勇気(お守り感覚)
ホテルでの騒動を受けて、ホテルにいた宿泊客達はさぞ混乱しているだろうと思いきや、誰も慌てていないどころか、そもそもお客さんが全くいなかった。最上階のラウンジで爆発があったのもあり、消防や警察、そしてシャルロワ家のSP達がホテルの中を慌ただしく動き回る中、俺はローラ会長に連れられて爆発の被害を受けなかったVIPルームへ通された。
やはりシャルロワ財閥が運営するホテルということもあってVIPルームはもうホテルの一室というよりは高級マンションのような空間だが、景色を一望できる窓はカーテンで締め切られ、俺はフカフカのソファに座らされた。正面にはローラ会長が座り、そして肘掛け椅子に座ったマルスさんが口を開く。
「シャルロワ家の暗殺計画は、以前からシャルロワグループも警察も把握していたんだ」
暗殺計画。
その言葉を聞いただけで肝が冷えるような思いだ。確かに、俺みたいな一般庶民と違って、ローラ会長達ってやんごとなき立場だからな……。
「七月、月ノ宮や中国、メキシコなど世界各地が謎の宇宙船による攻撃で混乱する中、コーカサス地方に一機の宇宙船が不時着していたんだ。現地の治安当局が捜索しても乗員の遺体は見つからず、元々無人機だったのか、あるいは……この地球を攻撃した宇宙人の一派が、斥候として地球に潜んでいる可能性が出てきたというわけだね」
「そのスパイが、あの船団に対抗できる兵器を持つシャルロワ家を狙ったというわけですね?」
「そういうことさ。その斥候が地球に潜んでいると仮定して、その目的は何か、それが地球侵略を円滑に進めるための下準備だとすれば何が一番合理的か……複数の案の中の一つが、シャルロワ家の暗殺計画。幸い、こちら側の捜査でその計画が明らかになったから、シャルロワ家のお嬢さんと相談して、手を打ったのさ」
七夕事件の時、多数の宇宙船が世界各地を攻撃した中で、宇宙船の撃退、いや撃墜に成功したのは、月ノ宮で彼らを迎撃したシャルロワ財閥だけだ。そのため敵方もシャルロワ財閥をマークして、彼らを抹殺すれば地球はほぼ抵抗できなくなると考えたに違いない。
そして、その暗殺計画を知っていたローラ会長達は手を打った……その結果がこれということは、まさか──。
「ローラ会長。まさか貴方、囮になったんですか?」
俺がそう問うと、正面に優雅に座るローラ会長は笑顔で頷いた。
俺はローラ会長とマルスさんの二人から、シャルロワ家の暗殺計画を阻止するための作戦を聞かされた。
まず、シャルロワ財閥の中にもスパイが潜んでいる可能性があったため、財閥の中で暗殺計画を知っていたのは、ローラ会長と私兵部隊の中でも特に一部の精鋭だけだったという。
そしてローラ会長達シャルロワ家がこのホテルのラウンジで会食するというスケジュールを一週間前から一部の部下達に伝えてホテル側にも用意させ、実際にティルザ爺さん達のスケジュール表に組み込んだり、ホテル側に特別な食材を用意させたりと本当に会食があるかのように偽装するための準備を進めた。
そして今日、ローラ会長よりも前にティルザ爺さん達はホテルへやって来たものの、ラウンジではなく地下へ向かって事前に避難。そしてホテルが通常通り運営されていると装うためにスタッフや宿泊客に扮したSP達だけをホテルの中に入れ、宿泊客の名簿や身分証、何もかもを偽装して襲撃に備えたという。
マルスさん率いる警察の部隊はホテル周辺の警備を担当し、特に無防備になりやすい状況である降車時を狙える地点をマークし、あえて数か所だけ穴を作って警戒した。わざとローラ会長を襲撃させるために、だ。
そして目論見通り、降車時にローラ会長に光線が飛んできたが、マルスさんのおかげで回避できた、と。
「まさか光線銃を使ってくるとは思わなかったね。てっきり現地で武器を調達するのかと思っていたけれど」
「犯人は捕まったんですか?」
「私が足を狙った狙撃したけれど、部隊が現場に向かった頃には自ら命を絶っていたみたいだね」
マルスさん、あんな対物ライフルみたいな光線銃で狙撃して当ててたんだ。まさか知り合いがあんなSFみたいな兵器を実際に使用しているところを見ることになるとは思わなかったよ。
「シャルロワグループの中に潜んでいるスパイもすぐに捕まるだろうね、欺瞞用の情報に惑わされた部下の数は限られているし。
さて、私は色々な対応に忙しくなるだろうからここを離れるけれど、部屋の外には護衛がいるから安心しておくれ」
そう言ってマルスさんはVIPルームを出ていった。まぁ俺もこのVIPルームに入った時、部屋の入口の両サイドに、なんかスター◯ォーズに出てくるような真っ白い奴っぽい護衛が立っているのを見たからね。あれを見た時、俺は思わずローラ会長にふざけんなって言いかけたが我慢した。
マルスさんが部屋を出ていった後、ローラ会長はなおも涼しい顔をして俺に黙って笑顔を向けていた。まるで何か言いたげね、と言わんばかりの笑顔だ。
そりゃ、言いたいことは山程ある。
「……俺を連れてきた意図はなんだ?」
まずは自ら囮になって命を投げ捨てようとするなと憤りたかったが、危険性が高かったとはいえ手っ取り早い手段だったかもしれない。それは成功したからそう言えるというだけだが。
ローラ会長は俺の問いにすぐに答えずソファから立ち上がると、わざわざ俺の隣に座り直して、そのまま抱きしめてきた。上品な香りと温もりに俺が戸惑う中、彼女が口を開く。
「車の中で言ったでしょ? 私は、入夏から勇気を貰ってるって」
そこにいたのはローラ会長ではなく、俺の前世の幼馴染、月見里乙女だった。
「入夏は、この世界に辿り着くために何度も頑張ってくれたでしょ? それこそ、命を懸けて、本当に何度も命を落として……私の心は、もうとっくのとうに折れていたのに。
だから私も、命を懸けて誰かを守りたいって思ったんだけど、やっぱり怖くて……でも、入夏が側にいてくれたら頑張れるかなって思ったから連れてきたの。
ほら、なんか入夏って側にいるだけで安全そうな感じするお守りみたいなところあるじゃん?」
「最後の言葉で台無しだぞ。誰がお守りじゃボケ、これワンチャン俺も死んでた可能性あるだろ!?」
「ほら、テミスさんの死相センサーに引っかかってなければ大丈夫だって」
「そういう問題じゃねぇ!」
俺が憤る中、彼女は俺の体を離してケラケラと笑っていた。
コイツ、何か良い感じにハグしながらそれっぽいことを言えば許されると思ってるに違いない。いやまぁ俺も勘違いしかけたけれど、もしかしたら俺が肉壁になっていた可能性もあったわけだ。まぁ俺がリムジンから降りる時に止めてきたから、その可能性は絶対に無いのだろうが……。
「でもさ、もし敵が対戦車ロケットとか持ってたら、リムジンごと爆発してドッカーンだったよね。一応皆を避難させてたけれど、まさかラウンジが爆発するとは思わなかったし」
「その時は転生した後に、花菱いるかに転生した俺が八年前の月ノ宮海岸でお前に対して怒り狂ってただけだ」
「詫びおっぱいで勘弁してあげる」
「お前が勘弁してあげる側じゃねぇだろうが!」
ラウンジが爆発することまでは想定外だったようだ。爆発物を使うってなるとどこかに証拠が転がってそうだし、協力者がいたとしても捕まるのは早いかもしれない。そう信じたい。
「それにさ、もし死んじゃった時、一人だったら寂しくて。どうせなら入夏に見てほしかったんだ」
「お前、その考え方は大分サイコだと思うぞ?」
「え、入夏は私の死に目に立ち会いたくないの?」
「病死とかならまだしも、殺される瞬間を見たい奴はいないだろうがよ!」
だが彼女の気持ちもわからなくはない。彼女は前世、洪水の巻き込まれて濁流に流される車の中で、死を覚悟して最期のメッセージを俺に送った後、孤独のまま亡くなってしまったのだ。だからって「私が死ぬところ見てて☆」みたいなノリで大切な人の死に目に立ち会いたくないんだが……。
ツッコミに疲れてきたところで、俺は大きな溜息をついてから言う。
「まぁ、結果的にお前が無事だったならそれで良い。でも、またこんなことがあった時、わざわざ囮になるような真似はやめとけよ? かなりリスクのある作戦なんだからな」
「ごめんなさい。本当は入夏にも事前に伝えようかなって思ってたんだけど、やっぱり怒られちゃうかなと思ってやめてたの。ちなみに、入夏ならどういう作戦で迎え撃つ?」
「俺が囮になる」
「……そんなことして入夏が死んじゃった時は、また転生した時に月ノ宮海岸で詫び見[ピー]してもらうから」
「望むところだ」
「望むところなの!?」
よくよく考えると、俺も彼女と同じ立場、同じ状況に陥った場合、似たような手段を取っていたかもしれない。だがそれはそれとして、お守り代わりに連れてこられたことについては一言文句を言わないと気がすまなかった。
今回の暗殺未遂は、結果的にローラ会長を始めとしたシャルロワ家の面々に怪我人が出ることもなくホテルの建物が一部損壊したぐらいだ。しかしローラ会長を狙撃した犯人は自害し、他にも協力者が残っているかもしれない。
ローラ会長が命を狙われる立場になってしまった以上、今後の物語の進行に支障が出そうである……。




