もしかしたら宇宙世紀が始まるかもしれない
八月三十一日。気づけばもう夏休みの最終日だ。
俺はもっと海やプールだとか遊園地だとか、夏を満喫するイベントがたくさん起こるだろうと期待していたのだが……中々に波乱万丈な夏だったと思う。思えば初めてこの世界で迎えた夏は事故で記憶喪失になっていたんだから、運命というものはわからないものだ。
「もっと海とか行きたかった……」
そんな夏休み最終日、俺はまたローラ会長の別荘を訪れてガンガンに冷房が効いた彼女の私室へ通してもらっていた。月学で迎える最後の夏が終わってしまうことをベッドの上でジタバタとしながら嘆いているローラ会長の姿を、俺はソファから眺めていた。
「確かに、なんだかんだあって俺もお前と一緒に行っただけだったな。俺も大星達とは行ってないし」
「貴方、前にしれっとベガやワキア達とも一緒に行ってたでしょ? 羨ましくてしょうがないわ……」
それは別の世界での話になるが、懐かしいものだ。やっぱりワキアが間抜け面で寝ていたことしか覚えていないが。
「ちなみに、貴方にとってこの夏の一番の思い出は何?」
「あぁ……なんだかんだノザクロで働いてたのが一番楽しかったかもな。乙女達のメイド姿を間近で見ていられたし眼福眼福」
「妬ましいわ……」
結局忙しかったからか、ベガ達のメイド服姿を堪能しようとしていたローラ会長は全然ノザクロへ来ることはなかった。写真でも残しておけば良かったな……ルナが全員分のを撮っていそうだが、多分一枚につき五万とか取られそうだから俺からは何も言えない。
「じゃあお前にとっての一番の思い出って何なんだ?」
「メルシナと一緒にお風呂に入ったことかしら」
「おい知らねぇぞそんなイベント」
「願わくばベガやワキア達ともお風呂に入りたかったわ……」
この世界の俺は絶対無理だろうが、ベガ達と親交のあるローラ会長なら本人達に提案すれば普通に一緒に入ってくれそうなのだが、何か一線を越えるのではないかと恐ろしくてしょうがない。
今日、こうしてまたローラ会長の別荘に集まったのは、夏休み最終日に溜め込んだ大量の夏休み課題を終わらせるためではない。むしろ俺もローラ会長も終わっているのだが、案の定溜め込んでいる乙女や美空達が今頃嘆きながら大星やスピカ達に手伝ってもらっていることだろう。
先日の七夕祭で倒れて休養しているローラ会長の様子を見たかったというのもあるが、やはりこの夏休みの間に様々なイベントが起きてしまったため、それらを踏まえた上での今後の展開について話し合いたかったのだ。
ローラ会長はベッドの上に寝っ転がったまま、俺に顔を向けて口を開く。
「もうすぐ一年生は林間学校ね。一体アルタ君はどうなっちゃうのかしら」
「林間学校で全員とイベントを起こして、そっからはずっと総受けなんだろうな」
「見ていたいわね、彼が六人のヒロインからひたすら責め続けられている姿」
「俺も若干興味あるけど、見に行くのはやめとけ」
アルタ達がメインとなる第二部のシナリオでは、九月に行われる林間学校がシナリオ上の分岐点となるのだが、アルタはノザクロでヒロイン達とワイワイしていたし、彼もまたハーレムを……いや、アルタを中心にしたハーレムって言うよりかは、ヒロイン達から一方的に猛烈な愛を受け止め続けるだけだと思う。
頑張れアルタ、君はきっとそんなことは望んでいないだろうが、多分主人公補正で色々引き寄せやすくなってしまっているんだ。彼女達の愛を目一杯堪能してくれ。
「彼らのことは放っておいても大丈夫そうだけれど、問題は……何と言うべきかしらね。この地球が宇宙人による侵略の危機にさらされているということかしら」
これまでは各ヒロインのルートにちゃんと分岐するか、グッドエンドへ向かっているか注視しなければならなかったが、今はもっと大きな問題にぶち当たっている。
「そう聞くとかなりヤバい事態だな。マジで侵略しに来ると思うか?」
「この前ネブラ人にわざわざメッセージを送ってきたし、彼らは本気でしょうね。ここまで来て侵略しに来ないってのは展開上ありえないし」
「じゃあ……もし本当に奴らが本気で来たら、地球はどうなるんだ?」
俺がそう問うても、ローラ会長は答えなかった。まぁ言わずもがな、ということだろう。よくSF映画で未知の地球外生命体が地球を侵略する時、大体アメリカが舞台になって最終的には我らが正義のアメリカ軍がどうにかしてくれる感じになるが、例え撃退できたとしても多大な犠牲を払うことになるだろう。
昔のゴ◯ラの世界観における自衛隊なら謎の技術でレーザー兵器とか持ってたりしたのだが、現状この世界で宇宙人を、いや地球の侵略を狙うネブラ人を撃退できるのは、やはり同じネブラ人しかいないのだ。
ローラ会長はベッドから起き上がり、その上に座ってから言う。
「選択肢は二つあるわ。まず、シャルロワグループが持つネブラ人の技術を超大国に渡す。これならきっと、かなり短期間での準備になってしまうけれど、ある程度の防衛力は強化できる。
でも、この選択には大きなデメリットがある……」
「物騒な連中がネブラ人の技術を使って混乱を引き起こしかねない、ということか?」
「そう、話が早いわね」
未だに地球文明はかつてのネブラ人が持っていた優れた科学技術には到底及ばないが、彼らネブラ人技術者の助けもあって科学技術は飛躍的なスピードで進歩している。
しかし、シャルロワ財閥がこの月ノ宮に築いた防衛拠点の圧倒的な軍事力を見るに、おそらく彼らはまだ地球人のことを信用していなかったのだろう。地球人にネブラ人の技術の全てを教授してしまうと、この地球が、かつてネブラ人が住んでいたアイオーン星系のように戦火で荒廃してしまうと考えたに違いない。
「そして残されたもう一つの選択肢……それは、私達だけの力で対処すること。月ノ宮に来襲するであろうネブラ人の船団を、全て撃退する」
「そんなことが出来るのか? そもそもまた月ノ宮に来ると思うか?」
「来るはずよ。よく考えてもみなさい、この世界はこの月ノ宮を中心に回っているのだから」
かなりメタい推理になってしまうが、このNebula's Spaceの舞台の中心はここ月ノ宮だ。地球を侵略するのであれば、世界的な大都市を狙って攻撃した方がもっと簡単に混乱に陥れることが出来るはずだが……ネブラ人の宇宙船が地球へやって来る時は、必ず月ノ宮にもやって来るのだ。
その推理が合っているならば、それに供えて防衛拠点をさらに強化して備えることが出来る。逆に言えば、この月ノ宮への攻撃は避けられないということでもある。
「でも、ここだけを狙うとは限らないんじゃないか? この前も世界のあちらこちらに現れたんだし」
「そうね。この間のはあくまで偵察として、地球人の出方を伺っていただけだと思うわ。今度はニューヨークや北京や東京が火の海になるかもしれないわね」
そう言ってローラ会長はフフッと笑った。いや笑い事じゃねぇよ、もう地球の終わりだよそれは。
「でも安心なさい、こっちも守りの手ばかりではないわ」
「え? 何か秘密兵器あるの?」
「もしその時が来てしまったら教えてあげるわ。これは私の父ですら知らない超極秘事項だから」
え、何? コイツは一体何を企んでいるんだ? もしかして突然モ◯ルスーツとか出てくる? それとも使徒に対抗できる人型兵器出てくる? 俺は絶対操縦桿とか握りたくないんだが……またシャルロワ財閥が圧倒的な技術力と軍事力を見せつけたら余計に地球人とネブラ人の間に軋轢が生まれそうな気もするが、彼らを頼るしかない。むしろ、彼らが地球を守ってくれた、という風になるのを祈ろう。
「どれだけの船団が地球に来るかわからないけれど、この月ノ宮で連中を撃退して出鼻をくじいてやるのよ。この間は神社を破壊されてしまったけれど、今度はこの月ノ宮を絶対に守りきってみせるんだから」
すごい、急にバトルものが始まりそうな予感。ネブスペ2ってビジュアルノベル系のエロゲだったはずなんだけど、急にロボットアクションとか始まるのだろうか。そういうエロゲもあるにはあるけど。
「どうしたんだ、そんなやる気になって」
「ほら、この前……駅前で百鬼夜行が出たとかいう騒動があったじゃない?」
未だに信じられない話だが、もうネット上では月ノ宮=ネブラ人の街ではなく月ノ宮=百鬼夜行の街みたいになってしまっている。それ目当てでやって来る人も多いみたいだし、それでまちおこしをしようという動きさえある。
「この反ネブラ人の風説がどう終息するのか不安だったけれど……私達が特になにかしなくても、この月ノ宮の人達が私達のために動いてくれただけで、すごく嬉しかったわ」
七夕事件の日、ネブラ人の宇宙船を撃退したシャルロワ財閥を恐れる声も多いが、この月ノ宮では町を救った英雄のような立ち位置にある。これまで月ノ宮を裏で支配しているだとか色々黒い噂を流されて恐れられていたシャルロワ財閥が、ようやく月ノ宮の住民に受け入れられたのだ。
いつになくローラ会長がやる気で俺は驚いていたが、やはり彼女のことが心配だ。
「やる気に満ち溢れているのは構わないが、この間倒れたばっかりなんだからまだ安静にしとけよ」
「勿論わかってるわよ。私としては貴方の方が心配よ、突然事故にあって意識不明の重体とかになりそうなんだもの」
「怖いこと言うな」
一周目の世界では七夕の事故で記憶喪失になって、九月になってもう一度事故に遭って、その衝撃で記憶が戻ったからな。この世界ではまた烏夜朧としてそんな危険な事態には巻き込まれていないが、どこかで気張らないといけないタイミングがあるだろう。
「さて、せっかく夏も終わることだしキスでもしましょう」
「急にどうした!? この話の流れでどうしてそうなる!?」
「ほら、キスのひとつで全てが一度に叶うかもしれないじゃない」
「知らねーよ! そんなのフィクションの話だろうが! 俺は帰る!」
「ケチー」
俺は慌ててローラ会長の別荘を飛び出して、自転車を漕いで帰路についた。
きっと少し前の俺なら、その場の勢いでアイツのおでこだとか手の甲にキスの一つや二つしていたかもしれない。だがそういう行動を取ろうとすると躊躇いが生まれてしまうのは……烏夜朧の幼馴染が俺の頭をよぎってしまうからだ。
それは、逆も然り。以前、スピカやレギー先輩達の好感度を上げすぎた時も俺はかなり困っていたが、俺には烏夜朧、そして月野入夏としての感情が渦巻いているため、ややこしい恋が生まれようとしていた……。




