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ミー達に任せて



 悪いニュースを聞くと気分が沈み込むこともあるし、それに自分や知り合いが関わってくるなら尚更だ。先日の宇宙からのメッセージの件で、地球に住んでいるネブラ人達を取り巻く状況はさらに悪化しており、今のところネブラ人は何も行動を起こしていないものの、いつか本当に対立をきっかけに大きな争いが起こりそうだ。


 俺が初めてこの世界に転生した一周目の世界では、元々ネブスペ2原作でも何かとバッドエンドに巻き込まれて死ぬことが多かった烏夜朧というキャラの特性上、俺は常に死と隣り合わせというかなり穏やかではない毎日を送っていた。真エンドに向かっているはずのこの世界ではまだ死の危機に瀕したことはないが、かつてとはまた違う緊張感がある。


 今の世界でネブスペ2というゲームについて相談できるのは、このゲームの原作者であり俺の前世の幼馴染であるローラ会長だ。彼女はシャルロワ財閥の会長という立場でもあるためネブラ人に対してかなり大きな影響力を持っているが、様々な疲労が原因で彼女が倒れてしまったため、無理はさせたくない。

 

 それぞれのヒロイン一人一人の物語を追っていく、というより最早ネブラ人という大きな括りの壮大な物語をこの身で体験しているような気分だが……俺はもっとハッピーな世界観で生きていたかった。



 「ブラボオオオオオオオオオオオオ!」


 さて、今日はノザクロにて琴ヶ岡姉妹によるミニコンサートが開催されていた。ベガとワキアの演奏を聞くのは何気に久々だが、二人が演奏している姿を見ているだけで涙がこぼれ落ちそうだったから、俺はいつものようにキッチンに引きこもって演奏を聞いた後、店内がマスターの大声と拍手に包まれたタイミングでホールへと向かった。するとカウンター内には演奏を聞いていた夢那とアルタの姿があった。


 「あ、兄さん。別に注文も無いんだからここで聞いてればよかったのに」

 「最近、ちょっと涙腺が脆くて……」

 「兄さん、最近そんな辛い人生送ってるの……?」


 それは諸事情あってのことだが、俺は未だに誰かが存在ごと世界から消えてしまうんじゃないかと恐れているところもある。

 かつて乙女やベガ、そしてトニーさんが世界から消えてしまったのは、俺という存在があまりにも原作のシナリオから逸脱した行動を取ってしまったために起きてしまった世界のバグなんじゃないかと、俺とローラ会長は推測している。この世界ではバグなんて起きてほしくないが……ここ最近のイベント自体がバグのように思えてしまう。

 そんなことを考えていると、洗った食器を布巾で拭きながらアルタが口を開く。


 「今日は結構ベターなクラシックメドレーだったけれど、いつもと違う感じがしたね。いつもは暗い曲調のが多かったけれど、今日はコンクールとかじゃないにしても、この夏らしい青春っぽさとか熱さを感じられましたね」

 「アルタ君ってそんなロマンチックなこと言えるんだね。ボク、アルタ君ってそういう感情ないのかと思ってた」

 「……君が烏夜先輩の妹だって話を、ようやく信じることが出来た気がするよ」


 流石は琴ヶ岡姉妹評論家、じゃなかった幼馴染。ベガはヴァイオリンのコンクールの課題曲として色々練習しているし、最近のヒット曲をアレンジしてカバーしていることもある。一方でワキアも病院で入院患者達向けのピアノコンサートを開いて明るい曲を演奏することは多かったが、本人はそういった明るい雰囲気とは真逆の曲を弾いている時の方が気分が乗ると言っていた。


 ワキアは病弱ながらもいつも明るく振る舞っていた健気な少女のように見えて、自分の生がそう長くないことを悟っていた。かつてはそんな負の感情を隠していたワキアだが、今はそんな病のことなんて気にせずに生きてくれているのだろうか……。


 「ぐがー」


 まぁあんな間抜け面で寝ているのを見るに、心の底から楽しい毎日を送ってくれているんじゃないだろうか。何度もあんな儚さの欠片もない寝顔を見てきたけれども。

 コンサートが終わった直後にピアノの鍵盤を枕代わりに寝落ちしたワキアの体を、ベガが一生懸命に揺すっていた。


 「ワキアー!? 起きて、まだ仕事残ってるんだから!」

 「ふへへ~ダメだよお姉ちゃん、何のための前進守備zzzzzz……」

 「どんな夢見てるのー!?」


 ワキアがベガのヴァイオリンの演奏を聞いて寝てしまうのは変わらないようだ。



 さて、そんなミニコンサートもありつつ今日のシフトも無事に終わった。可愛い女の子達のメイド服姿を側で見ていられるだけで俺はボランティアでも良いぐらいの満足感だが、今のこんな情勢でも多くの観光客が訪れるためそれなりに忙しいし、やはり疲労も溜まってくる。

 私服に着替えてスタッフルームで軽くストレッチをしているとマスターがやって来て、四枚のチケットを俺達に見せてきた。


 「マスター、なんですかそれ」

 「ミーはこの前のフェスティバルの生け花コンクールにエントリーしたんだけどね。それでヴィクトリーしてゲットした『それい湯』の温泉利用券だよ!」


 待って、マスターって生け花とかしてるの? そんなコンクールがこの前の七夕祭で開かれていただなんて初耳だけど、それで優勝できる腕前持ってるのこの人?

 とはいえ、温泉で日頃の疲れを癒せるだなんて最高だ。チケットも四枚あることだし……え、四枚?

 

 俺達は互いに顔を見合わせる。今日の面子は俺、夢那、アルタ、ベガ、ワキアの五人。マスターを含めると六人。

 これはまさか……と思った瞬間、夢那が口を開いた。

 

 「さよなら、兄さん」

 「いや酷くない?」


 夢那も大分兄の扱い方をわかってきたようで何より。まぁ俺もアルタ達第二部の面々に色々イベントを起こしてもらいたいから身を引くつもりだったけれども、アルタ達もなんとなく気まずそうだ。ここは先輩が率先して、という俺の立場もあるし、アルタ達からすれば自分達が後輩だから、ってのもあるから譲り合いになってしまう。

 するとマスターがガハハと笑いながら口を開く。


 「ノープロブレム! ボローボーイはミーのポケットマネーで連れて行くよ!」

 「え、良いんですか?」

 「今は亡きレオのために頑張ってくれてるからね……」

 「いや死んでないですよレオさんは」


 何かマスターの奢りで俺も行けることになったため、俺達は六人で海岸通り沿いにあるペンション『それい湯』へと向かった。



 「お待ちしておりました、『鉄筋造り名古屋城を許さない会』の皆様~」

 「いやどんな団体名ですか」

 

 何か思想が強すぎる団体名で温泉無料券の枠が確保されているようだが、美空の母親でありそれい湯で働いている美雪さんに案内されて、俺達はそれぞれ男湯、女湯へと入った。

 

 温泉は冬というイメージも強いが、夏場に入っても最高だ。夏の暑さは勘弁してほしいが、この温泉の熱さは大歓迎である。

 そんな露天風呂に浸かりながら、月ノ宮の美しい満点の星空を眺めながらマスターが口を開く。


 「懐かしいねぇ……ミーが全国の温泉をトラベルしていた時のことをリメンバーするよ……」

 「温泉巡りしてたんですか?」

 「北海道の温泉で野生のベアーとファイトした時もあったねぇ」

 「……もしかして、この背中の大きな傷はその時のですか?」

 「それはシャークとファイトした時の傷だよ」

 

 俺はマスターとアルタと一緒に温泉に浸かっているのだが、改めてマスターの図体のデカさに圧倒されてしまう。だってマスターの向こう側にいるはずのアルタが俺からだと見えないんだもん。しかもマスターの体、筋骨隆々なだけじゃなくてどうやってついたのかわからない傷だらけだし、漫画とかアニメとかに出てくる歴戦の戦士みたいになっている。

 すると、マスターの向こう側にちゃんといるらしいアルタの声が聞こえてきた。


 「ベガやワキアも全国の色んな温泉を巡ってるみたいですけど、ここの温泉のことをよく褒めてますよ。僕もここのお手伝いでたまに入れてもらってますけど、何か特殊な成分が入ってるんですかね」

 「ヤ◯ルトとか?」

 「乳酸菌とかあまり関係ないでしょうが」

 「じゃあピ◯クル?」

 「どの商品が良いとかってわけでもないでしょうよ」

 「ミーが好きなぐんぐんグ◯トに違いないね!」

 

 マスターやアルタとそんな話をしていると、女湯の方からベガやワキア達の声が聞こえてくる。あまり鮮明には聞こえてこないが、向こうも温泉を楽しんでいるようだ。


 「烏夜先輩、女湯を覗きに行かなくて良いんですか?」

 「いくら僕でも犯罪行為はやらないから」

 「そんな不届き者はミーが底に沈めるよ」

 「だからやらないですって」


 なんて話をしていると、海岸通りの方から騒音が聞こえてきた。どうやら月ノ宮で活動する反ネブラ人派の街宣車が側を通ったようだ。最近は遅い時間帯でも活動するようになってきており、月ノ宮駅前で座り込みが始まるんじゃないかという噂もあるぐらいだ。

 先日の宇宙からのメッセージを受けて、ネブラ人という存在を恐れる人がさらに増える中、そんなネブラ人達を多く雇っているマスターが口を開く。


 「ボローボーイはどう思う?」

 「え? 何がですか?」

 「南オセチア紛争について」


 いやそれがわかる学生なんて殆どいないだろうが。

 きっとマスターは話題を逸らしたかったのだろうが、俺に振るとしてももっと他の話題があったはずなのに……そんなマスターの見え見えの気遣いを受けたアルタが言う。


 「良いですよ、変に気を遣わなくても。また烏夜先輩に暴れられても困るので」

 「安心しなアルタ君。流石に僕も次は退学になるかもしれないから、例え目の前でアルタ君が殴られても傍観してるよ」

 「いや流石に殴られたら助けてくださいよ」


 月学の理事長であるシロちゃんは、俺と一番先輩の停学処分は形式的な処分のようなものとは言っていたが、流石に次は退学になってしまいそうだ。まぁアルタが殴られたら多分俺は我を忘れるだろうけどね。

 すると、マスターが珍しく深い溜息をついてから言う。


 「ノープロブレムだよ、二人共。まだシークレットな話だけど、ミー達に任せなさい」

 「……え? マスターが何かするんですか?」

 「ンー、まぁ楽しみにしてるといいよ」


 ……え? もしかしてマスター、何か企んでる?

 マスターが動いてくれるならありがたいけれども、こんな筋骨隆々の大男が何か行動を起こすって、それこそ大きな騒動になりそうで怖いんだけど……。


 

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