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後悔先に立たず



 「バカみたい」


 俺は素直な気持ちをぶつけたつもりだったのだが、そう言いながら、乙女は俺から顔を背けて俺の胸をコツンと叩いた。


 「大袈裟過ぎるわよ、私は何もしてないのに」

 

 烏夜朧も、きっと俺と同じ答えを出していたはずだ。だからこそ、烏夜朧は幼馴染である朽野乙女のために行動するはずなのだが、乙女にとってどういう未来がハッピーエンドなのかが俺にはわからない。


 「じゃあさ、乙女は僕に何か言うことはないのかい?」


 ドドォーンッと大きな花火が夜空に咲き乱れる中、俺が彼女にそう問うと、隣に座る乙女は俺に顔を背けたまま言う。


 「……私は朧達のおかげで月ノ宮に残ることが出来たけれど、あの日をきっかけに、やっぱり日頃から誰かに感謝を伝えなきゃって思うようになったんだ。すーちゃんや大星達にはスッと言えたんだけど、どうしても朧に伝えたい言葉が出てこなくて……」

 「成程。僕は論外だったというわけだね」

 「ち、違うわよ! なんというか……どう言葉にすれば良いのか、中々思い浮かばなかったの」

 「僕はその気持ちだけでも十分だけどね」


 俺は結構乙女からお礼を言われている気がするし、今更特別な言葉なんて必要ない。

 ない、はずなのだ。


 「朧はさ、私を元気づけようとして、私と大星を引っ付けようとしたでしょ? でも、あの時……何か変だなって思っちゃったの」

 「何が?」

 「大星と一緒にいるのに、違う人のことが頭に思い浮かぶんじゃ、こんなのやっていけないなって思ったの」


 そう言って、乙女は俺の方を向いた。夜空に煌めく花火に照らされた乙女の表情は見覚えがあった。以前、乙女が突然俺の家へやって来て……あの時は……!


 「いずれ離れ離れになるかもしれないってわかっているなら、離れ離れにならないような……特別な関係になっちゃえば良いんだよ」


 ベンチに置いていた俺の手を、乙女がギュッと握ってきた。



 「朧。私────」



 しかし、再び大きな花火が打ち上がった瞬間、俺達の背後から突然大きな物音が聞こえた。


 「ふぎゃあっ!?」


 びっくりして後ろを見ると、海岸の管理事務所の扉が開いて小さな少女がずっこけていた。しかも一人だけでなく、何か見覚えのある四姉妹がそこにいた。


 「だ、大丈夫、メル!?」

 「いたたぁ……」

 「惜しかったね。あともう少しだったのに」


 乙女の様子を伺うと、彼女は口をあんぐりと大きく開けていた。今のシーンを見られていたという恥ずかしさよりも、おそらく見覚えのあるお嬢様達がそこにいるという驚きの方が強いのだろう。

 驚きのあまり言葉も発せない乙女に代わり、俺が口を開く。


 「先輩方、それにメルシナちゃん、何をしているんですかこんなところで」


 明かりもついておらず人気もなかったはずの管理事務所の中から飛び出してきたのは、ローラ会長、ロザリア先輩、クロエ先輩、そしてメルシナのシャルロワ四姉妹達だった。

 ずっこけたメルシナの頭を撫でながらロザリア先輩が言う。


 「何か花火より面白そうなのを見つけたから見物してたのよ」

 「これは恋の花火が打ち上がると思ってね……」

 「いや上手いこと言ったつもりですか」

 「きっとメルがバランスを崩してこけてなければ、お二人はもしかしたら……きゃーっ!」


 と、メルは一人興奮していたしロザリア先輩やクロエ先輩もニヤニヤしていたが、一番こういうことにテンションが上がってそうなローラ会長の表情は明るくなかった。むしろ暗いというか、顔色が悪いように見える。


 「ろ、ローラ会長?」

 「どうかしたの?」

 「何か顔色が悪いように見えますけど、大丈夫ですか?」

 「朝におしろいを塗ったからかしら」

 「いやそういう白さじゃないと思うんですけど」


 なんだろう、もしかして俺に嫉妬しているのだろうか? それとも乙女に嫉妬しているのだろうか? ローラ会長、もとい月見里乙女は俺のことをまぁまぁ好いているし、そして乙女のことを溺愛している。


 もしも、彼女達に邪魔されていなかったら……俺と乙女は一体どうなっていたのだろう? 肝心の乙女は俺の隣で未だにこの状況を受け止めきれていないようだが、再びドオーンッと大きな花火が打ち上がり、俺はそちらの方に目をやった。夜空には今も多くの花火が打ち上がっているのだが、赤や黄色の花火が色鮮やかに輝く中、夜空に青白い一筋の光が見えた。



 花火が上から来るわけもないし、流れ星だろうか。そう思ったのも束の間──青白い光の球は段々とその輝きを増していき、それがこちらへ近づいて来ていることに俺は気付いた。


 「ま、マズい!」


 俺は即座に乙女の体を掴んで、慌ててベンチから離れた。そして青白い光を纏いながら地上へ近づく物体に周囲の人々も気づき騒然とする中、轟音と共にそれは俺と乙女が座っていたベンチに突き刺さった。

 俺達の側にいたローラ会長達は何とか無事だったようだが、突然空から降ってきた物体に海岸にいた人々は悲鳴を上げながらも、その物体が何なのか確かめようと集まってきていた。


 「な、何よこれ……?」


 ロザリア先輩が謎の物体に近づいて言う。長さ三メートル、直径五十センチはありそうな真っ黒な物体で、まるでミサイルのようだが……物体の側面に刻まれた謎の紋章のような模様が青白く光っていた。


 「こ、これってネブラ語じゃありませんか?」


 メルシナがそう言って、俺はハッとする。そういえば月学の授業でネブラ人の文化について学んだ時、確かにこんなへんてこな文字を習ったような気がする。英語のように細かい文法や単語を習うわけではないが、この謎の模様が、かつてアイオーン星系という遠く離れた星で一大文明を築いていたネブラ人が使っていた文字だというのはわかる。


 「いや、でもネブラ語なんてわからないわよ。ローラ、読める?」

 「……いえ、わからないわ。普段使うことないもの」


 ネブラ人が使っていた言葉とはいえ、この地球に住むネブラ人の多くは最早地球で生まれた世代が殆どで、その土地その土地の公用語を使用している。

 が、クロエ先輩が口を開く。


 「私、読めるかも」


 クロエ先輩ってそんな技能あったの? もしかしたらオカルト好きが講じて趣味で学んでいたのかもしれない。

 クロエ先輩はベンチに突き刺さった物体に近づき、青白く光る文字を解読する。周囲の人々がそれに注目する中、クロエ先輩は一つ一つ指を差しながら文字の形状を確認していき、最後まで辿ったのだが……段々とクロエ先輩の手が震え始めていた。


 「く、クロエお姉様? 解読出来たんですか?」

 

 メルシナの問いにクロエ先輩は答えず、いつもはクールな雰囲気の彼女が、激しく動揺しているように見えた。

 だが周囲から期待の眼差しを向けられたクロエ先輩は決心したのか、俺達の方を向いて説明を始めた。


 「……この部分は、『アイオーンの民』、つまりネブラ人を指す。ここは『愚かなる民』、こっちは『支配』、これは『反乱』……」


 クロエ先輩の口から、穏やかでない単語が聞こえてくる。

 周囲の人々は空から降ってきたこの物体がなんだろうと興味津々で集まってきたが……これはきっと、俺達が想像していたよりも恐ろしいことを伝えていた。


 「要約すると……ネブラ人に立ち上がれって……ち、地球人に対して反乱を起こせって、促してる……」


 これは、七夕事件で地球に襲来した船団からの、ネブラ人へのメッセージなのだ。

 本来ネブスペ2では、トゥルーエンドの世界線で新たなネブラ人の船団が地球へ辿り着くが、彼らは他のネブラ人達と同様に地球文明に対してかなり友好的だった。

 それがまさか、この世界では真逆になってしまうとは……。


 「そんな……な、なんでそんなことを……」


 俺の側で、乙女が体を震わせながらそう言った。メッセージを解読したクロエ先輩の話を聞いて、周囲の人々もきっと戦慄しただろう。かつて、ネブラ人が初めて地球へやって来た時と同じような、未知の生命体との接触に感じた恐怖を、今まさに味わっているのだ。



 やはり何かしらのイベントが起きると思っていたが、まさかますますネブラ人の立場が危うくなるようなことが起きるとは思っていなかった。これではネブラ人が地球で余計に生き辛くなるだけだ。


 そして何よりも、地球に住むネブラ人の代表的存在であるローラ会長に、大きな負担がのしかかることになる。今も大変な立場にあるローラ会長をこれ以上苦しめたくない。

 そう思って、俺がふとローラ会長の方を見ると──この突然の事態に動揺していたのか、ローラ会長の目は虚ろで、体がフラッと倒れ──。


 「ろ、ローラ会長!」


 地面に倒れかけたローラ会長の体を、俺はギリギリのところで支えることが出来た。


 「ろ、ローラ!?」

 「お姉様、大丈夫ですか!?」

 

 突然倒れたローラ会長の元にロザリア先輩達も集まってきて、周囲に集まった人々がさらにパニックに陥った。

 俺が体を支えるローラ会長は何かにうなされているようで体も痙攣するように震えていて、額に手を当てるとかなりの熱さだった。


 「は、早く救急車を!」


 何故だ。

 何故、こんなにも……悪い出来事が立て続けに起きてしまうのか……!

 


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