ズルいよね、こんなの
葉室市郊外にあるテーマパーク、UniverseSpaceJapan。略してU◯J……もう完全に関西の方にあるテーマパークをパクった名前だが、一応ちゃんとしたアトラクションを多数揃えており、周辺には大規模なショッピングセンターやリゾートホテル等が整備され、一日かけても回れなさそうな一大テーマパークである。
この施設が開業するのは夏休みの真っ只中で、これまでのループでも烏夜朧として何度か大星達と一緒に遊びに行ったことはあるが、この世界ではまだ行ったことがない。
そしてアルタ達の林間学校が終わった後の九月二十日の日曜、俺はローラ会長と一緒に遊園地へ行くこととなった。いつものクラシックロリィタファッションこそ変わらないが、いつも銀髪の彼女は金髪のウィッグをつけ、さらにメガネをかけて変装していた。なんだか別人のような雰囲気だ。
「なぁ、一応聞いておくが、前にも来たことあるよな?」
「随分前の話ね」
実は、俺はローラ会長と一緒にこの遊園地を訪れたことがある。あれは俺が初めてこの世界にループした世界、第三部が始まる星河祭の夜にローラ会長から告白され彼女と付き合うことになり……デートがてら、二人でここへやって来た。
「でもあれは、まだ私がエレオノラ・シャルロワの皮を被っていた時だからノーカンよ」
「それがノーカンになる理論はよくわからんが、お前みたいなお嬢様と俺が二人でいるのはちょっとまずいんじゃないか? 前と違って、俺とお前は付き合ってるわけじゃないんだし」
「大丈夫よ、一応今日は変装もしているし、理由ならいくらでも作ることが出来るわよ、召使いとか当て馬とか」
「光栄なこって」
「ま、これも恋人ごっこの内よ。さ、時間はないから早く行こっ」
そう言って嬉々としながら俺の手を引っ張る彼女は、まさしく俺の前世の幼馴染だった。
「フ、フフフフフフフフフフフフ。な、中々面白いアトラクションだったね、フフフフフフ」
どうしよう、一発目のアトラクションで早速俺の連れが壊れたロボットみたいに笑ってるんだけど。
「なぁ、だから初っ端からジェットコースターはやめといた方が良かっただろ」
「で、でもやっぱり遊園地といえばジェットコースター! これを乗り逃したら明日の朝ご飯まで後悔するよ!」
「そんなに後悔してねぇじゃねーか」
前回もそうだった、意外と絶叫系のアトラクションが苦手らしいローラ会長もそうだが、その中に眠る俺の前世の幼馴染、月見里乙女も苦手なのである。実際にアトラクションに乗っていて、隣から見ている分には結構楽しそうにしてるんだが……アドレナリンが切れて我に返るのが早いのだろうか。
「じゃあ次はあのドロップタワーに行こうぜ」
「あれ? 結構鬼畜だね?」
「冗談だ。じゃあ次は空中ブランコな」
「それも結構ヤバいじゃん……」
しかし空中ブランコもまぁまぁ怖いだろうなぁと思って、近くにあったゴーカートに乗ることにした。
遊園地の真ん中には大きな池もあり、その池を囲うようにゴーカート用のコースが整備されている。二人乗り用のものもあり、ハンドルをローラ会長、いや月見里乙女に任せて俺は助手席に乗り込んだ。
「懐かしい……この世界だと中々ハンドルを握れなくてストレスが溜まってたんだよ」
「この世界だと免許を取る前に死ぬからな、俺達」
「原付免許とか取らないの? 私を荷台に乗せてよ」
「ちょっとは考えたが、俺の行動範囲を考えたら自転車で十分だ」
前世だと彼女はまだ車社会の故郷に残っていたから、車を運転する機会も多かっただろう。実際、彼女が亡くなった時も車に乗っていたわけだし……。
俺も回数こそ少ないが運転の経験はあるものの、やはり彼女のハンドルさばきは熟れているように感じる。
……何かどんどん口角が上がっているのが怖いけど。
「思い出してきた、この感覚……!」
「なんだなんだどうした」
「私は何度も峠を走ってきた……あの日は洪水ごときに負けたけど、次こそは負けない!」
「いや洪水には勝てないだろうが!」
もしかしてコイツ、前世では結構走り屋だったのか? 俺と離れ離れになった後になんか目覚めてしまったようだ。
とはいえゴーカートはそれほどスピードが出るわけではないが、カーブを結構な角度で攻めたりと中々のハンドルさばきを披露してくれた。日頃の鬱憤を晴らすことが出来たようで何よりだ。
「ふぅ、中々楽しかったね」
「じゃあ次はお化け屋敷な」
「よーしっ、かかってこいやー!」
乙女は元気を取り戻したようなので、この調子ならいけるんじゃないかと思ってお化け屋敷へと向かった。
この遊園地のお化け屋敷は、どういうわけか訪れる度にテーマが変わっていて、今はドラキュラが住んでいる洋館をテーマにしていた。乙女はドラキュラをぶっ倒してやると豪語しながら先頭を突き進んだのだが……、
「フ、フフフフフフフフフフフフ。な、中々面白いアトラクションだったね、フフフフフフ」
はい、デジャヴ。
「いやぁ、結構コミカルなドラキュラだったな。まさか寿司の出前が届くのが遅れただけであんなにキレるとは思わなかった。ドラキュラも鉄火巻とか食べるんだな」
「お寿司怖い、お寿司怖い……」
「いや寿司は怖くなかっただろうが」
「もうお寿司食べられない……」
お化け屋敷を出てから一時しても乙女は体を震わせて俺の腕を掴んで離さなかったが、まぁ楽しんでくれているのかなぁ? こういう絶叫もつきものである。
その後もメリーゴーランドやコーヒーカップ、ミラーハウスや脱出ゲームなど色々なアトラクションを巡り、遊園地内のグルメも堪能したところで、最後に遊園地の真ん中にある大きな池を遊覧できるアヒルボートに二人で乗っていた。
「あぁ~遊び尽くしたね。こんなに遊んだの久々、というか初めてかもしれない」
「良いよな、いつもは高貴な雰囲気なお嬢様が遊園地ではしゃいでる姿って」
「わかりみ」
いや、お前がそのお嬢様側なんだからな?
そんなことを考えながらアヒルボートを漕いでいると、隣に座る乙女が言う。
「最近はこうして羽根を伸ばす機会がなくて、忙しさに嫌気がさしていた頃合いでもあったんだ。でも入夏から休めって言われたから、こういう息抜きも必要かなと思って」
一学生として月ノ宮学園に通い日々勉学に励む傍ら、半分お飾りのようなものであるシャルロワ財閥の会長職も務める彼女は、その経営に関わることも少なからずある。彼女にとって今年は受験シーズなのだから、体調を崩されては困る。
「今の内に青春らしいことはやっておけよ。俺も前世で社会人になった後、青春を楽しむ学生達の動画を見て多少の後悔はしたもんだ」
「わかる。文化祭で漫才とかやってみたいよね」
「いややめとけよ、今のお前がそれをやるとかなり怖いからな」
「でも逆にギャップ萌えで人気でないかな?」
「面白ければそりゃ人気は出るかもしれないが……」
「あ? 私のギャグセンスが面白くねぇってのか?」
「やめろやめろ、その姿でそんな口調を使うんじゃない。少しはロールプレイしろ」
「陰◯師レッツゴー☆」
「この池に突き落とすぞ」
社会人になると、昔は持っていたはずの無邪気な若々しさとやらが段々と薄れていってしまい、無情にも人は現実を知るものだ。やはり、この学生時代の青春というものは、大人になってからも懐かしい思い出として残るものだし、もっとこうしておけばよかったと後悔することも多々である。
「青春らしいこと、ね……」
乙女は俺の隣でボソッとそう呟くと、俺の右手に手を添えてきた。
「ねぇ、入夏。青春らしいことって何かな?」
「難しい質問だな。この学生生活を満喫することじゃないか?」
「でも、それだけじゃ物足りなくない?」
「贅沢な奴だな」
学生生活が楽しかったかどうかは人それぞれだ。大学や社会人になってから出来た友人達の過去を聞いていると、上手くいっていた奴もいれば散々だった奴もいる。しかし学業や部活動で優秀だったから楽しかったわけでもなく、落ちこぼれだから楽しくなかったわけでもない、というのがなんとも難しい尺度である。
「でも、俺はお前と過ごした学生時代は楽しかったと思えるよ」
俺がそう言うと、彼女は俺の肩をバシッと叩いた。きっと照れ隠しだろう、俺がこんなことを言うとは想像していなかったに違いない。
すると彼女は、いつもの陽気な姿はどこに行ったのか、モジモジとしながら遠慮がちに口を開く。
「……私は、もっと、もっと楽しいことが出来たんじゃないかって、後悔してるよ」
……。
……後悔、か。
あの時の俺は、彼女との『恋愛ごっこ』に満足していた。そう、恋に恋い焦がれる子どもが思い描いたような、ただのごっこ遊びだった。精々手を繋いでデートしたことがあるぐらいで、キスすら交わしたこともなかったのだ。
俺達はまたこうして再会することは出来たが、今はお互いの立場もあって、まだ『恋愛ごっこ』という段階だ。しかしこのNebula's Space2ndの物語を終わらせることが出来たなら、その先は……。
「私、どうしようもないぐらいわがままなんだ。入夏が、例え烏夜朧というキャラの姿であっても、他の女の子と仲良くしている姿を見ているだけで、とっても不安になるの。今でも、入夏の心の中に私という存在はあるのかなって……」
あぁ、知っていたさ。お前がどうしようもないぐらいわがままだってことは。
どうしても二人でいられる時間が限られるとはいえ、今の俺達が変な関係になるわけにはいかない。せっかく上手く進んでいるこの世界の物語が、突如バッドエンドを迎えてしまうかもしれないからだ。
だが……きっとそれは、彼女にとって耐え難い世界なのだろう。
「私はもっと、入夏に好きになってほしいの、私のこと。だから……」
すると彼女は俺に顔を近づけ────。
──俺は一体、何が起きると思ったのだろう。
思わず目を瞑ったものの、彼女が何も喋らなかったため、目を開ける。すると隣に座る彼女は俺から顔を離し、うつむいていた。
「……なーんて、こんなことをしたらズルいよね」
そう言うと、彼女は気合を入れ直すように自分の顔を両手でパンパンと叩く。
「はいっ、体験版はここまで! 続きは製品版を購入して!」
「……どこで買うんだよそんなの」
「おしまいおしまい! おしまいったらおしまい、おしまーい! ほら、もう帰る時間だから早く漕いで!」
「わかったわかった」
彼女は俺の体をバンバンと叩きながら急かして、その後は変な雰囲気になることもなく、今日も『ごっこ遊び』は終わった。
……彼女は一体、どこまで本気だったのだろう?




