かされた。何かローラ会長がこうしてやられている展開は珍しい。
ローラ会長を追っ払うと、オライオン先輩はふぅと息をついてから言う。
「会長はこうでもしないと、この前みたいに倒れるまで働いちゃうんだから。ちょっとぐらいは私達に任せてもらわないとねっ」
ローラ会長が過労により倒れてしまったのは一ヶ月以上前の話だが、そこで少し休養をとったとはいえローラ会長の忙しさが軽減されたわけではない。学業は常に優秀で生徒会長も務める傍ら、シャルロワ財閥の会長として経営に携わっているのだから……きっと俺との時間も、そんな忙しさの合間を縫って用意してくれているに違いない。
なんて話していると、会議室の扉が開いた。すると先程まで実行委員会に参加していたクロエ先輩が、ロザリア先輩を連れて戻ってきた。
「流石にローラの代わりにはなれないけど、あの子に倒れられちゃ私達も困るのよ」
「力になれるかわからないけど、頑張る」
……。
……え、この二人がローラ会長のために?
何この展開。原作だと中々に歪な姉妹仲だったというのに、ロザリア先輩とクロエ先輩の二人が、ローラ会長のためにと行動しているだと……!?
確かにこの世界ではシャルロワ四姉妹の仲はかなり良化していると実感していたが……まぁ過労でぶっ倒れたり命を狙われたりと大変過ぎるからな、あの人。
こうして星河祭実行委員会は、これまで生徒会長として月ノ宮学園の中心だったローラ会長の負担を減らすため、ロザリア先輩達も加わったのだが……。
「私、嫌われちゃったのかしら……」
一番先輩達との話し合いを終えて生徒玄関へ向かうと、先に帰ったかと思っていたローラ会長が一人で俺のことを待ってくれていた。何か柱の影に座り込んでものすごく落ち込んでるけど。
「いやどうしたんだお前」
「なんだか、もう私のことは必要ないって思われてるのかもしれない……」
「そんな落ち込み方あるか?」
もしかしてコイツ、周囲から頼られることが生きがいだったのか? でも彼女の前世はあまり自分に自信が無かったタイプだし、周囲から頼られることが嬉しくて、それが自信へと繋がっていたのかもしれない……。
「いいか、わざわざロザリア先輩達まで参加してお前のために頑張るって言ってくれてるんだ。これは親切だと思って喜んどけ、お前に仕事を任されることで喜ぶことだってあるだろうし」
「でも自分の仕事を奪われたら何をすればいいの?」
「だから休んどけって言ってるだろうが」
「貴方も実行委員に参加してるのに?」
「じゃあメルシナとかと戯れときゃ良いだろうが!」
「それもそうね」
……そういえば、暇を潰すと言ってもローラ会長が気を許せる相手の殆どが星河祭実行委員として参加してるから、遊ぶ相手がいないのか。コイツってそんなに友達少なかったっけ?
いや……敵のネブラ人から命を狙われているぐらいだから、ますます疑心暗鬼になって心の底から友人と楽しく遊ぶというのも難しいかもしれない。
「暇だったらノザクロとかに行けばいいだろ。メイド服姿の乙女とかワキアとかキルケに会えるぞ」
「そうするわ……今度から愛しの乙女ちゃんをprprしてくる……」
「prprするのはやめろ」
ワーカホリックって突然仕事を失うとこうなってしまうのだろうか。それが生きがいだったのかもしれないし。
俺も実行委員に参加するからローラ会長の遊び相手にはなれないが、最近は距離が距離が近すぎるような気がしたから、少しでも接点が減るのは良いことだろう……。




