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無人島に漂着しても元気に暮らしてそうな面子



 九月十四日、月曜日。今日は月学の一年生が林間学校へ出立する日である。教室から彼らを乗せたバスが出発するのを俺は授業もろくに聞きやしないで見送ったが、やはり多少の不安はある。

 原作なら視点は彼らを追うため林間学校でどんなイベントが起きているか見ることが出来るが、俺が転生した烏夜朧は二年生だから林間学校に行くことも付き添うことも出来ない。自分が何もしなくても彼らがイベントを起こしてくれるのを祈るしかない……あと、妹である夢那は月学に転校してから二週間ぐらいしか経っていない中で行くことになるから、ベガやワキア達を除いた他の生徒達と馴染めるか少しだけ不安だ、少しだけ。


 そして午前の授業が終わった昼休み、冷房の効いた学食で昼食を取っていると、やはり林間学校の話題となった。


 「懐かしいよね~どういうわけかご飯を焦がしちゃうけれど、やっぱり美味しいんだよね」

 「美空ちゃん、空腹のあまりそこら辺に生えてたキノコを食べまくってたもんね」

 「それはかなりの危険行為では……」

 「美空の胃なら毒でも消化できるだろ」

 「美空は本当に人間なの? 色んなウイルスに耐性持ってたりしない?」

 「確かにあまりインフルとかかからないかも!」


 キノコはちゃんとした知識を持っている人でもヤバいキノコと間違える可能性のある食べ物だからな。素人が簡単に手を出して良いものではない……美空が超人過ぎるだけで。


 「すーちゃん達って去年は月学にいなかったけど、そういう行事ってあった?」

 「ありましたよ、宿泊研修という名前でしたけど。皆で山奥にキャンプに行って、山を登って大きな滝を見に行きました」

 「スピカってドジなところあるから、滝壺に落ちちゃったんだよね」

 「滝に落ちたの!?」

 「あ、いえ、滝を下から眺めていたら足を滑られて浅いところに落ちただけですよ!」


 月学の林間学校も大体似たようなものだ。皆でキャンプして山登りして、終わった後は何か学んだっけ?という気持ちになる。


 「ムギはあまりそういうアウトドアとか好きそうじゃないが、何か思い出はあるか?」

 「小川で魚を眺めてるのは好きだったよ。あと、変な虫を捕まえてスピカをビビらせるのも好き」

 「美空ちゃんも去年はカエルとか捕まえてたよね」

 「……た、食べるんですか?」

 「流石に食べないよ!? ちゃんと焼かないとだし」

 「焼けたら食べるんだ……」


 月ノ宮も隣に葉室という栄えた街があるからそんなに田舎だと感じられないが、進学や就職で大都市で生活することになると、そういった豊かな自然に囲まれていた生活を恋しく感じることもあるのだ。そういった思い出を残す意味合いもあるのだろう。


 「そういえばもうすぐ修学旅行だけど、班分けってどうなるんだろ?」

 「好きに組んで良いなら、この六人で集まりたいわね」

 「どうする? 班分けが五人ずつだったら」

 「さよなら、朧……」

 「いや酷くない?」

 「烏夜さんを人間とカウントしなければ連れていけるのではないですか?」

 「もっと酷いこと言ってない?」


 何か俺はこの面子に人間扱いされているのか不安になってきたが、こんな扱いをされても朧はへこたれるような奴ではない。平常運転だ。


 「本当に困ったらフュージョンしちゃえば良いんじゃない? すーちゃんとむーちゃんが」

 「私達がフュージョン……?」

 「その時はスピギになるんでしょうか? それともムピカになるんでしょうか?」

 「ムピカの方がまだしっくりくるな。何だか東南アジアとかアフリカ料理にありそうな名前だが」

 「じゃあそれまでに練習しとかないとね」

 「いや、どうやって練習するの!?」


 宇宙人とか妖怪がいるような世界観だから、誰かがフュージョンしたって今更驚くようなことはない。急に魔訶不思議アドベンチャーが始まっても困るが……大星達が楽しみにしている修学旅行は、十一月にある。

 十一月となると一番先輩達第三部のキャラをメインとしたストーリーになるだろうが、修学旅行がある数日は彼らの様子を見ることは出来ない。エンディング回収のためループを繰り返していた時も、そもそも俺が十一月まで生存している世界線の試行回数は少ないが、修学旅行には何度か行っている。

 一応ローラ会長がいるから安心ではあるが、心の底から修学旅行を楽しむことは出来るだろうか……。



 放課後、俺は一旦帰宅した後に自転車を走らせてローラ会長の別荘へと向かった。何かと呼び出されることも増えてきたが、高級な茶菓子と美味しいアイスココアをいただけるため、俺にとって損はないのである。

 むしろ、前世の幼馴染とはいえローラ会長が家に来るのは緊張するしなぁ……。


 「キャンプ行きたいわね」

 「いや勝手に行ってこいよ」


 アイスココアを飲みながら、ローラ会長は恋しそうにそう言った。月ノ宮にはキャンプ場もあるが、意外とそういう近場には行かないものだ。俺は大星達との天体観測でよく月見山のバンガローに泊まってるから、若干のキャンプ感覚はあるけれども。


 「大体、シャルロワ家って色んなリゾート地に別荘とかあるから、そういうアウトドア感覚は存分に楽しめるんじゃないのか?」

 「それはそうだけれど、それだけじゃダメなのよ。こう……やんごとなき身分の幼気なお嬢様が田舎で一人の少年と出会い、ひと夏の恋を育む物語が欲しいのよ!」

 「お前は八年前にやってるだろうが」

 「それもそうだったわね。でも死んだじゃない」

 「そういえばそうだったな」


 彼女の中に眠る月見里乙女という人格は別として、エレオノラ・シャルロワというキャラの初恋は、八年前のビッグバン事件の直前に出会う花菱いるかという少年だ。彼とひと夏の思い出を育んだ後、ビッグバン事件で彼は死んでしまうわけだが……まさか俺も死ぬ側でそれを体験するとは思わなかった。


 「エロゲでもよくあるでしょう? 今は物静かな子が昔は木登りとか虫取りが好きなわんぱくな女の子だったり、逆に大人しかった子が今では空の鍋を火にかける女の子になったりするじゃない」

 「後者はかなり特殊な例だろうが」

 「あるいは男子との接触を禁止されていたり……」

 「もっと特殊な例じゃねぇか」


 エロゲやギャルゲに限らず、恋愛譚は夏場や冬場が舞台のメインとなることが多い。やはり学生だと長期休暇の期間中だからというのもあるだろうが、あんなに暑い夏場は不思議と儚さを醸し出すこともある……。

 まぁ春に出会いや別れがあって、夏休みに海やプールに行って、秋は文化祭や修学旅行があって、冬場にクリスマスや初詣に行ってと、年がら年中イベントだらけではある。


 「林間学校では一体何が起こるのかしら。またキルケちゃんが迷子になっちゃうのかしら」

 「ヒロイン勢全員が遭難したりしてな」

 「遭難してる側が多すぎると雰囲気もクソもないじゃない。巡り巡って無人島に漂着しちゃわないかしら」

 「それはまた別の物語が始まってしまうだろうが」

 「異世界転生ってのも悪くないわね」

 「やめろやめろ、余計な要素を付け足すな」


 流石に即バッドエンドみたいなイベントは起きないはずだが、彼らが無事に帰ってくることを祈ろう。いやどうしよう、原作にはない突然の無人島漂着イベントとか起きたら。山奥に行っていたはずなのにどうして無人島に漂着してるんだって話だが、でもアルタやベガ達ヒロイン勢って無人島に放り出されても割と元気に過ごしてそうだ。何なら俺も大星達と一緒に無人島で生活することになっても案外いけるかも。だって作中最強の美空がいるのだから。


 「それにしても最近、あまりハラハラするようなイベントが無いから貴方にとってはつまらないんじゃない?」

 「いや、宇宙船の攻撃とか殴り合いで十分ハラハラしてるが?」

 「でも常に死と隣り合わせだった頃に比べれば全然マシでしょう?」

 「それはそうだな」


 緊張感がないと言えばないが、本来原作にはない、オリジナルの真エンドへ物語は向かっているから、次に起きるイベントが予想できないという怖さはある。


 「確かにグッドエンドを探していた時は怖かったが、バッドエンドに向かうのは割と簡単だったぞ」

 「……逆にバッドエンドが恋しくなることもある?」

 「正直なくはない」

 「なくはないのね。驚きだわ」


 俺はちょっとした冗談を言ったつもりだったのだが、ローラ会長は割と本気で俺がおかしくなったんじゃないかと心配しているようだ。でも正直、病によって豹変したワキアに文字通り食べられた時は今でも良かったと思う。そのためにわざわざまたループを繰り返すのは嫌だが。


 「貴方、私に何度も休みなさいと言っているけれど、貴方こそ精神的に疲れているんじゃないか不安になってくるわ」

 「逆に疲れないわけないだろ、エロゲとはいえこんな世界で生きていて」

 「それもそうね。なら今度、息抜きに遊園地に行きましょ」

 「は?」


 突然の提案に俺は冗談かと思ったが……ローラ会長は微笑みながら俺に遊園地のチケットを見せたのであった。



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