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それでも妖怪フェアをしたい



 九月に入ると月ノ宮から観光客がごっそりと減ってしまうが、それでも駅前では大荷物を持った観光客を見かける。月ノ宮の主な観光地は月ノ宮海岸、月ノ宮宇宙研究所、月見山などだが、最近もっぱら人気のスポットは、七夕に墜落したネブラ人の宇宙船の残骸であり、先日の百鬼夜行騒動もあって妖怪探しなんてものも人気だという。


 そんな月ノ宮駅前に居を構えるケーキ店サザンクロスは、例年に比べると若干客足が少ないように感じるが、夏場から始めたケーキバイキングが今日も大盛況である。

 そして俺はローラ会長からお呼び出しを受けて、他にも呼び出されたらしい一番先輩やクロエ先輩と共に、ロザリア先輩の試作メニューを食していた。


 「クドいわね、このケーキ」


 試作メニューを一口食べたローラ会長がそう言い放つ。


 「そんなバカな……!?」

 「これ、使っているのはネブラドングリか?」

 「そうよ。それをモンブラン風に仕上げたの」

 「ネブラグリは地球の栗と似ているが、やはり独特の渋みがあるな。人を選ぶ味だと思う」

 

 ネブラグリは見た目はまんま地球の栗と変わらないが、何だか妙にクドいというかエグみがあって癖が強い。個人的にはクリームの甘さと合わさって美味しいとは思うが、また食べたいとは思わないかもしれない。


 「ちゃんと下ごしらえしたはずなんだけど……もしかして品種改良とかしないとダメかしら」

 「そこまで手間ひまかけてネブラグリを使う必要は無いと思うよ。ろくろ首みたいに盛り付けて妖怪感を強めたら面白いかも」

 「アンタは黙ってなさい」

 

 クロエ先輩もシャルロワ家のお嬢様だから舌は肥えているはずだが、どうしても自分の趣味に影響されてしまうようだ。

 しかし、一番先輩がハッとした表情で口を開く。


 「いや、いっそのこの流れに便乗して妖怪フェアというのはどうだ?」

 「とてもスイーツ店でやるようなキャンペーンの名前じゃないでしょ。せめてハロウィンにしなさいよ」

 「でも妖怪を可愛くデフォルメしたスイーツも良さそうじゃないですか?」

 

 もうそうなったら月ノ宮が宇宙の街じゃなくて妖怪の街になってしまいそうだが、あの百鬼夜行騒動は鮮明な映像も残っているだけに七夕事件並みの話題性はある。未だに月ノ宮のあちこちで妖怪の出没情報があるのは、きっとネブラスライムが妖怪の姿に変化しているからだろう。


 「妖怪とかお化けのことなら任せて。色々写真は持ってるから」

 「本当にやらないといけないの?」

 「多分呼ぼうと思ったら呼べるので、実物を見て形作ると良いんじゃないですか?」

 「そんな友達の友達感覚で呼べること自体がおかしいのよ」


 そもそも知り合いの中に幽霊がいること自体が不思議なのだが、ここは割とファンタジーな世界観だからしょうがない。そもそも遥か彼方の宇宙からやってきた宇宙人が地球に住んでいる時点で大分ファンタジーなのだから。



 その後もロザリア先輩が試作したケーキを食べさせてもらったが、やはりローラ会長や一番先輩からの評価は激辛。ロザリア先輩はスイーツを作る腕こそあるが、どうも0から1を作るのが苦手なようだ。原作だと不思議とそういうセンスを持っている一番先輩からのアドバイスでサザクロの経営を軌道に乗せるわけだが……俺達がサザクロの席に座って試食会をしている中、入口の扉が開いて新しいお客さんがやって来たと同時に、店内が少しざわついた。

 見ると、サザクロに入ってきたのは白と黒のモノトーンファッションが特徴的なレギナさんと、『正義』とデカデカと書かれた白いTシャツを着ているマルスさんだった。マルスさんは普通の刑事だが、レギナさんはこの月ノ宮が生み出した世界的芸術家だ。

 レギナさん達は俺達の方へやって来ると笑顔で話しかけてきた。


 「やぁこんにちは。それは新メニューかい?」

 「あまり美味しくないですよ、これ」

 「やめなさいよそういうこと言うの」

 「このコーンをロケットに見立てたようなパフェは中々面白そうな見た目だけど」

 「中に入ってるのはケロシンですよ」

 「食べるのは遠慮しておこうかな、うん」


 どうやらレギナさんはよくサザクロを訪れるようで、ロザリア先輩とも知り合いのようだ。しかしレギナさんっていつもコガネさんに連れ回されているイメージだが、マルスさんといるのは珍しく感じる。初代ネブスペの頃はその芸術性を爆発させるあまり問題児の域に達していたレギナさんを、風紀委員であるマルスさんが追いかけ回していたイメージしかないが……。


 「なんだかレギナさんとマルスさんが一緒にいるのって珍しいですね。レギナさんが何か悪いことでもしたんですか?」

 「いつも監視していないと、彼女が何かしでかさないか不安でね」

 「いや、いつまでもボクを問題児扱いするのはやめてくれないか?」

 「純白こそ究極の芸術だって言いながら理事長像をペンキで真っ白に塗りたくった生徒が問題児じゃないわけないだろうに」

 「む、昔の話だよ」


 今でこそレギナさんは落ち着いた大人になってしまったが、月学にいた頃の行いを上げていったら本を一冊書けてしまいそうだ。

 そしてケロシン入りのパフェを何食わぬ顔でモグモグと頬張っていた一番先輩が、また何かを思いついたかのように口を開く。


 「かの芸術家レギナとコラボしたスイーツを作れば話題性あるんじゃないか?」

 「え、ボクがスイーツを作るのかい?」

 「でもレギナに任せたらモノトーンな色合いのものしか生まれないと思うよ」

 「ティラミスしか出てこなさそう」


 レギナさんはモノトーンなファッションからも分かるように、自分の芸術を白と黒で表現することが多い。白黒の世界に赤や青など、他の色が現れることによって独特の不気味さを持っているのだが、それをスイーツで現すとなると味が限定されそうだ。


 「ちなみにレギナさんのスイーツ作りの腕はどんなもので?」

 「学生の頃、バレンタインデーに友人達で集まってチョコを作った時は、盛り付けだけやれと言われたね」

 「つまり彼女の腕はお察しということだよ。ホワイトチョコを真っ黒にした時は流石にたまげたね」


 じゃあスイーツ作りでレギナさんに頼めるのはデザインだけということか。でも組み合わせは限られるとはいえ、レギナさんの芸術性とロザリア先輩のケーキ作りの腕が合わされば良いものが出来上がりそうだ。


 「じゃ、じゃあ今度打ち合わせとか出来ますか?」

 「ボクは全然構わないけれど、逆にボクがこのお店の名前を汚してしまいそうで怖いぐらいだよ」

 「その時はレギナさんだけ炎上してもらえれば」

 「そこに妖怪とかUMAを組み合わせればもっと面白く……」

 「アンタは黙ってなさい。それはまた別の機会にやるから、ハロウィンとか」


 何だか初代のヒロインもシナリオの中に組み込まれてしまっているが、一番先輩を中心とした恋物語も順調に進んでいるのだろうか。エンディング回収に勤しんでいた頃は一人のヒロインを追っていれば良かったから主要なイベントも見ることが出来たが、こうして色々参加させられていると、こうやってのどかな日常を送っている裏でアルタとかがヒロインの誰かと大事なイベントを起こしていそうで怖くもある。


 実際、大星達もそんな感じだったし……アルタや一番先輩も、俺が多少関わることはあっても、きっと俺が知らないところでヒロインの心をときめかせているのだろう。彼らが自分の力で運命を切り開くことが出来るのは嬉しいが、それが寂しくもある……。


 「どうしたの、浮かない顔をして」


 するとローラ会長が俺に声をかけてきた。お互いの素性を知っている彼女は、俺が今後のことで何か悩んでいるのではと心配してくれたのだろう。


 「いや、過去の悪事がバレてマルスさんに捕まるんじゃないかと怖くて怖くて」

 「君が自白してくれるなら、私はいつでも君を署へ連行するけど」

 「流石に僕も次は退学になってしまうので大人しくしときますよ」


 かつては月学で風紀委員だったマルスさんは、正義感が強かったからかそのまま警察官の道を志して、今は刑事として月ノ宮へ赴いている。もう今は風紀委員という存在も珍しくなってきているが。


 「そういえばマルスさんってまだ月ノ宮に滞在されるんですか? 確かネブラ人の過激派の関係者を追っていたんですっけ?」

 「あぁ……まだ野暮用を押し付けられていてね。まだ月ノ宮にいる予定だよ」

 

 ローラ会長の叔父であるトニーさんが率いていたネブラ人の過激派はもう壊滅状態にあるが、それでもまだマルスさんが月ノ宮で捜査しているのは……やはり、まだ月ノ宮でネブラ人関連の騒動が起きそうな気配があるからだろうか。

 それかあるいは、と思って俺は口に出さなかったが、ローラ会長が口を開く。


 「それは、貴方がネブラ人だから、という理由で左遷されられたのではなくて?」


 俺があえて口に出さなかったことを、ローラ会長は平気で言いやがった。

 するとそんなはっきりと言われたことが逆に愉快だったのか、マルスさんはクスッと笑いながら言う。


 「そうかもしれないね。警察という立場でも、地球人とネブラ人との間に生まれた軋轢ってものをひしひしと感じるよ。日本だとまだ傷害事件で済んでいるけれど、海外だと殺人事件にまで発展するケースもあるからね」

 「私の力不足で申し訳ありません」

 「シャルロワ家のご令嬢が頭を下げることじゃないだろう。むしろ私達は感謝してるぐらいだよ、この月ノ宮を守ってくれたんだから……」


 マルスさん達がヒロインだった初代ネブスペは、八年前のビッグバン事件の直後を舞台にしている。当時はシャルロワ財閥がビッグバン事件の黒幕だったのではと噂されていた時期で、他にも色々黒い噂が多かっただけに、初代ネブスペのキャラ達はシャルロワ財閥と対立していたと言っていいほど嫌っていたのだ。


 今、この世界で地球人とネブラ人の間に溝が生まれてしまった一因はシャルロワ財閥にもあるっちゃあるのだが、月ノ宮を守ってくれた功績があるから住民達は感謝しているのだ。俺は初代ネブスペのヒロイン達が大人になった今でもシャルロワ財閥に対して負の感情を抱いているのを何度か見てきたが、この世界でそれが雪解けに向かっているのは、順調に真エンドへのフラグが立っている証なのだろうか……。



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