貴方が勇気をくれたから
九月は、ネブスペ2において鷲森アルタを主人公とした第二部のシナリオが進行しているタイミングである。しかし俺が転生した烏夜朧とは学年が違うため、彼らがどんな学校生活を送っているかを直接見ることは出来ない。精々夢那達から聞けるぐらいだ。
だが夢那からの話を聞いている限り、アルタはかなり忙しい毎日を送っているようだ。それもそうだ、第一部主人公の大星が攻略するヒロインは四人なのに対し、アルタはキルケやカペラを含めると六人もいるのだから。毎日彼女達とのイベントが起き、図らずともラッキースケベ的なイベントに巻き込まれ、無意識にもヒロイン達を攻略しているのである。
大星はまだしもアルタはクールぶっていて好意を中々表に出さないため真意がわからないが、最近は自分からベガやワキア達を遊びに誘うらしいから、彼の心にも進展があったのだろう。彼と同じく今でもノザクロでバイトしている乙女も可愛い後輩のためにお節介を焼いているらしい。
彼らの物語がそうやって進展しているのならば問題はないのだが、気になるのは俺の同級生である大星達だ。
原作では第一部が終わる七夕の日、なんだかエンディングっぽいイベントが起きてくれるのだが、トゥルーエンドの世界線ではメインが他のところに置かれているため、そこが大きな区切りになるわけではない。この真エンディングへ向かっている世界もそうなのだろう。
そのため、側で見ていても結局大星と美空達がどれだけ上手くいっているのかわからないが、突然バッドエンドを迎えることなく話が続いているということは、これが正史という扱いなのだろうか?
「何か考え事?」
そんなことを考えていると、俺は朽野乙女に声をかけられた。俺達は今、この前作業を手伝った天野先生の部屋のソファに座ってくつろいでいるところだ。
「いや、点から宇宙が始まったなら、点Pからでも宇宙は始まるんじゃないかなって」
「何言ってんの?」
「一辺が五センチメートルの正方形ABCDの点Aから点Bの間を点Pが秒速一センチメートルで動く。二秒後、この点Pがビッグバンを起こした場合、三角形ABPの面積を求めよ」
「数学の問題でビッグバンを起こすんじゃないわよ。それはインフレーション理論も考えるの?」
「何をどうしたって考えるだけ無駄だよ」
俺達が宇宙の始まりや終わりを考えるなんて考えるだけ無駄だが、たまに宇宙ってものに底知れない恐怖を感じることもある。
前世でネブスペ2を全クリしている俺でも知るはずがない、ネブスペ2の真エンディングと同じぐらい……。
「でもそれぐらい遊び心がある面白い問題があっても良いわよね、テストや入試って。関数y=f(x)の範囲は可愛い女の子が相手だと酷く動揺して広がりますみたいな」
「そうなると人によって答えが変わっちゃうでしょ」
なんてくだらないことを話しながら俺達がくつろいでいる中、この部屋の主である天野先生はというと、黒板に色々数式を書きながら、アルタにロケットの構造だとか工学的な理論の説明をしているようだった。俺達も最初こそ天野先生の話を聞いていたが、全然理解できなくて諦めたのだ。
なお、アルタと一緒についてきたキルケと夢那も天野先生の講義を受けているが……。
「ダメだ……もう先生とアルタ君の話がいかがわしいものにしか聞こえない……」
「しっかりしてください、夢那さーん!」
夢那もかなり成績は良いはずなのだが、自作のロケットを開発しているアルタには流石に劣るようだ。元々ロケットの技術者だった天野先生の教えがあれば、アルタのロケット(意味深)もきっと進化する……いや(意味深)ってつける意味なかったわ。
天野先生のオフィスで少し時間を潰した後、乙女は先に帰宅して俺は校門でローラ会長を待っていた。ローラ会長は生徒会に所属しているため、その集まりの後に予定を入れるとどうしても待ち時間が発生する。今まではネブスペ2のキャラを探して声をかけていたが、今後は天野先生のところで時間を潰そうかな。
まぁローラ会長との予定があると言っても、今日は……。
「さて、お待ちどおさま。今日はシャルロワ家の皆で集まっての会食よ」
……。
……俺はなんでそんなガッチガチに緊張しそうな場に呼ばれたのだろう?
校門前で待機していたシャルロワ家のリムジンにローラ会長と乗り込んで、そのまま葉室市へと向かう。この間、俺がローラ会長の妹であるメルシナに呼ばれてご飯を食べたホテルのラウンジで集まるらしいのだが……シャルロワ家の面々が集まる場に明らかな部外者である俺がいるの、どう考えてもおかしいだろ。
「なぁ、本当に俺が行く意味があるのか?」
集まる面々は一応顔見知りの仲ではあるが、やはり緊張で動悸がヤバい。しかし一方でローラ会長は涼しい顔をして答える。
「最近、部下達の間で貴方の存在が話題になっているのよ。一体貴方がどうやって私に取り入ったのか、貴方が何かシャルロワ家の弱みを握ってるんじゃないかってね」
「何? 俺は公開処刑でもされるのか?」
「いいえ、貴方がどれだけ素晴らしい人間かを私の父に紹介するだけよ」
「それもそれで公開処刑みたいなものなんだが?」
本来、原作では夏場にぶっ倒れて植物状態になるはずのティルザ爺さんは未だにご壮健である。彼とローラ会長の仲はとても親子とは思えないほど険悪だが、それでもローラ会長の負担を減らすためには彼の存在が不可欠なのである。
俺はあまりティルザ爺さんと話をしたことないが、あの人って甘党のはずだし、何かスイーツの話をすれば盛り上がるだろうか……。
「しかし、シャルロワ家の面々が集まるのって結構珍しいんじゃないか? 原作だと他の実業家とか政治家を交えたパーティーぐらいにしか揃わなかっただろ?」
「そうね。もしかしたら、何か重大な発表でもあるんじゃないかしら」
「え? そんな場に俺は呼ばれちゃうの?」
「いいえ、貴方も必要よ。私達が結婚することを公表するのだから」
「お前そんな強硬手段に出たらぶっ飛ばすからな」
マズい、エレオノラ・シャルロワの中に眠っている化け物がどんどん手段を選ばなくなってきているような気がする。もしかして俺が思っている以上にコイツのストレスは溜まっているのか?
「ま、冗談よ。今日の会食を呼びかけたのは私の父だから、私の思惑なんて存在しないわ」
「じゃあ一家団欒の場ってことか?」
「あの人がそんなこと考えるわけないじゃない。精々気まぐれって程度ね」
ティルザ爺さんから何か重大な発表があるとしたら、シャルロワ財閥という一大企業の今後に関わることだろうか。そうなると俺みたいな一般庶民はますます場違いになってしまうんだが。
「どうして、俺をそんな場に呼んだんだ?」
俺はそんなに乗り気ではないが、断る理由も無かったため今こうして同じリムジンに乗っている。
するとローラ会長は窓の外の景色を見ながら、微かに表情を緩ませて言う。
「貴方が側にいてくれたら、勇気を貰えるから」
……。
……コイツめ。
「俺がくれてやった勇気を、無駄に使うんじゃないぞ」
「大丈夫よ。使い終わったらちゃんと不燃ごみに出すわ」
「俺の勇気全然燃えねぇじゃねーか」
そしてリムジンは、葉室市郊外にあるテーマパークに隣接するホテルの前に止まった。やはりVIP扱いなのか十数人のホテルのスタッフ達が待機していて、ドライバーがドアを開くと先にローラ会長がリムジンを降りた。
続いて俺も降りようとしたのだが──。
「待って!」
先に降りていたローラ会長が何故か俺を慌てて制止した。止められた理由がわからず俺がポカンとしていると、その時──リムジンの前で待機していたスタッフ達の中の一人が、突然ローラ会長に飛びかかった。
「ろ、ローラ会長!?」
スーツを着た赤毛の女に飛びかかられたローラ会長はそのまま地面にうつ伏せに押し倒されてしまったが、彼女を押し倒した赤毛の女はすぐに俺の方を向いて──俺は、彼女がマルスさんだと気づいた。
「君も伏せろ!」
「へ?」
マルスさんはそう叫んだが、俺が伏せる間もなく、一筋の青い光が目の前を通過していった。その青い光の先を見ると、それは道沿いに立っていたホテルの看板に着弾し、大きな穴を空けた。
そしてすぐに、それが光線銃による攻撃だと俺は理解した。
俺がホテルのスタッフだと思っていたのは、それに扮したシャルロワ家のSP達だったようで、マルスさんを含めた彼らは拳銃……ではなく光線銃を持って、ローラ会長を狙ったと思われる襲撃者を捜索していた。
俺はリムジンを降りて、立ち上がったローラ会長の側に駆け寄ったが──今度は上の方から爆発音が聞こえ、地面が揺れた。
上を見ると、ホテルの最上階が爆発したようで、飛び散った瓦礫が雨のように降りかかろうとしていた。
「おい、こっちだ!」
俺はローラ会長の腕を引っ張り、慌ててホテルのエントランスの中へ駆け込んだ。幸い大きな瓦礫が当たることはなかったが……シャルロワ家の面々が会食を行うはずだった最上階で爆発が起きたということは──。
「なぁ、ローラ会長。確か最上階って──」
「いえ、問題ないわ」
だが、ローラ会長は俺に笑顔を向ける。今のこの状況で笑うなんて信じられなかったが、ホテルの前に止まるリムジンの周囲に無数の光線が入り乱れる中、SP達に混ざっていたマルスさんがリムジンの上に何かを置いた。
……いやあの人、対物ライフルみたいなでっかい銃を構えてるんですけど!?
「あれはシャルロワグループが開発したスナイパーライフルよ」
「……もしかして光線とか出る?」
「当たり前じゃない」
いや普通は当たり前じゃないんだよそれは。
しかしマルスさんが一発の弾丸、いや光線を放つと、リムジンの周囲を飛び交っていた光線の攻撃が止んだ。え? 一発で仕留めたの?
「どうやら終わったようね」
……何だ? 一体、何が起きているんだ……?




